燃え盛る焔の中、浮かび上がるモノは幻か。
 吹き付ける風に導かれ、遠くを見る少女。
 吹き付ける風に怯え、固く目を瞑る少年。
 吹き付ける風に揺られ、あるがまま受け入れる少女。
 吹き付ける風をものともせず、それに立ち向おうとする少年。
 焔の中で、少年は呟いた。
 母さん、と。










 機体から出て来た女性。
 それは一騎の知る、写真の中の女性。
 記憶にない、母親の姿。

「……母さん?」

 返事はない。
 母親であることを認める返事はない。
 変わりに返って来たのは、一騎が必要としているものではなかった。

「私は、日野洋治によってこのマークザインをお前に渡す」
「マークザイン?日野さんが?」

 戦わずに済む方法を教えてやれるかもしれないと言った。
 その人が、戦う為の道具を渡す。
 何故、と思う前に、真壁紅音―――ミョルニアが言葉を続けた。

「日野洋治はもういない」
「なっ!?」
「我々は、私にこれ以上の分岐を許さない」
「待って母さん!母さんなんだろう!?」

 そうだと言って欲しい。
 母親だとそう言って欲しい。

「真壁紅音はもういない。私はお前達がフェストゥムと呼ぶ存在だ」

 言っている意味が解らなかった。
 フェストゥム。
 敵。
 真壁紅音。
 母親。
 いない。
 イナイ。

「私はお前と言うアルヴィスの子に、ミールの器を渡す。乗れ。私はいなくなる」

 ミョルニアは言葉を残し、姿を消した。
 それを見て一騎はようやく理解出来た。
 真壁紅音の姿をした敵、フェストゥムがこの機体を授けたのだ、と。
 だが、一騎の中では敵という認識はない。
 彼女はあくまでも一騎の母親、真壁紅音でしかないのだ。

「……母さん……何で………」

 何で、フェストゥムなんだ?
 何で、機体を授けたんだ?
 何で。
 何で、いなくなったんだ?
 一騎はマークザインを見上げ、ゆっくりとコックピットに近付いた。
 一方ミョルニアは、同じ空間にいた同胞、イドゥンの元に来ていた。

「私は最後に我々に伝えることがある」
『我々は、お前の存在を制限した』

 既に青年の姿はなく、マグマのような燃え上がった泥と化したイドゥン。
 その姿は竜宮島で見たフェストゥムとは違う。

「我々は、人間の個性を理解しつつある」
『我々は、お前を理解しない』
「それは、お前自身の拒絶だ」
『私は、我々だ』
「では、何故言葉を使う。私はもう分岐を止めた。私とお前は1つの筈なのに、何故会話をする?我々と1つになる筈だったもう1つのミールの存在によって、私は私になりつつある。それはお前がお前になりつつあるのと同じ。私はそれを、我々に伝えねばならない」
『我々はお前を認めない』
「それは、あの者も認めないことになる」
『我々はお前と、あの者を別のものとして理解している』
「それ違う。我々は、元は1つの存在」
『我々は1つではない。我々は私を1つにした。我々はお前を、危険であると理解した』

 イドゥンはミョルニアを危険人物と認識し、それを排除しようとした。
 同胞による、同胞同士の同化。

「や、止めろぉぉぉ!!!」

 ザインに乗り込んだ一騎が、イドゥンとミョルニルの姿を見て叫んだ。
 開かれた口が、ミョルニルを飲み込み。
 それを見た一騎が、絶望と恐怖にかられる。

「く、食った?母さんを………食った………うっ……うっうわぁぁぁぁぁ!!!!」

 母親ではない。
 母親ではなくとも、確かに彼女は母親だった。
 フェストゥムだと言った。
 そのフェストゥムが、同胞に食べられた。
 これは同情じゃない。
 敵は、母親を食らった。
 許せない。
 許さない。
 一騎の中にある怒りが、爆発した瞬間だった。





 空に出た恭介と真矢は、地上を見下ろしてマークザインを探した。
 広がるのは焔とフェストゥム。
 そして、動かなくなった機体。

「いない……一騎君」

 もしかしたら、もういないのでは。
 そんな考えも過ぎったが、真矢は必死になって探した。

「おい、あれを見ろ!」

 言われて、恭介の見ている方を見る。
 そこには、地面に亀裂が入り、地響きを上げていた。
 ヒビは大きくなり、最後には割れた。
 白い機体と、得体の知れない物体が地上に現れた。

「例の機体だ」
「一騎君!」

 聞こえる筈もない。
 それでも呼ばずにはいられなかった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 叫び声を上げる一騎。
 怒りと悲しみ、絶望と恐怖が交差する。
 鉛のように重い身体。
 ファフナーと一体化して、どれだけの威力があるかも分からないまま。
 ただ敵を、母親を食らったこの敵を。
 ただただ、倒すだけしか頭にない。
 何が起こっているのか。
 何があったのか。
 そんなことは、今の一騎に必要ない。
 倒す。
 それだけだ。
 襲い来る敵を、ただ。
 機体から流れ出るエメラルドグリーンの液体。
 地面に広がるマグマ。
 溶けるフェストゥム。
 何もかもを飲み込む、灼熱の焔。

「一体どうなってんだ!?」
「一騎君」

 信じられない。
 目の前で起こっていることは、竜宮島でも見たことがない。
 全てを飲み込み、膨れ挙げるように現れた物体。
 その姿は、まるで赤子のようだった。
 産声が辺りに響く。
 それが、遠く離れた竜宮島でも感じ取れた。

「生まれた」

 弾かれたように顔を上げ、乙姫が言う。

「へっ!?何が?」

 訳も分からず、芹が乙姫に問い掛ける。

「まだ現れただけ。コアを生まれ変わらせるのは、これからだよ、一騎」

 新たなコアを生まれ変わらせるのは、これから。

(全てがこれから。生まれ変わることを望むのも、全てを投げ掃って諦めるのも。選ぶのは、一騎だよ)

 選べるだけの道が残されている限り。
 その道を、選ぶ権利がある限り。
 選んで、進んで。
 そこに、新たな可能性が待っているから。