死を目の前にした時、人は何を思うのだろうか。
死ぬことを受け入れる者。
死ぬことを受け入れぬ者。
人は、金色の光りに、何を願うのだろう。
地響きと共に、一騎とフェストゥムの間が引き離された。
見たこともない強い光り。
地面から現れたのは、1体の白い機体。
「……あれは………凄い」
我が目を疑う。
圧倒的な力の差に、一騎は驚くしかなかった。
フェストゥムを倒すと、機体は一騎の乗るファフナーに手を伸ばし、コックピットを無理矢理開けた。
眩しい光りに目が眩みそうだったが、一騎はコックピットから立ち上がる。
謎の機体はそれ以上動かず、ただ黙って立っていた。
そして現れた、1人の女性。
「……えっ?そんな……まさか……………かぁ……さん………?」
白い白衣を着た、写真でしか記憶のない母親。
真壁紅音は、一騎を見下ろしていた。
「真壁?」
ジークフリードのデータを弄っていたが顔を上げた。
起こる筈もないのに、風が吹いたような感覚。
それは、島にいる乙姫も感じていた。
「お……かぁ、さん?」
見ることもないまま、消えてしまった母。
しかし、自分の母親の存在を感じているのではない。
遠く離れた地で、母親と対面する一騎。
一騎の母、紅音の存在を乙姫は感じた。
紅音であって、紅音ではない存在。
自分と同類。
フェストゥムと呼ばれる、存在。
『全島民に告ぐ』
聞き覚えのない男の声が、竜宮島全土に響いた。
乙姫が町を見下ろす。
『現在、島の全施設は我々の厳重な管理下にある。我々の目的は、この島に存在する全ブルクの査察と接収である。無抵抗の者には危害を加えないことを約束しよう。ただし!我々の作戦を妨げる者については、その限りではない!』
言葉を聞いた島民が、絶望の淵に立たされる思いになった。
「どうしよう……島が占領されちゃったよ……お父さん、お母さん大丈夫かな?」
怪我はしていないだろうか。
無事でいるだろうか。
芹は両親の身を案じながら、山の中から町を見下ろす。
「お母さん?」
お母さん。
知らない人。
でも、私という形を作ってくれた人。
大切な、人。
「お祖母ちゃん、あたし達、どうなるの?」
シェルターに非難した里奈が、祖母である行美に訊ねる。
「心配しないで良いよ。何、ちょっとの辛抱さ」
CDCもファフナーも、ジークフリードもガーディアンも。
どれも新国連が使える物ではない。
それに、まだ希望はある。
(何とかしとくれよ、お2人さん。今、あんた達だけが島の未来を握ってるんだからね)
脳裏に2人の人物を浮かべ、行美は冷静さを失わず時が来るのを待つことにした。
「大佐」
「何だ、。データは手に入ったのか?」
ジークフリードから出て来たは、バーンズの左斜め後ろに立った。
「専門分野だと言ったでしょう。俺の仕事は終わった」
「ふん。天才と言われた貴様が、生意気なのは変わらずか」
「お褒めの言葉として受け取っておきましょう。ところで、コアは?」
「まだだ」
「見付けていなかったんですか、あの人」
「プライド高き女だ。意地でも探すだろうが、我々にはそう多くの時間も残されていない」
「そう言う割には、随分その椅子が気に入っているようですけど?」
「悪くない座り心地だ」
背凭れに身を預け、艦での疲れを癒すかのように目を閉じる。
それを見て、は内心笑った。
「俺は別の所に行きます」
身を翻し、CDCを出て行く。
ドアが背中越しに閉まると、そっと目を閉じた。
目を開けたのは数秒後。
足を総士達のいる休憩室に向け、歩き出した。
口元が不敵な笑みを浮かべていたが、それに気付く者はいない。
竜宮島に、小さな嵐が上陸しつつあった。
手中にあるカード。
抜き取る指に力が入り、裏面の絵柄を睨む。
衛は、咲良のカードを1枚引いた。
「ふんぎっ!ぬあぁぁぁ!」
声からしてババを引いたのだろう。
剣司は呆れて口を開けた。
「……これでババ抜き、何回目だっけ?」
「んなこと覚えてないわよ」
暇つぶしには良かったが、何度も同じことをしていると厭きてくる。
「ねぇ、ご飯まだですかぁ?」
捉えられていると言う感覚はなく、見張っている兵士に聞いてみる。
とても呑気だが、兵士は答えようとしない。
そんな姿を横目で見ていた総士は、史彦に向って抗議をする。
「何故、戦わせてくれなかったんですか?こんなに簡単に島を渡すなんて。溝口さん達が戻って来たら」
「一騎に会わせる顔がない、か?」
「…………そう言う訳では」
そう言う訳ではない。
多分、違う。
後ろめたさがあるのだ、実際。
この島は、多くの人の命が犠牲になって成り立っている。
守ってくれた島を、何の抵抗もせずに同胞に奪われるとは。
「顔向け出来ないのは、彼らか」
「…………それは、あなたも同じだと思いますが?」
「そうだな。だが、人間と戦ってはならない。どんなことがあっても、だ。一度でも血を流せば一騎が戻って来た時、辛いのは君だ」
「あなたは、血を流したことがあるのですか!?」
「…………嫌という程な」
思い出したくもない過去が脳裏に浮かび、重い口を開けた。
息を飲む総士。
史彦は総士に向って息子の話をした。
「もし万が一、一騎が人類軍の元で人の血を流してしまっていたら………君が助けてやって欲しい」
「……僕が……助ける?」
何故、助ける?
何故、僕が?
「頼む。君だけが、一騎にとって絶対的な存在だ。それは君にも言えることだが、彼女には彼女にしか出来ないことがある。君が、君にしか出来ないこともあるように」
「…………一騎のこと……信じてるんですか?」
島を出て行った者を。
島を裏切った者を。
「あぁ。だが、会話もなく出て行かれたのでな……あいつが私を信じてくれているか、正直自信はない」
「それは……僕だって同じです……」
理解しているつもりだった。
理解しているのだと思った。
全て、分かってくれていると。
それが錯覚だと分かったのは、島を出て行った後のこと。
何故、島の外のことを話さないのか。
何故、ファフナーが大事なのか。
何故、此処だけが楽園だったのか。
分かっていると、思った。
「時が来るのを待とう。あの2人が、きっと何とかしてくれる筈だ。それまでに、ゆっくり身体を休めておくことだ。特に君はな」
精神的、肉体的にも総士の立場は際どいところである。
それは、の2人も同じこと。
3人のことを気遣う人間は少ない。
一騎のこと、島のことを心配しているだろうに、他人にまで心配をする史彦の姿が、総士にとってありがたく、また理解しがたいものだった。
「何事も、起きなければ良いですが」
最悪、フェストゥムの襲撃が来たらこの島は終わるだろう。
そうなる前に、手を打たねばならない。
その為にも、今はジッとするしかないのだ。
総士は諦め、史彦の隣の座席に座った。
◇ ◆ ◇
ハーブロークに戻った恭介と真矢は、急いでコックピットに入った。
「一旦離陸する。例の機体を追うぞ!」
「はい!」
追いかけていた機体を見失ったが、あれだけの大きさだ。
施設内で暴れれば、きっと地上に出て来るだろう。
真矢は洋治から預かったディスクを握り締め、呟いた。
「あたし……また何も出来なかった……」
何かしたい。
そう思って島を出て来た。
一騎を連れて帰ることが、今やるべきこと。
でも、それ以外にも出来ることはあった。
人を、助ける。
でも……見捨てた。
そんなつもりはないが、事実、洋治を見捨てた。
「そんなことはねぇ。最後の最後で、お嬢ちゃんが此処にいてくれたことが、洋治にとっては救いだったろうよ」
「あたしが、此処にいることが?」
本当に?
此処にいたことが、救いだった?
「そのディスクをお嬢ちゃんに預けることが出来て、洋治は満足だったろうよ。さぁ、今度こそ一騎の奴に会いに行くぞ!」
「はい!!」
会おう、君に。
そして伝えよう、彼らのことを。
それから、帰ろう。
皆がいる、竜宮島に。