新たな可能性への道。
 その可能性を秘めたモノ達。
 占領される島。
 壊滅させられる基地。
 人々の叫びは、誰に聞えるのか。










 ラボから戻って来た洋治は、ミョルニムが出て行こうとしないので声をかけた。

「どうした?何故行こうとしない」
「まもなく我々が此処に来る。お前は1人だ」
「君は……私の命を心配してくれているのか?」

 驚き、聞き返す洋治。
 ミョルニムは表情を変えない。

「もしかしたら、我々側のミールが君に影響をおよぼしているのかもしれんな」

 それは洋治にとって、フェストゥムと人類の共存への新たな進展。
 そして、洋治にとっての喜び。

「私のことは………!?来たか!」

 揺れと共にガラスが割れ、1体のフェストゥムが此方を見る。
 ミョルニムは洋治を庇うよう立ち、相手を睨んだ。
 その時、赤い一本の筋がフェストゥムに当たり、姿を消す。
 洋治は驚いて壊れたガラスから上を覗き込んだ。

「探したぞ、洋治!」

 懐かしい5年ぶりに見た同胞だった。

「溝口」
「日野のおじさん!」

 明るい声に振り返ると、幼い頃の面影を僅かに残した真矢が走って来た。

「おぉ、ミツヒロの娘さんか。待っていたよ」

 両手に肩を置くと、真矢は第三者の存在に気付いた。
 誰かに似ている、そんな気がした。

「日野洋治。お前はもう、1人ではない。私は行く」
「あぁ、今迄ありがとう」

 礼を述べると、ミョルニムは姿を消した。
 言葉通り、その場で姿を消したのだ。
 その場にい合わせていた真矢は目を疑う。

「えっ!?何で!?」
「彼女もまた、扉を開いたのだ………真矢君、これを」

 ポケットから1枚のディスクを取り出し、真矢に渡す。
 それを受け取った真矢は、洋治に何のディスクなのか訊ねた。

「マークザインの研究データだ」
「マーク……ザイン?」
「存在を意味する名だ。どうか、史彦に渡してくれ」

 数字で表されていたファフナー。
 それを変え、此処にいることを示す名を付けた。

「日野のおじさんは!?」
「私は、此処にいる」

 島を出た者には、再び島に戻ることなど出来ない。
 受け入れられたとしても、自分自身が許せないだろう。
 そして此処には、研究データがまだ残っている。

「洋治、さっさと上がって来い!たく何やってんだか」

 早くしなければ此方が危なくなる。
 そういう焦りから、つい怒鳴り声を上げた。
 だが次の瞬間、恭介は我が目を疑った。
 ファフナーに近い………いや、ファフナーであろう機体のコックピットに、1人の女性が搭乗したのを見た。

「紅音ちゃん?間違いねぇ、紅音ちゃんだ!おい洋治!どう言うことだ!!」

 恭介の知っている真壁紅音は、もう何年も前に亡くなっている。
 それは洋治も知っていた。

「彼女はこれからマークザインを渡しに、一騎君の所に向う。君は、溝口と追って行きなさい」

 コックピットにミョルニムが入り、マークザインが起動する。
 それをただ見詰めていた真矢は、一騎の名前を聞いて唖然とした。
 目の前にある機体に、一騎が乗る。
 それはつまり、また戦うということ。

「あれに、一騎君が?」

 乗るだろうか、彼は。
 ファフナーに乗る前の自分を覚えていて欲しいと、苦痛な叫びを告げた。
 忘れられるのが嫌で、島を出た。
 そんな彼を連れ戻す為に此処まで来たが、戦わせる為に連れて帰ろうとした訳ではない。

「乗るか乗らないかは、彼が決めることだ。だが私は……私達は、マークザインと君達に新たな希望を見た。願わくは、私達の希望を受け継いで欲しい」
「日野のおじさん」

 また、何も出来ない。
 そう真矢は感じた。
 真矢はディスクを手に、洋治の前から走り去った。

―――もし私の息子に会ったら伝えてくれ。島から連れ出してすまなかった。だがお前のおかげで、多くのデータを元に新たな希望が見えたと。

 島にいた時から洋治は誰にでも優しかった。
 島を出ても尚、その優しさは変わらない。
 島と世界の未来の為に、ファフナーを竜宮島に授ける。

―――そして私の研究を助けてくれた者に、後を任せると……そう伝えてくれ。

 それが誰なのか、真矢はあえて聞かなかった。
 何となくではあるが、誰だか分かったからだ。
 彼もまた、洋治のように完全に島を裏切っている訳ではないのだと、真矢は感じた。
 真矢が恭介の許に戻ると、ラボから顔を出している洋治に向って敬礼をした。
 これが最後の別れ。
 走り出す2人。
 真矢は自然と手を握り締めていた。
 2人が去った後、再び洋治の前にフェストゥムが現れた。

(願わくは、お前達ともう少し会話をしたかった。お前達が情報という概念を理解したこと、私にとっても喜びだ)

 1つずつ理解していくフェストゥム。
 それは共存への一歩。

「だが此処の情報は渡せん」

 1人でも多くの兵士を助ける武器、ファフナー・マークザイン。
 それの研究データを、渡す訳にはいかない。
 洋治は隠し持っていた自爆装置のスイッチを取り出し、それを押す。
 眩い光が地面から差し、フェストゥムと洋治を包み込んだ。

(許せ、道生)

 父親として、何も出来なかった自分を。





 作業をしていたの手が止まった。

「Mr.、どうかしましたか?」
「…………いや………大したことじゃないさ」

 モニターから外されていた視線を戻し、再び手を動かし始める。
 ファフナーブルクでの作業は、それ程時間のかかるものではなかった。

「これのデータバックは取った。後は俺から大佐に提出しておく」
「此処の作業員達はどうしますか?」
「紳士的に対応を。そう、大佐から命令を受けている筈だが?取り敢えずは、ブルク内で大人しくいて貰うさ。此処はお前達に任せても良いな」
「了解。しかし………これだけの戦力を持っていながら、機体は軍より少ないんですね」
「フェストゥムとまともに戦えるのは、恐らく日本人が開発したこの機体だけだろう。多くの犠牲と、多くの研究の果てに完成したものだ。そう簡単に、大量生産は出来ない」

 前に名もなき島に行った。
 その島にあった機体はファフナー。
 だが、竜宮島が持っているファフナーとは違う。
 人類軍が使用している機体とタイプが違うだけで、その威力に大差はない。

(最も、ミールが移植されていない機体では、フェストゥムに対抗するなんて出来ないが)

 詰まらない。
 つくづくそう思う。
 世界を知り、戦うしか道が残されていないと知ると、何もかもが詰まらなくなる。
 これはただの戦争ではない。
 白旗を揚げても、敵であるフェストゥムには何の意味もなさない。
 結局死ぬのだ。
 3つの選択肢しか、人類には残されていなかった。
 戦って死ぬか。
 戦わずして死ぬか。
 己で己の命を絶つか。
 その選択肢の中から、竜宮島は戦って死ぬ道を選んだ。
 それは何時の日か必ず、戦いが終わって平和な世界が訪れるのだと、そう信じてのこと。
 戦って死ぬ。
 それが何時か、戦って生きる道になると信じて。

「大佐」
か。何の用だ」
「ブルクのデータは取った。後はジークフリード・システムのデータバックを取れば終わりだ」
「早いな」
「専門分野だ」

 身を翻し、ジークフリード・システムに搭乗する。
 バーンズは司令席に座ってCDCを眺めていた。
 きっと今の彼は気分が良いのだろう。

(馬鹿馬鹿しい)

 司令席に座るくらいなら、誰だって出来る。
 そう、ただ座るだけなら。
 はジークフリード・システムの席に座る。
 これも同じことだ。
 座るぐらいなら、誰だって出来る。
 問題はそこから先だ。
 司令席に座り、CDCをフル活用して戦えるか。
 ジークフリード・システムの席に座り、正常に起動出来るか。
 そこが、重要な席に座る者に試される。
 は1つ深呼吸をすると、意を決したように声を出した。

「ジークフリード・システム、起動」

 暗かった周りが一変し、緋色の世界がを包んだ。
 異変はない。
 総士が扱うように、ジークフリードは正常に起動している。

「ジークフリードのシステムデータを」

 モニターがいくつも現れ、1つずつ目を通す。
 システムはガーディアンと大差ないものの、入っているデータの量は違う。

「さて、仕事をしますか」

 そう言うと、はジークフリードのデータを弄り始めた。




◇    ◆    ◇




 戦っている最中に考えることは、敵を倒すことのみ。
 戦う前の自分を覚えて欲しいと、島を出る前に思った。
 けど、それは馬鹿な考えなのだと気付いた。
 皆、必死に戦っている。
 過去、現在、未来を守る為に。

―――気にするな!

 無理だ。

―――命など惜しくはない!

 嘘だ。

―――命など惜しくはない!

 そんなの。

「そんなの……っ」

 そん……なのっ。

「そんなの嘘だ。何で、何で殺す!?何で殺すんだぁぁ!!」

 何故、殺す。
 何故、戦う。
 何故、俺は、此処にいる。

「うわぁぁ!」

 吹き飛ばされた一騎。
 一騎以外、もう誰もいない。

「くそ、動かない!」

 戦える武器は機体しかないというのに。
 此処で死ぬのか?
 此処までなのか?
 俺は、此処で……?

―――………泣かないで……一騎………。

っ」

 俺は、まだ死にたくない。