この命が輝く時。
あなたは、この蒼穹から見下ろしているのでしょうね。
あなた方が守った島。
あなた方の命と引き換えに、守られた島。
そして人は、心の底に刻むのでしょう。
時間を止めた者の、思いと共に。
モニターで本体らしい部隊が上陸したのを確認した。
「竜宮浜に、本体と思われる部隊が上陸」
「そろそろか。皆、早く移動してくれ」
「真壁司令も避難するなら、私達も動きます」
「私達だけ此処を放棄するなんて出来ません!!」
澄美と綾乃は立ち上がってそう言った。
CDCを担当している者として、1人の人間として、史彦だけを残すなんて真似は出来なかった。
「僕も此処にいます。あなたの決断が正しかったか、見届ける必要がありますから」
不器用ながらも、ジークフリード・システムのパイロットとして、島の代表であった皆城公蔵の息子として、総士もこの場に止まることを決めた。
「すぐに分かる。弓子君!西尾君を連れて、シェルターに向ってくれ」
下を除き込むように言うと、里奈は驚いた表情で史彦を見上げた。
「えっ?あたしもですか?」
「真壁司令!?」
「避難している島民の中には、怪我をした者もいるだろう。遠見先生と一緒に、手当てに回ってくれ」
「でも」
史彦達を置いて、避難して良いものか。
「心配せんで良い。奴等からすれば、この島は一般人しかいない。私以外はな」
「………はい、分かりました。どうかご無事で!」
「あなたも気を付けてね」
「里奈ちゃん!遠見先生やお祖母ちゃんの指示に従うのよ!」
「はい」
弓子と里奈は兵士達が来る前にCDCから出て行き、シェルターに向う。
悪夢はまだ始まりに過ぎなかった。
誰もいない民家。
荒らされた部屋。
散らばる衣類。
大人向けの服を、小さな少女が着ていた。
「外に出たのか」
少女―――皆城乙姫の耳に、アルトの声が耳に入る。
「生まれて初めての、不法侵入及び窃盗………だな」
「……?」
「そう、俺」
「お帰りなさい」
笑って乙姫が言った。
それに対して苦笑すると、は小さく首を振る。
「お帰り、とは少し違うな。俺は此処に、任務として来たんだ。だから、お帰りじゃない」
「捕まえに来たの?」
「それも少し違う。島のコアを回収するのは、由紀恵さんの仕事だ」
「なら、どうして来たの?」
「岩戸を出たのが分かった。だから、少しだけ興味があったのかもしれないな」
「興味?」
「そう、興味。島のコアである皆城乙姫が、何を思って岩戸を出たのか。それを知りたいと思ったのかもしれない」
些細なことだが、コアが外に出ればどうなるか、それを知らないではない。
「選んだのは乙姫だ。乙姫の思う通りにすれば良い」
「ありがとう、」
「時期此処にも兵士が来る。逃げるのも、捕まるのも、自分で決めろ。それが、外に出たコアの選択出来る未来の道だ」
「うん」
の忠告を笑顔で受け止める。
そんな乙姫を見て、は小さく笑った。
子供であって子供ではない存在。
この島にはそんな子供が3人いる。
「俺が此処に兵士を送り込まない内に、逃げるなら逃げろ」
この辺りにはまだ兵士が来ていない。
逃げると言うのなら、今の内だ。
「ねぇ、。一騎の所に行った真矢と恭介だけどね」
「モルドバ近くまで来ているんだろう。知ってる。そこで起こっていることも、な。でも、だからって俺が何かをする訳じゃない。今更、そんな離れた所の話しをしても遅い。あとは、運を天に任せるのみ、だろ」
「は、3人が帰って来るって思う?」
拍子抜けた質問に、は目を見開く。
「何故、そんな質問を俺にする?」
「だって、は優しいもん。のこと、絶対に裏切らない」
「それとこれと、話しが全く違うと思うが?」
「違わないよ。だって、一騎のこと心配してるでしょ?」
「………………」
「は皆のこと、大好きだもんね。だから、選ばせようとしたんでしょう?それぞれの明日を」
人が滅んでも、必ず明日という未来が来る。
終わりのない明日。
「行って。がいないと、怪しまれちゃうよ」
笑顔でを見送る乙姫。
そんな彼女に、は小さく笑った。
蒼穹。
広い空の海。
人は皆、それに憧れを抱き、恐れていた。
「お客さん、起きて下さい」
憧れを抱いた空も、何時しか何もかもを飲み込む、ブラックホールのように見えた。
「ん……あたし、何時の間に寝てたの?」
空から来る敵、フェストゥム。
「加速の衝撃で、意識を持ってかれたのさ。下、見てみな」
それを倒す武器、ファフナー。
「モルドバを逃げ出した連中だ。目的地は近いぜ。一騎を連れ戻す為の口説き文句、考えときなよ」
文化を守る為の島、アーカディアン・プロジェクト、アルヴィス、竜宮島。
「へっ?口説き文句?」
最後の希望として、多くの命を犠牲にした島。
「お嬢ちゃんなら、あいつも一発で帰る気になるだろうさ」
飛び出した少年。
それを追いかける少女。
それを見守る人々。
「だから違いますって」
本当に迎えに来て欲しいのは、あたしじゃない。
来て欲しいのは、あたしなんかじゃない。
でも、迎えに行かない。
だったら、あたしが行くしかないじゃない。
(翔子も、分かってたんだろうな)
一騎君のことも、皆城君のことも、のことも。
皆のこと、分かってたんだろうな。
「溝口さん、教えて欲しいことがあるんですけど」
「何だい?」
「って、島のこと、何時から知ってたんですか?」
「さて………何時からだったろうな。正直、俺もよく知らん。皆そうさ。中学を卒業する前に真実を知る。例外もあるがな。なんざ、何時からアルヴィスにいたのか、俺ですら知らんしなぁ」
「あたし、のことずっと分かってると思ってた。でも……平和だった生活が崩れた時、が分からなくなってたんです。酷いことも言いました。憎んだりもしました。翔子を戦わせたのは、皆城君とで、春日井君を助けられなかったのは、皆城君とのせいなんだって……思ってた」
歌手デビューをした時、自分のことのように喜んだ。
「あたし、酷いこと言っちゃったんです。春日井君があんな風になったのは、がシステムに入ってなかったからだって」
皆と一緒に戦っているが、羨ましかった。
「そんなこと、ないのに。分かってる筈なのに、言っちゃって。君に怒られました。外の世界を知ってるが羨ましかったんです。でも、違ったんですね。あたし達が憧れていた外の世界は、絶望ばかり。そんな世界をあたし達が知るずっと前から知っていて……」
羨ましいと思っていたことが、相手にとっては負担だった。
それに気付いた時には、もう、はいなくなってた。
「あたし、に謝らなきゃいけないっ」
言葉を、交わしたかった。
「大丈夫、お嬢ちゃんの気持ちは、ちゃんと伝わってるさ。だから、一騎を連れて島に戻ろう。そうすれば、ちゃんと言葉も交わせるさ」
「………はい」
何も知らなかった自分。
何も知ろうとしなかった世界。
何も教えようとしなかった大人。
何も教えようとしてくれなかった子供。
話そう。
帰ったら。
今度こそ、必ず。
そうすれば、きっと新しい未来が出来る筈。
何も知らなかった時とは、多分違う。
新しい道。
―――自分で、自分の目の前にある道を選び、進みなさい。その道を選んだと言うのなら、私達は口出ししない。
「必ず、一騎君を連れ戻す」
「その意気だ、お嬢ちゃん。そんじゃ、飛ばすぞ」
「はい!」
、あたしね、少しだけ分かったんだよ。
翔子の家にあまり来ないのは、翔子に無理させたくなかったから、なんだよね。
学校に行けない翔子にとって、学校の話は嬉しいけど、辛いんだって知ってたんだね。
外の世界のこと、何も知らないあたし達には話さなかった。
平和な時を、少しでも長く過ごして欲しかったって言ったよね。
生きること。
生き残ること。
その為に戦う。
その為に、自分を犠牲にしているんだってこと。
皆城君も、そうなんだよね。
一騎君のこと、凄く心配してた。
それでも、島を出なかった。
出れなかったんだよね、2人は。
ファフナーのパイロットはいても、システムの搭乗者はいない。
島を出る訳には、いかなかったんだよね。
あたし、行くよ。
が行けないのなら、あたしが代わりに行って連れて帰る。
必ず、連れて帰るから。
だから皆城君と一緒に待ってて。
見慣れない兵士達が島を包囲していた。
それを山から見ていた芹は、人を探して歩き続ける。
「何で部活中に兵隊なんて来るのぉ?皆と逸れちゃったじゃない!もぉ!お母さん!!」
「お母さん!!」
「へっ!?誰?誰か居るの?」
「えへへへ。お母さん。生まれて、初めての言葉」
見慣れない少女。
「きゃぁぁぁ!」
芹と乙姫の、初めての出会い。
芹の叫び声は、山の中に響いた。