崩れ始める壁。
その先にある、絶望と未来。
新たな命が生まれ、産声を上げる。
消え行く光。
生まれる未来。
声は、届いていますか?
恭介と真矢がハーブローフに乗り込み、滑走路を進む。
「さぁて、一騎の奴を迎えに行くか。最大速度ですっ飛ばすからなぁ。舌を噛まないよう気を付けな、お嬢ちゃん」
「はい」
『海底から接近する物体あり』
竜宮島周辺に装置されているレーザーが、海底から接近する物体―――人類軍の戦闘艦を捕捉。
CDCに緊張が走る。
「6時方向。距離400」
「新国連。やはり、の言った通りですね」
「該当艦あり。人類軍潜水艦、ブロンガータイプ」
「マークエルフだけでなく、島ごと奪いに来たか」
「潜水艦が何で島に?」
これまでに、新国連の探査機が度々島上空を通過したことはあった。
だが、潜水艦で島に来るのはこれで初めて。
「島の宝が欲しくなったんだろう。此処は真壁に任せて、俺達は出るぞ。歯を食いしばりな」
「はい」
言い終えるとほぼ同時に、恭介は機体を発進させた。
「離陸する機体があります」
潜水艦のブリッジで、島の様子を伺いながら指揮を出していたバーンズは、興味もなさそうに命令する。
「撃ち落せ」
一発のミサイルが発射され、上空を飛んで行った機体を追いかける。
「少し揺れるぜ」
そう言うと、機体のスピードを上げて海面ギリギリを飛ぶ。
水飛沫でカバーしようとするが、ミサイルは速度を弱めず後を追う。
それを見ていたは、目を伏せて心の中で呟く。
(行け)
急上昇する機体。
それを追うミサイル。
そのミサイルを撃ったのは、赤い一本の光。
「ノルンか、助かったぜ」
恭介は助手席の真矢に目をやり、気絶しているのを確認して小さく笑う。
CDCで、里奈の声が響く。
「溝口さんの機体、離脱を確認!」
「ブリュンヒルデ・システム、自立的に迎撃態勢へ。ワルキューレの岩戸、開きました。ガーディアン・システム起動」
「新国連ファフナー、接近!」
「第1ヴェルシールド、間に合いません!!」
「第2ヴェルシールド展開。ヴァッファーラーデン移行」
「ファフナーを出させます」
状況を見て総士が史彦に言う。
だが史彦は総士を止めた。
「駄目だ。君達を、人間と戦わせる訳にはいかん」
アーカディアン・プロジェクトが戦っているモノは、人間ではなくフェストゥム。
敵を間違えれば、無駄な血を流すことになる。
それは許されぬ罪となり、許されぬ記憶となってしまう。
「第2ヴェルシールド、消滅!」
「ヴェルシールドを中和した!?」
フェストゥムでも中和など出来ない。
それを、新国連のファフナーはやってのけた。
「島の内部情報を知る者が手引きしているな。島民の避難を優先しろ!ブリュンヒルデ・システムには、防戦を控えるようアクセス!」
「戦わずに降伏する気ですか!?」
驚きの言葉を、総士が史彦に投げ付ける。
「相手の狙いはファフナーと島のコアだ。どちらも奴等の手に余る。1度触れさせてやれば良い」
結局、ファフナーに乗ることが出来るのは竜宮島の子供だけ。
コアと対話出来るのも、竜宮島の住人だけ。
「ファフナーを出して来ると思うかね」
「攻撃されれば、当然」
「ふん。沿岸部に一発打ち込め。挨拶代わりだ」
バーンズの声で、ミサイルが再び発射される。
「剛瑠島に着弾!」
「……撃って来た……」
「何て奴等なの」
相手は同じ人間であるにも関わらず。
「司令!」
「挑発に乗るな!一度でも血を流せば、取り返しがつかん。今は動くな!」
竜宮島が戦っているのは、同じ人間ではない。
フェストムという、シリコン型生命体だ。
かつては人間同士の戦争だったものも、今は標的を変えている。
互いに手を取り合い、敵と呼ばれるものを倒す。
今、人間同士が戦い、血を流せば一生許されない罪を背負うこととなるだろう。
史彦はそれを望んではいない。
まして子供に、人間を殺せ、などと言える筈がなかった。
「敵に動きなし。迎撃機、姿を消したままです」
「この状況で何故反撃して来ない!?」
「まさかと思ったが……やはりな。かつてフェストゥム殺しで右に出る者はいなかったが………所詮、人間を撃てぬ者に指揮官は勤まらん」
「それはどうでしょう」
バーンズの隣に立って竜宮島の反応を見ていたは、腕を組んで口を開く。
「竜宮島の子供は、フェストゥムと戦う為に生まれた存在。フェストゥム以外を倒す必要なんてないんでしょう。真壁史彦は、子供に人間を殺させたくない。人間を撃てない者は、頭のキレる人だ」
「……………確かにな。真壁は頭のキレる厄介者だな」
「面倒な人間は、他にもいますけどね。それでは、そろそろ行きますか」
「上陸開始!速やかに敵の指揮指令所を征圧しろ。くれぐれも、紳士的にな」
8機のファフナーが竜宮島に向けて発進する。
それをCDCで確認する弓子。
「敵ファフナー8機、竜宮南部に上陸!」
「人類軍はグノーシス・モデルまで出して来たの!?」
ミサイルを撃ち、ファフナーまでも出撃させる人類軍。
「地上S18ブロックに、次々と敵兵上陸!アルヴィス内に侵入されるのも、時間の問題です!!」
兵士達が島の至る所に侵入し、制圧して行く。
「早く、早く!アルヴィスへ逃げるんだよ!!」
行美が黄色の旗を持ちながら逃げる人々を誘導する。
アルヴィスのシェルターに行けば、敵も下手なことをしないだろう。
「そこを動くな!」
敵兵2人が銃を向ける。
それを見た行美が、敵兵に向かって叫ぶ。
「あんた達は駄目だよ!」
「駄目?」
一瞬銃を構えた手が緩んだ。
その隙にヴァッファーラーデンが道を塞ぎ、住人達を助けた。
「さぁ早く!!」
逃げる人々。
それを追う兵士。
だが、島にはヴァッファーラーデンが移行されており、追う兵士も途中で阻まれる。
そんな時、紅のファフナーが兵士達の近くで着陸した。
『10ブロック戻れ。迂回出来る』
指示を出すカノン。
攻撃をしても反撃をしない竜宮島に、カノンは違和感を抱いていた。
(守るだけで反撃しない。おかしな島だ)
逃げる人はいる。
だが、歯向かうことをしない。
古い文化を守る島。
「弓子の家。へっ、変わってねぇや」
島を出てから数年。
変わることのないこの島は、世界の時間が止まっているように思える。
いや、止まってしまったのは世界なのかもしれない。
「頼むから、抵抗すんなよ」
抵抗しない者には手を出さない。
あくまで紳士的に対応するよう、大佐から命令を受けている。
とは言え、破壊するな、とは言われていない。
アルヴィス内部に侵入した由紀恵は、問答無用に壁を破壊する。
(やっとあの人の……ミツヒロさんの役にたてる)
それが由紀恵の喜びだった。
「アルヴィス内部に侵入されました!エレベーター作動中。敵は、ワルキューレの岩戸に向っています!!」
ワルキューレの岩戸。
島のコアである、皆城乙姫の居る最深部。
「君達はシェルターに行きなさい!私が此処に残る」
「そんな!?真壁司令!!」
綾乃が驚きの声を上げて史彦を見る。
総士は厳しい表情で史彦に怒鳴った。
「あなたは戦いもせず、それでも指揮官ですか!!」
「君はパイロット達に、人を殺せと命令出来るのか?」
言葉に総士が詰まった。
「今はまだ何の打撃も受けていない。じきに奴等の頭が此処に来るだろう。私が彼と話す。君達はけして動くな」
話し合えば分かり合えると、信じている訳ではない。
話し合っても分かり合えないからこそ、アルヴィスは人類から隠れた。
血を、この島で流してはならない。
この島を、血で汚してはならない。
この島を守って死んで逝った者達に、申し訳が立たないのだ。
島を守って死んだ者。
この島に生きる者は、それを一体どれだけ覚えているだろう。
どれだけ、知っているだろう。
「此処が休憩室だ」
死んだ者達が必死に守った島を、今同じ人間が占領しつつある。
それを必死に抗おうとする人間。
その勇敢な姿を、は目の前で見た。
剣司と衛が兵士に飛び掛り、反撃をされて倒れる。
その隙に、咲良が1本背負いをして打撃を与えた。
だが、誤算があった。
敵は1人ではない。
「動くな!」
銃が咲良の頭に突き付けられ、投げ飛ばされた兵士が逆上して咲良を殴る。
「きゃぁぁ!」
「姉御!」
「止めて!まだ子供よ!!」
3人を庇う容子。
「五月蝿い!ただの子供じゃないだろう!!」
銃を突き付け、引き金を引くような勢いだった兵士を、が冷たい言葉で止めた。
「命令は、紳士的に対応せよ、の筈だったが?」
殴った兵士の肩に手を置く。
「し、しかし!」
「ガキに手を出すのは紳士的ではないな。もう良い、お前は他へ回れ。本部に通達しろ」
「はっ!本部、子供3名確保した。例のパイロットです」
殴った男が出て行き、変わりに別の兵士が室内に入る。
容子は兵士達に命令をするを見た。
「……君」
「大人しくしていれば、此方は手を出しません。血を見たくなければ、此方の言う通りにするんですね。子供を連れて行け。此方の女性は、ブルクに連れて行くんだ」
「はっ!!」
ポケットに手を入れ、休憩室を出ようとする。
それを咲良が呼び止めた。
「待ちな!あんたって奴は、一体何時からスパイなんかになってたのさ!!」
「………何時?さて……何時だったろうな。覚えていないさ、そんなこと」
「俺達のこと、騙してたんだな!!」
「どう取るかは、お前達次第だ」
冷たい目が、咲良達を捉える。
止めていた足が動き、靴音が虚しく室内に響く。
静まり返った島。
反撃を拒んだ島は、人類軍に占領された。
「良い島だ」
初めて降り立ったバーンズは、島を見渡して余裕の笑みを浮かべた。