何時からだろう。
 人が人であることを忘れてしまったのは。
 人が空を怖がるようになったのは。
 人が世界から逃れようとしたのは。
 崩れた平和。
 それを取り戻す為に、人が犠牲にしたモノ。
 平和が、誰かの犠牲の基で成り立っていることを、人は忘れてしまった。
 何時からだろう。
 人が、現実から逃げたのは。
 それでも、忘れられない記憶はある。
 それが、平和であった頃の記憶。
 それを取り戻す為に、私達が戦っていることを。
 あなたは、覚えていますか………?










 通路で弓子の声が響いた。

「真矢、お願いだから止めて!何であなたが行かなくちゃいけないの!?」

 一騎を助ける為に、モルドバへ向う。
 真壁一騎は島を裏切った。
 その一騎を助ける為に、島を出る。

「あたし、ずっと何も出来なかった。だから解るの」
「解るって」
「翔子の気持ちが」
「……真矢」

 やっと、やっと分かったんだ。
 翔子が、どんな気持ちで家のいたのか。
 どんな気持ちで、窓の外を見ていたのか。
 どんな気持ちで、一緒に言葉を交わしていたのか。

「学校にも行けなくって、何も出来なくて、ただ見てるしかなくて。やっと解ったの。だから、翔子の為に行かせて」

 翔子が守ろうとした世界。
 翔子が守ろうとした人。
 翔子が守ろうとした思い。
 それを、あたしは守りたい。

「でも………そんなっ」
『良いじゃないですか、別に。自分で決めたことなんですから』

 緋色の幻影が、真矢達の前に現れた。

!?」
『ごめん、総士。でも……言っておきたくて』
「言うって………何を」
『私が、羽佐間翔子を出撃させた時の言葉』

 小さく笑って、視線を総士から真矢に向ける。
 表情は厳しい。
 それでも、瞳の奥にある輝きは真矢を心配する、そんな優しい光り。

『羽佐間翔子は、自分の意志でファフナーに乗って出撃した。真壁一騎との約束を守る為にも、何も出来なかった自分自身の為にも。この島に生きる、全ての人の為にも、自分の命と引き換えに戦った。そうさせたのはこの私。選べるだけの道と時間がから、自分で自分の道を選んで進め。そう、出撃前に私は言った。あなたにも言うわ。自分で、自分の目の前にある道を選び、進みなさい。その道を選んだと言うのなら、私達は口出ししない』
!」
『真矢達にはまだ、選ぶだけの道がある。ならせめて、私達が選べなかった道を選ばせて上げてよ………私達にはもう、道なんてないんだから………』

 もう、選ぶだけの道なんてない。
 目の前に続く、1本の道だけが唯一進める未来。
 引き返すことも、立ち止まることも、道を変えることも、私達には出来ない。
 なら、せめて道がある人達には選んで欲しい。
 例え未来が同じでも、足掻くことが出来る道を。

『遠見真矢。あなたは、何をしたい』
「……あたしは」

―――……翔子………あなたは私じゃないんだから、自分で道を決めて良いんだよ?
―――皆にはまだ、選べるだけの道と時間がある。だから、自分の気持ちに素直になって……勇気を出してみたら?
―――ガーディアン・システムにが搭乗していれば、春日井君を助けることが出来たでしょう!?
―――のことを何も知らないお前が、もう一度その言葉を言ってみろ。俺は一生許さない。
―――戦いから目を背けちゃいけないの。

「あたしは、一騎君を連れ戻したい」

 迷わない。
 逃げない。
 知りたい。

『………ハーブロークを準備しておきます』
君!」
『ただし、連れ戻すと言った以上、あなた達は生きて3人で帰って来なければいけない』
「大丈夫。一騎君を連れ戻す為に行くだけだから。必ず帰って来る。約束する」

 約束。
 翔子と一騎が交わした約束とは違う、新しい約束。

「皆城君も約束して。一騎君と、今度こそちゃんと話し合うって」
「……俺は」

 話すこと。
 それは総士が最も恐れていること。
 会話は、真実を話す。

「さっ、続きは帰って来てからだ。真壁、一騎に会ったら何か伝えることはあるか?」
「…………」
「じゃぁ、一騎がいないせいで毎日お前が俺の店で飯食ってるって伝えてやるよ。行こうか、お嬢ちゃん」
「はい。あっ、。あたしが帰って来たら………話しが、あるの」
『……………話せる……状況なら、ね』
「それって、どう言う……」
『時間が惜しいわ、早く行きなさい』

 それ以上話すことも出来ず、真矢は肩を落とした。
 だが、の言った通り時間が惜しいので恭介を追って走り出す。

『大丈夫です。彼らは必ず、此処に帰って来ます。だから、彼らを迎え入れられるように此処を守って下さい』
「フェストゥムが?」
『違う存在。同じ。世界に生きる、人類と呼ばれる者達』
「新国連か!?」
『まだ遠い。でも、此処に向ってる』
「すぐに持ち場に着け!」

 迫り来る敵。
 それは敵であり、敵ではない存在。


『時間、もうないんだ。だから……行くね』

 霞のように消える幻影。
 確かにそこにいて、此処にいない。
 自分が昔、そうであったように。

「溝口さん、何で私を連れて行ってくれるんですか?」

 恭介に追いついた真矢は、背中に向って答えを求めた。

「その方が、一騎も喜ぶだろう?」

 喜ぶ?
 そうであるのなら、嬉しい。
 でも、多分違う。

(…………本当に来て欲しいのは………あたしじゃないよ、きっと………………)

 偽りのない笑顔を見せるのは、この世界でたった1人。
 迎えに来て喜ぶのは、この世界でたった1人。
 あたしじゃない。
 でも、あたしは行くよ。
 行くことが、私に出来ることだから。
 行けない代わりに、あたしが行くよ。
 必ず連れて帰るから。
 だから、迎えてあげてね。

「お願いね、





 後方デッキに狩谷由紀恵が足を運んだ。
 外に出ると、見慣れた人の背中が目に入った。

「あんた、こんな所で何やってるの」
「………ゆき……え…………さん……?」
「何よ、その顔」

 由紀恵から見て、今のは驚いた表情に見えたのだろう。
 確かに内心では多少の驚きもあったが、今は気分が悪い。
 モルドバで起こった現象と同じで、吐き出しそうな症状にかられていた。
 だが、由紀恵の前でそれは出来ない。

「あんた、気分でも悪いの?」
「……ろくな睡眠時間も与えずに、長時間船に乗ってれば誰だってこうなると思うけど?」
「普段は偉そうなくせに」
「それとこれとは別問題。久しぶりに船酔いしたな……」

 うんざりしたように、柵に身体を預けた。
 此処が海の上で良かったと、少し安心する。
 海の上ならば、船酔いしたと言えば誤魔化せる。

「もうすぐで、竜宮島に到着よ」
「コアの回収、だったっけ?俺はシステムだけど」
「今度こそ、全てを頂くわ」
「名もなき島のデータを、取られたからね」

 アーカディアン・プロジェクトが作り出した島は、何も竜宮島だけではない。
 発見した名もなき島で、コアのデータを奪おうとして失敗した。

「Dr.バートランドは、今回の占領作戦において由紀恵さんの活躍を期待しているらしいけど………また、俺の足を引っ張らないように気を付けろよ」
「あんたこそ、私の邪魔だけはしないことね。ほんと、何であんたみたいな生意気が此処にいるのかしら」
「お互い様だと思うけどね、それは」

 竜宮島で連絡を取り合い、密に探りを入れていた2人。
 行動するペアであり、ライバルみたいな存在ではあった。

『本艦はこれより海底に潜る。外に居る者は直ちに所定の持ち場に着け』
「さて……ゲームの中盤、開始だな」

 柵から手を離し、艦内に入って行く2人。
 竜宮島到着まで、約30分。