世界が見た人間は、きっとちっぽけに見えたんだろうね。
世界が見た戦争は、きっと何も言えない程呆れただろうね。
世界が見た平和は、きっと安っぽく見えたんだろうね。
それでも人は、望まずにはいられなかったんだろうね。
自分は、此処にいるって。
きっと誰かに、認めて貰いたかったんだろうね。
だから君は戦うことを選んだんだ。
戦うことを選んだのは、きっと君だけではないよ。
世界が、戦うことを決めたんだ。
君も、世界にとってはちっぽけな存在だけど。
それでも君は君だから。
君が望むままに、選べば良いんだよ。
それが君と言う存在を作る、意志なんだから。
CDCで任務に付いていた弓子が、あるモノを発見して声を上げた。
「何これ。映像がリアルタイムで配信されています」
かつてない事態に、弓子は戸惑いの表情で上を見上げる。
「リアルタイムだと?」
同じように、驚きの声を上げて弓子を見下ろす恭介。
史彦は正面を向いて声を出した。
「メインモニターに映せ」
ノイズ交じりで、映像も安定していない。
だがそれも、徐々に安定してきた。
「場所はモルドバ。新国連の基地です!」
「何故そんな映像が……」
総士も、史彦の傍でモニターを見る。
「解析来ました!衛星回線からの配信です!!」
「衛星回線だって!?」
驚きの声を上げるのも無理はない。
衛星回線と言えば数十年前まで使用されていたもので、今では使用を完全中止している代物。
「おいおい。人間が使える衛星なんて、もう残ってないだろう。大体、こんな映像を見せられたら、世界中が戦意を喪失させるぜ」
「あるいは、それが敵の狙いか」
史彦の言葉に、総士がハッとなって声を上げる。
「まさかっ!フェストゥムがこの映像を!?」
「えぇっ!?」
ありえる筈がない。
フェストゥムが衛星回線を使ってこの様な映像を見せて何になる。
「かつてないことだが、奴等なりの情報戦かもしれん」
「馬鹿な。奴等が俺達の感情を理解してるってのか?」
もしそれがそうだとしたら。
フェストゥムと人間の、共存への一歩になる。
だが、これは違う。
そう、総士の中で誰かが囁いた。
「おぉ、意気の良いのが1体いるじゃねぇか」
恭介の声を聞いて、総士がモニターに映る機体に目を止めた。
それは総士だからこそ分かる、搭乗者の癖。
「か、一騎!?」
見慣れた、一騎の戦い方だった。
「何っ!?」
「あれに、一騎が乗ってるってのか?」
「間違いありません。あの動きは一騎です」
証拠はない。
だが、総士には分かる。
一騎の考えも、動きも、全てジークフリード・システムを通して知った。
「だったら助けに行かなきゃ!」
真矢が、総士に向ってそう言った。
だがその言葉も、司令官である史彦の言葉によって消される。
「あれが、一騎だという保証はない」
「皆城君!あそこに一騎君がいるんでしょう!?だったら、助けに行こうよ!!」
「落ち着きなさい、真矢!」
「何か出来るんでしょう!?皆城君だったら、何か出来るんでしょう!?」
何か出来る。
助ける為なら、何か知恵を出してくれる。
真矢の中では、そう方程式が成り立っていた。
「いい加減にしなさい!!」
「無理だ……あんな場所にファフナーを出撃させるなんて………」
それをすれば、きっと誰も帰れなくなる。
きっと、死んでしまう。
あの時のように。
ジークフリードも、ガーディアンもない状態で、ファフナーのパイロットは混乱する。
お互いがコンタクトを取り、協力し合うことも出来ないのに。
混乱は死への第一歩。
「誰も行かないんだったら、あたしが行く!此処で何もしなかったら……翔子に悪いもの」
「真矢」
「翔子は行ったよ。戦ったよ。一騎君の為に。皆の為に。何であたしがいっちゃいけないの!!」
悔しかった。
何も出来ない自分が、凄く悔しかった。
CDCと言う安全地帯にいて、ただ戦う皆を見ているだけ。
それが悔しくて、苦しくて、辛くて。
戦力を失う訳にいかないと言うのなら、戦力にならない私が行く。
そうすれば、戦力を失わずに済むんでしょう?
そうすれば、一騎君を助けに行けるんでしょう?
「一騎1人の為に、島を危険に晒す訳にはいかん!!」
「………そんな………」
どうして?
翔子は、行ったのに?
戦力だったから?
だから、行けたの?
私は戦力にはならない。
だから、行けないの?
「あぁそう言えば、ここんとこずっと働き詰めで、休暇が大分残ってたなぁ。今から暫く第3待機にさせて貰うぜ」
ワザとらしい言葉に、史彦は出て行こうとする恭介を呼び止める。
「待て。何処に行く」
「ちょいと羽を伸ばして来るわ。モルドバ辺りまでをよ」
「溝口さん」
「そんな許可を出すと思っているのか」
厳しい言葉に、恭介は何を今更、と言いたげな顔で言い返す。
「おいおい、俺はお前の上官だった人に命令を受けているんだぜ」
「上官だと?」
今、島の最高司令官である史彦にとって、自分より上の人間はいない。
「お前と一騎のことを頼むとな。真壁紅音っていう、日本自衛軍第2混成団特科大隊エースパイロット直々の命令なんだよ」
真壁紅音。
史彦の妻であり、元上官だった女性。
一騎の、たった1人の母親。
「溝口、お前……」
ニヤリと笑い、恭介は見えもしない下のフロアーにいる真矢を呼んだ。
「おいお嬢ちゃん!暇なら付き合わないか?」
呼び終えに、驚いたのは史彦と弓子だった。
「溝口!」
「溝口さん止めて!!」
「行きます!」
強く、はっきりと言った。
「……遠見」
総士が真矢を見る。
「あたし、行きます!」
最初で最後の、チャンスを掴んだ表情だった。
◇ ◆ ◇
空が蒼い。
海が蒼い。
世界が、冷たい。
「モルドバが破棄されるらしいぜ」
後方デッキに上がってきた道生が、先客の背中に向ってそう言った。
「アルヴィス占領作戦開始、か」
「面倒だな、お前にとって。ついこの間出て来たばっかりなのによ」
「別にどうだって良いさ」
つい数日前まで暮らしていた世界。
偽りの平和だった所に、今度は占領する為に行く。
奪う為。
その為に、また島へ戻る。
「………一騎の奴……死ぬんだろうな」
モルドバ破棄と言うことは、捕まっている一騎も襲撃の被害者になるだろう。
「道生の肉親もいるんだろ」
「親父は……逃げないだろうな」
「良いのか?」
「親父が決めることさ。死ぬ時は死ぬし、生きる時は生きるんだよ」
いずれ死ぬ。
それが早いか、遅いか、それだけの差だ。
「到着したら、道生はどうする?」
「どうって……任務遂行だろ」
「それが終わったら、の話しだ。会うんだろう?弓子さんと」
「ばっ!お、おまっ!!」
「別に俺はどうでも良いさ。ただ、あまり接触しない方が後々楽で良い。別れられるのも、別れられないから」
道生が島を出た理由。
それが遠見弓子の為であると、は知っている。
島の人々がどう思っているのかも、知っている。
島を占領出来たとしても、支配下に置けるかどうか分からない。
本当に占領出来るかも、分からない。
「決めるのは、俺達じゃない」
「何か言ったか?」
「………別に」
島の未来を決めるのは、コアである皆城乙姫だ。
捕まるのも、逃げるのも、全て乙姫の意志による。
「トリプルシックス」
「何だ、カノンか」
「大佐が呼んでいる」
「へいへい、今行きますよ」
めんどくさそうに去って行く道生。
それを肩越しに見送り、再びモルドバの方角を見る。
占領。
攻撃。
退避。
防衛。
今の竜宮島には、逃げることなど出来ない。
それと同じように、今の一騎には逃げることなど出来ない。
「どうする」
逃げるか、戦うか。
島も一騎も、どちらか一方しか選べない。
世界がそうさせている。
「この世界に戦う以外の道なんて、今はない」
互いが、占領し続ける限り。