新たな太陽が昇ろうとしている。
 歴史に名を馳せるのは誰か。
 歴史に名を残すのは何か。
 人の生きる時の中で、何がどう変わるのか。
 始まりの狼煙は、静かに人知れず上げられた。










 一騎が目を覚まし、がいないと分かったのは部屋を出て5時間後。
 がモルドバを出てから3時間後のことだった。
 呆然とベッドの上で座っていると、鍵のかかったドアが開いた。

「久しぶりだな、真壁一騎君」

 見覚えのない男性が部屋に入って来た。
 思わず声を上げる一騎。

「5年前島に居た日野だよ。覚えているかい?」
「日野の…おじさん?」

 日野洋治。
 最後に見た5年前とは少し印象が変わっていた。

「一騎君、私の息子に会ったそうだね」

 机に凭れ、一騎の正面に立つ。

「はい、道生さんに捕まえられました」

 知り合いに捕まえられた、と言うのは変かもしれないが。
 だが確かに捕まえられた。

「やれやれ、想像がつくよ。あいつはファフナーに乗ると、シナジェティック・コードの影響で暴力的になる。許してやってくれ」
「俺を、どうする気ですか?」
「君はどうしたいかね?」

 質問を質問で返された。
 一騎は驚き、洋治を見る。

「人類軍として戦うかね?それとも新国連のスタッフとして、兵士達の為に働くかね?その方が安全だ」
「他に……ないんですか?」
「この30年で我々人類の選択肢は酷く減ってしまった。戦うか、戦う者を助けるか。諦めて敵に襲われるか」

 洋治の言葉に一騎は島でのことを思い出す。

「島では……そんなことはありませんでした」
「あそこは我々が忘れかけていたモノを必死で集めた、巨大な記憶の保管庫だ。平和という文化を、保存する為のね」

 自由。
 笑い。
 平和。
 友達。
 確かにこれらは、竜宮島に存在していた。

「日野さんは、何故島を出たんですか?」

 島の外は、本当に地獄だと思う。
 破壊された建物。
 沈められた国。

「戦う者の為に優れた武器を作るのが、私の役目だからだ。1体でも多く敵を倒すのではなく、1人でも多く兵士が生き残れる為のね。だが、今は少し役目が変わった」
「変わった?」
「一騎君、私の所に来ないかね?」

 突然の誘いに一騎が目を丸くする。

「俺、捕虜ですよ?そんなこと、出来るんですか?」
「私は人類軍の参謀本部委員だ。融通は利く。私の共に来れば、戦うこと以外の道をみせてやれるかもしれない」
「戦う以外の道」

 一騎はそれを求めて外に出たことを思い出した。
 戦う前の自分を取り戻す為。
 自分を知らない者達の所で。
 ファフナーに乗る前の自分を知る者の所で。

「ゆっくり考えてみてくれ」

 洋治は腰を起こし、ドアに向う。
 そして足を止め、一騎の方に振り返った。

「君は何故島を出た?」
「何の為に戦えば良いのか知りたくて。自分が、何処にも居ないような気がしたから……」
「……史彦は君を誇りにするべきだな」

 ドアが閉まり、ロックされるのが分かった。
 一騎は座ったまま洋治の言葉を思い出し、考える。
 戦う、以外の道というのを。





 一騎の部屋を出た洋治は、自分のラボに戻っていた。

「彼女はいないのかね」
「紅音なら、先程コンテナに行きました」
(やはり、マークエルフのコアに気付いたか)

 洋治はラボを出て、コンテナの元に急ぐ。
 そしてそのコンテナには、真壁紅音以外にも1人の男性がいた。
 男の手から結晶体が現れ、マークエルフのコアに近付く。
 結晶体は激しく揺れ、砕けた。

「これは我々ではない」
「我々ではない物が、我々の前にある」
「我々は此処で分岐する。我々は私を行動させる」

 男はそう言うと、紅音の前から姿を消した。

「では我々は、私おも行動させる」

 紅音が言うと、後ろのドアが開いて洋治が姿を見せた。

「そのコアは、大昔日本で発動したミールの一部だ。人類を絶望させたのも、今はただ1つの希望だ」

 洋治が紅音―――ミョルニアの横に立つ。

「我々は私をお前の考えに同調させる」
「それは相手を理解したことにはならない。お前達フェストゥムが人間を理解したくて此処にいるという一大事を、何故私がミツヒロに知らせないか、分かるかね?」
「片方は知る。片方は知らない。可能性の分岐が人間の個性だ」
「その逆もまた然りだ。私の個性は、ミツヒロとも、アーカディアン・プロジェクトとも違う道を選んだ」
「お前はお前自身を私に同調させる」
「違うな。かつてお前と同化した、真壁紅音という人間の意志に従うのだ」
「真壁紅音はもういない」
「それを確かめる為にも、真壁一騎を君に会わせたい。新たな分岐が始まるかもしれんぞ。人類とフェストゥム。両方が体験したこともない分岐が」





 アルヴィスの地下にあり、限られた人間にしか入ることを許されない場所で、史彦と千鶴は肩を並べて歩いていた。

「奴等ファフナーを救世主にするつもりだ。昔ならすぐに破壊しただろうに。ミツヒロが指導権を握って、人類軍も変わったな」
「変わらないのは、私達だけと言う訳ですか」
「少しずつ前進している。変わらないモノなどない」
「此処に来ると、そう思えない時があるんです。遠くを見すぎて、このまま一歩も進めないような」

 何処か、遠くを見るような目だった。
 史彦はそれとなくフォローする。

「君の研究のおかげで、パイロットの染色体の変化が大幅に抑えられている。それは前進ではないかね?」

 後退でも、前進でもない。
 そんな気が千鶴はした。

「一騎君が、この施設をどう思うか聞いてみたいんです。フェストゥムと何度も戦った彼の目に、同化現象を積極的に進化と捉える研究が、どう映るか」
「あいつに、か」
「きっと、正直に言ってくれると思いますから」

 感情の変化もなく、一番多く敵と戦い、倒して来た一騎なら。
 きっと、千鶴が欲しいと思う答えを言ってくれるだろうと。

「一騎のことで、君の娘さんに指摘されてしまった。相手の気持ちを理解せずに、勝手なことを言うなと」
「昔、同じことを言った人がいました。紅音さんだけでしたね。フェストゥムの気持ちを理解しないままで良いのか、なんて言う人。あの人のおかげで、私は今の研究を続ける気になったんです」
「彼女が教えてくれたモノは、私にもまだ遠い。一騎にもそれを教えるべきか、まだ分からない」

 教えるにも、本人がいなければ意味はないが。
 史彦はそっと息を吐き、息子の最後の姿を思い出す。

「一騎君が無事に帰って来ること、願っています。紅音さんの為にも」
「ありがとう」

 妻である紅音が残した、最後の宝。
 それが戻って来るかは、まだ分からない。
 ただ願うしか出来ない自分が、少し情けなかった。





 モルドバを出て約4時間が経過しようとしていた。
 1人外のデッキに出ていたは、モルドバのある方角を見て目を細める。
 今頃、マークエルフのコアがファフナー・ザルヴァートル・モデルに移植されているだろう。
 驚異的な力を手に入れた機体は、恐らくあの場にいるパイロット達では使えない。
 無論、それは一騎にもいえる。
 受け入れられるか、られないかは、乗った時に分かる。

「俺達は、何処から来て、何処に向かい、何処で何をするんだろうな」

 記された道。
 記憶された地。
 帰るべき場所。
 進むべき未来。

「動き始めたか」

 は震える左腕を、強く握り締めた。

「何もかもを破壊するつもりか、イドゥン」

 ミョルニアと対話していた男性、イドゥン。
 フェストゥムであり、人間の身体をしたマスター型。
 数え切れない程のフェストゥムがモルドバに向う。
 死の戦争がまた始まろうとしていた。
 その戦争に、一騎は巻き込まれる。

『各エリア、ロック、解除します。フェストゥム、アルヘノテルス型、グレンデル型、多数上陸。ファフナー、ノースモデルパイロットは、34ブロックに急いで下さい』

 開いた扉。
 鳴り続けるアラート。
 交差する言葉。
 出撃する兵士達。
 戦争。
 フェストゥム。
 一騎は部屋を飛び出し、迷路の道を走った。

「我々は私を真壁一騎と会わせようとしない」

 敵の襲来を知らせる放送を聞きながら、洋治とミョルニアは言葉を交わしていた。

「何故だ。お前達のミールは、我々側のミールを否定するのか」
「我々に否定や肯定と言う概念はない。何故なら、我々は宇宙を無に返すことでより高い次元に移行させるからだ。我々は単に、私にこれ以上の分岐を与えない」
「そうか。では最後に、2人であのコアの発展を見よう」
「我々に発展と言う概念はない」
「私がこれから教えよう。それも、真壁紅音が目指した道への最初の扉になるだろう」

 予想ではあるが、そうであって欲しいと言う気持ちがある。

「人は、生まれながらにして罪を犯した存在。それはフェストゥムも同じ」

 髪が靡き、言葉は宙に消えた。
 見える筈のないモルドバでは、多くの敵が上陸しただろう。
 そこにある命は、全て消える。

「何処にいても、戦いばかりだ」

 目を伏せ、が言った。
 通路を走る一騎。
 何処に向かっているのか分からない。
 それでも、走らずにはいられなかった。

(何処も、戦いばかりだ!他には、何もない!!)

 吹き付ける風は強く、これから起こることを警しているようだ。

「なら、戦わずして済む方法はあるのか。それは否。戦わずして済む方法など、今の世界にはない」

 走る。
 走ることが、今の一騎の出来ること。

(総士)
 
―――この島だけが楽園だったのさ。
―――行けるなら、僕が行くさ。

「だが、戦わずに済む方法は1つだけある」

 床が揺れる。
 遠くの所で何かが爆発した。
 そして、一騎の走り去った場所でも爆発が起こり、爆風が一騎を飛ばす。

「うわっ!」

 衝撃。
 痛み。
 絶望。
 恐怖。

「皆が戦わず、平和に生きる方法」

 飛ばされた身体を起こし、先の続く通路を睨む。

(総士っ!)

 信じろと言った。
 飛べると言った。
 関わるなと言った。
 戻れと言った。
 頼むと言った。
 ファフナーが大事だと、言った。

「入ります!」

 戦う。
 今、戦わなければならないと、思ったから。

「平和を手に入れる為、今を戦う。それが、何時しか未来に齎されるだろう平和への道」

 戦い、終わらせること。
 それが何時しか、未来を平和で暮らせる導となるだろう。
 だから、今を戦う。
 何時か来る、平和の為に。