竜宮島はある電波をキャッチした。
 それがCDCに伝わり、弓子が声を上げる。

「距離200で飛行する機影が発見されました。広範囲で電波を発しています」
「恐らく新国連のプロパガンダ機だ。映像を出せ」
「はい」

 コンソールのボタンを押すと、モニターに映像が流れた。
 その少し前に入って来た真矢は、呆然とモニターを見上げる。

『この映像は人類軍の勇敢なる広報担当者により、全世界に配信されている。2114年における、第一次フェストゥムの襲来より30年に渡り、我々は多大な犠牲を払って人類の命を守り続けてきた。そしてついに我々は、大いなる力を手に入れたのである。見たまえ、ファフナー・ノートゥング・モデルの有志を!』

 ヘスター・ギャロップのから一変し、見覚えのある機体がフェストゥムと戦っている。
 呆然から恐怖に変わった瞬間だった。

「……何…………これ……」
『ご存知の通り、敵は我々の思考を読む。その為、我々が大部隊になればなる程事前に作戦を読まれ、苦戦を強いられて来た。しかし、この機体は単独での戦闘に耐え、敵の読心能力を防ぎ、より高次元の攻防を可能とする、人類史上最高の武器である。今こそ、母なる地球を取り戻し、憎むべき敵に鉄槌を下すのだ!』

 全世界にいる人々に向け、ギャロップは言った。
 同じ人類軍には勇気を。
 アルヴィスには絶望を。

「あの機体、まだ1つしか手に入れてないのに」

 モルドバの食堂で、道生と一緒にモニターを見ていたカノンが言った。

「良いんだよ。これから俺達がぶんどりに行くんだから」

 久しぶりの故郷と呼ばれる場所へ。

「人の物を勝手に使って、何やってんだか」
「でも、あれを見たら大勢の人がフェストゥムに勝てる気になるのは確かですね」
「これでハッキリしたな。一騎は人類軍にいる。案外素直に協力しているのかもしれん」
「世界の救世主になるつもりだったりしてな」
「一騎君が?」

 冗談で、恭介が言った。
 その冗談を、真に受けた弓子。
 それに反発したのは、意外にも真矢だった。

「違います!」

 真矢の声がCDCに響く。

「一騎君はあんな風に見られるのが嫌で島を出て行ったんです!ファフナーに乗る前の自分を誰かに覚えていて欲しくて……なのに……………なのに誰も一騎君の気持ちを聞かなかった癖に!何で皆そんな勝手なことばかり言うんですか!!」

 怒りに満ちた瞳。
 その瞳は、史彦に向けられる。
 誰もが唖然となった。
 言葉も出ない。
 だが、静まり返ったCDCに聞き慣れた声が響いた。

『随分と勝手なことばかり言うのね、あなたも』

 暫く聞いていなかった、の声だ。
 真矢の肩が揺れ、他の者が目を見開いて辺りを探す。
 史彦はある場所で目を止め、釘付けられる。

「………………君………」

 史彦達の上にある、ジークフリード・システムの所では見下ろしていた。
 はゆっくり下りて来る。

『一騎の気持ちを聞かなかったって?なら、あなたは司令達の気持ちを聞いたの?総士の気持ち、私の気持ち、皆の気持ちを知ってるの?ファフナーに乗る前の自分を覚えていて欲しい?随分勝手ね。昔の一騎を忘れたって、誰が言ったの?』
「そ、それ……は」
『ねぇ、答えてよ……真矢』

 真矢の前に下り、そっと人差指で真矢の頬をなぞる。
 目の前にいるが本物ではないと知っている。
 目の前にいるが幻であると、知っている。
 知っている………筈なのに。

「……い………いや………………っ」

 なぞられている感覚はない。
 それでも伝わってくるこの感覚。
 鋭い瞳が真矢を捕らえる。

『勝手なことばかり言ってるの…………どっちよ』

 微笑が、凶器に見えた。

「もう止めて!」

 後ろから真矢の腕を引っ張り、抱き締める弓子。
 妹を庇う、姉の姿がそこにあった。
 は小さく笑い、見下すような目で2人を見る。

『ほんと、次から次へと問題を起こしてくれる人達ね。弓子さん、私達が何も知らないとでも思ってる?』

 真矢を抱き締める腕が、一瞬硬直したのを真矢は感じた。

「お……姉…………ちゃん?」
『あまり、私達を怒らせない方が良いですよ。どうなるかなんて、その時にならなければ分かりませんから』

 小さく笑って、は史彦の所に飛んだ。
 緋色の幻影が、CDCの中を自由に飛びまわる。

君」

 目の前に現れた幻影に向け、名前を呼ぶ史彦。
 その表情には、不安と困惑が混ざっていた。

『大丈夫ですよ、司令。私達が必ず守ります』

 そう言ったの表情には、自信に満ち溢れていた。
 緋色の幻影は微笑み、史彦達の前で姿を消す。
 静寂の中に、不安、困惑、恐怖が交差していた。





 ベッドで横になっていた一騎が、椅子の倒れる音で飛び起きた。

!?」

 床に倒れ、全身を震わせながら右手で口を押さえるの姿が目に入り、一騎は慌ててベッドから降りる。

!気分が悪いのか!?」

 気分が悪いどころではない。
 顔は真っ青で、身体が嘘のように冷たい。
 一騎はを支えて立ち上がらせ、トイレに向う。
 身体に力が入らないのか、自ら立ち上がることも歩くことも出来ない。
 トイレの前でをゆっくり下ろし、背中を出来るだけ優しく摩る。
 震え、真っ青なに、一騎は不安と戸惑いがあった。
 一騎が寝る前、は椅子に座って本を読んでいた。
 特に変わった様子もなく、体調が悪いようには見えなかった。
 だが今は、数時間前とは違う。
 胃の中にあるものが吐き出され、苦しそうに噎せる。

「誰か人呼んでみる」

 言うと、一騎は立ち上がってドアに向った。
 だがそれをが制する。

「誰も呼ぶな!」

 真っ青な顔で、は一騎を睨む。
 その目は何時もより力が籠もっていないものの、十分過ぎるほどの圧力があった。
 だが、此処で折れる一騎ではない。

「体調悪いんだろう。それだったら、ちゃんと診て貰った方が」
「いい。理由は……分かってる」
「でも」
「いい!うっ」
!」

 空っぽの胃からは何も出ず、代わりに胃液が吐き出される。
 一騎は背中を摩り、顔を顰めた。
 体調の悪いを、一刻も早く医者に診せねばならない。
 だが彼はそれを拒絶した。
 どれくらいが経過しただろう。
 真っ青な顔に赤みが戻り、震えていた身体も治まった。
 に水を渡し、口を濯がせる。

「少し横になった方が良いよ」

 腕を肩に回し、をベッドに運ぶ。
 横に寝かすと、一騎はホッと溜息を漏らした。
 まだ気分は優れないようだが、最初の時と比べるとマシである。
 一騎は倒れていた椅子を元に戻し、落ちていた本を手に取った。
 中を見ると、大昔のヨーロッパに起こった戦争の話しだった。
 女子供も戦い、多くの命が散った戦争。
 今も変わらず続く戦い。
 戦うこと以外に残された道がないのだと、この本が語っているように思えた。




◇    ◆    ◇





 が目を開けると、そこは真っ白い世界が広がっていた。
 唯一、が互の存在を確認出来る場所。
 会話が出来る所。
 床は水が広がり、歩けば波紋が出来る。

「苦しかったね」

 座っているを見下ろす
 少し口元を緩ませているに、はそっと息を付いた。

「どうして、あんな無茶をしたんだ?」
「時間がないと思ったから」

 後ろで手を組んで、右足で地面を突付く。
 その度に波紋が出来ては広がり、消える。

「気付かせる、チャンスだと思ったんだ。真矢にも、司令達にも」
「だが、遠く離れた地でのGシステム起動は大きな負担になる。それをしつつ、幻影で現れるなんて真似をしたらどれだけの負担がかかるか。下手をすれば、もう2度と戻れないかもしれないんだぞ?」
「うん、解ってるよ。でもね、私が私でいられる時間を、大切に使いたいの」

が何をしようとしているのか、私は解ってる。も、私がしようとしていること、解ってるでしょう?私、島を守りたい。守らなきゃ駄目なんだよ。だから、無茶でも何でもやる。その為に生きているんだから。島を守れば、あの人との約束も守れる」

 に笑顔を見せた。
 無理に笑った笑顔ではなく、本当に優しい笑顔で。
 は立ち上がり、に近付く。

「俺は、の守りたいモノを守る。けど、俺が守りたいのは総士であり、でもあることを忘れないで」

「俺は、を苦しめているから………短い命を、俺のせいで更に短くしてしまったから」
は悪くないよ。だって、がいたからこうやって遠距離でのGシステムが使えた。には感謝してるんだよ?だから、自分を責めないで」
「…………」

 はそっとの手を取り、優しく包み込む。

「行こう、
「……あぁ、行こう」

 行こう、絶望に広がる世界へ。
 光ある未来を手に入れる為に。
 行こう、愛する者がいる場所へ。
 行こう、翼を広げて。





 見上げた天井が無機質な作りに見えた。
 身体を起こして前髪を掻き揚げると、机の上で伏せている一騎の姿が目の端に入った。
 規則正しい寝息をたて、眠っていた。
 ウォッチを見ると、出発時間の2時間前だった。
 はベッドから抜け出し、シーツを一騎の肩にかける。
 それから身嗜みを整え、静かに部屋を出た。
 静かな通路は感じもしない冷たさを漂わせ、の身体に纏わりつく。
 それを払い除けるように歩くは、エレベーターのボタンを押した。
 丁度上から下りて来ていたエレベーターが止まる。
 開いたドアの向こうには、1人の女性が立っていた。
 は暫くその場で立ち止まり、女性も身動き1つもせずに止まっていた。
 先に行動に出たのは女性だった。

「下?」

 は目を伏せ、エレベーターに乗り込む。

「地下38階だ」

 女性が38階のボタンを押し、ドアが閉まる。
 お互い言葉を交わすこともなく、エレベーターの中には機械音が響いていた。
 38階に到着すると、無機質な音が鳴った。
 ドアが開き、出るのを待っている。
 が口を開けた。

「此処を出る。好きにしろ」

 足音をさせてエレベーターを降りると、ドアが閉まった。
 再びエレベーターが下りる。
 の言葉を聞いた女性―――真壁紅音は目を伏せた。