踏み入れた新たな土地。
地下に住む人類。
隠れて生きるのは何処も同じ。
冷たい土地。
冷たい壁。
此処には、人の温かさはがない。
一騎を乗せた艦が、ゆっくりとモルドバ基地の港に入って行った。
先頭に道生が歩き、その後ろを一騎が歩く。
「新国連人類軍モルドバ基地へようこそ。此処は地下400メートルだ。分厚い地表が、フェストゥムの読心能力を防いでくれる」
「そのおかげで、人類軍はまだ生きている。が、そろそろ奴等も動くだろう」
一騎の後ろを歩くが、道生の言葉に付け加えるよう言った。
「ほら、お前の機体だ」
大きなクレーンのようなものが、一騎の乗っていたマークエルフを吊り上げている。
それを睨むように見上げ、タラップを降りて行く一騎。
「此処でお別れだ。お前達、丁寧に扱えよ」
「はっ」
暑苦しそうなスーツを着込んだ2人に連れられ、一騎は道生達とは別方向に足を運ぶ。
「じゃぁな一騎。島の話し、参考になったぜ」
「参考?」
一体何の参考になったのか、一騎は聞くよりも先にエレベーターのドアが閉まった。
「あいつは、此処でどうなる?」
共に艦を降りて来たカノンが、一騎がいなくなった後に口を開いた。
「お偉いさん方のモルモットだろうな」
「あんな奴を調べて何になる」
「絶滅寸前の日本人が何をしてたか、はっきりするのさ」
30年前、世界は日本ごと消滅させる道を選んだ。
そして生き残った数少ない日本人の集合体、アルヴィス。
「あいつは、今のアルヴィスにとって最強のパイロットだからな。モルモットには相応しい」
「お前が訓練メニューを考えていたんだろ?その時のデータは?」
「あるさ。忘れる訳ないだろ」
ふっと小さく笑い、は基地の奥へと足を運ぶ。
真壁一騎という人物は、今の新国連にとって必要不可欠な存在。
徹底的に調べ上げられ、不要になったら新国連の兵士にするか、または別か。
(どちらにせよ、今は大人しくいて貰おう)
エレベーターに乗り込み、地下26階のボタンを押す。
そこにはアルヴィスで言う医務室がある。
まずは一騎自身を調べ上げるだろう。
エレベーターが目的地に到着し、音もなくドアが開く。
「Dr.バートランド。Ms.ギャロップ」
「あぁ、君か」
「遅くなって申し訳ありませんでした」
「あなたの活躍は報告で聞いています。最高の食材を用意してくれたわね」
「お褒め頂き光栄です。それで、どうです?」
研究員の前に並ぶモニターに目をやり、2人の様子をチラっと見る。
「やはり普通の人間と変わりないか」
「しかし、遺伝子レベルでは確実に融合しています。彼……本当に人間なのですか?」
「人間さ。正真正銘の、な。ただ、普通の人間とは違う、新たな存在」
「フェストゥムに抵抗する力を備えた新人類だよ。30年前、フェストゥムのコアから放たれた毒素が、日本人の受胎能力を奪って行った。フェストゥムによる、人類のジェノサイドだ。被害の拡大を防ぐ為、世界は日本ごとコアを消滅させることを選んだ」
かつて日本が存在していた場所は何処にもない。
東京も大阪も海に沈んだ。
「そして生き残った日本人はアルヴィスと名乗り、アーカディアン・プロジェクトを発足させた」
2125年には完成した巨大潜水要塞艦・アルヴィス。
生き残った日本人が取った、最後の道。
「しかし、受胎能力を失ったのに、どうやって子供を」
「人工子宮だよ。その研究過程で、子供らはコアの毒素に対する免疫を獲得し、フェストゥムに匹敵する力を芽生えさせたのだ。彼らアルヴィスの子孫こそ、フェストゥムの天敵となりうる唯一の存在なのだよ」
新人類に相応しい存在。
人類の敵、宇宙より降りて来たフェストゥム。
(彼らがいるから、今の世界はまだ人間が生きていられる)
必死に戦う新国連。
だが敵は、確実に標的を竜宮島――アルヴィス――に定めつつある。
ファフナー・ノートゥング・モデル。
世界が取り組んだフェストゥムと戦う為の剣。
だがそれは、完成させることなく終わった。
独自でそれを開発し、完成させたのは日本人のみ。
その1機が今、此処モルドバにある。
「生き残る為に人類から孤立した者達。彼らの取った道は険しく、また楽なものではない。それでも望んだ楽園。偽りの平和」
「あなた達もその一員だったのでしょう?Dr.バートランド、Mr.」
「私はお互いに利用しただけですよ。私の目的はただ1つ、フェストゥムを滅ぼすことの出来る兵器を、パイロットごと開発すること」
「まぁ、俺の場合ドクターとは違いますけどね」
目的は違っても、今は島から離れている。
は小さく笑い、検査室のドアを開けた。
「検査は終了した」
「っ」
「さっさと着替えろ」
着ていた服を投げられ、慌ててそれを取る一騎。
は再びドアを閉め、鍵をかけた。
「次はどうするおつもりで?まさか、これからすぐアルヴィスに乗り込む……何て馬鹿なこと、しませんよね?」
「それをする前に、世界に知らせなければならない。ノートゥング・モデルの力を」
ギャロップは不敵な笑みを浮かべ、ミツヒロに新たな命令を下す。
全世界に対し、ノートゥング・モデルの力を示しつけるらしい。
「お好きにどうぞ。俺は暫しの休暇を頂きます」
「あなたに休暇はありません。あなたは数時間後に、アルヴィスに攻め込んで貰います」
「………これはこれは、とんでもない身の程知らずですね。あっちは他の機体がある。我々が勝てるとでも?」
「その為の部隊だ。君も、それは十分承知していると思うが?」
真っ直ぐミツヒロを見て、は仕方なく肩を上げて了解の声を上げた。
「出発は32時間後です。それまで、あなたが彼を見張りなさい」
「まったく、相変わらず人使いが荒い」
「生き残る為、人類の敵を倒す為だ。死んだ者達の為にも……な」
確かに、人類の敵を倒すことは悪いことではないだろう。
昔は人間同士が争っていた世界。
そこから一変し、人類が手を取って戦い、倒そうとする相手。
人類の敵、フェストゥム。
(生き残る為、か)
エレベーターで上に行き、近場の自販機で紅茶を買った。
32時間後に此処から離れる。
多分、ギャロップもミツヒロも此処から離れるだろう。
そして彼らが動き出す。
長い眠りの果て、完全に目覚めた2つの意識。
(どちらが先に滅びるか……見物だな)
長い通路を歩き、赤いランプが点いている部屋の前で立ち止まる。
ロックを解除すると、ベッドの上で呆然としている一騎の姿があった。
「あまり状況が飲み込めていないようだな、真壁一騎」
「」
「そう警する必要もないだろう。此処は新国連の基地で、お前は捕虜だ。己の命を大事にするなら、どうするべきなのか分かっていると思うが?」
缶を投げると、反射的にそれを受け取る。
は机の前にある椅子を引くと、そこに座って本を取り出した。
「32時間後、俺は此処を出る。それまでの間、お前は俺の監視下にある。下手な真似はするなよ」
「32時間後?何処に行くんだ?」
「さぁな。俺は上の指示に従うだけだ。行けと言われた場所に行く。それだけのことだ」
缶を振り、音をたてて開ける。
口に含むとほんのり甘い紅茶の味が広がった。
静寂が部屋を包み込む。
一騎はジッと自分の缶を見詰めた。
竜宮島を裏切った。
彼は何を思い、新国連に入ったのか。
目の前にいる彼は、一体何が目的で此処にいるのか。
に視線を向けても、彼の視線は本に向っている。
「……は……」
声を出すと、はページを捲った。
「は、が新国連だってこと……知らないんだろ?」
「………………さぁな」
ややあってから答えた。
だが、それは曖昧な返事。
一騎はまた視線を落とし、缶を振ってから飲み口を開ける。
紅茶の香りが部屋に広がった。
「……俺……此処で何をさせられるんだ?」
ファフナーを奪われ、メディカルルームのような部屋に入れられ、身体を調べられた。
そして今はの監視の下、此処にいる。
「お前は何を期待して外に出た?」
「期待なんてしてない。ただ……総士が見た世界を、俺も見たいと………知りたいと思っただけで……」
「見た感想は?」
「…………ほんとに、国なんてないんだな」
「あるさ。昔のような原型は止めていないだけで、残骸は残っている」
「人がいない」
「此処に居る」
「皆戦ってるじゃないか!」
「真壁。お前は総士から何を教わり、大人達に何を聞いた」
しおりを挟んで、本を閉じた。
視線が一騎に向き、一騎はビクッと肩を跳ね上げてを見る。
「お前が望んでいるのは、戦わなくて済む方法。戦いのない世界に行くこと。そうだろう?だがな、この世界中何処を探しても平和な場所なんてない。子供が戦うのは珍しいことでもない。人間は、何年も前からフェストゥムと呼ばれる敵と戦って来たんだ。奪われ、殺され、破壊される。今も昔と変わらず、それの繰り返しをやっているだけだ」
「そんなっ」
「戦うのが怖くなったか」
「違う!」
「なら、総士とが怖くなったか」
「っ!?」
「戦うことが怖いのではないと言うのなら、お前は戦いからではなく、あの2人から逃げたんだ。島を出て、島を守る砦を奪って行った。それは島に対する裏切りと同じだ」
言葉が、一騎の肩に重く圧し掛かった。
「お前は他のパイロットとは違うモノがある。それ故、お前は他のパイロットが思わないような疑問を抱く。お前と言うマークエルフの欠点はないが、お前と言う真壁一騎には欠点が現れる。コードの影響は出なくとも、喜怒哀楽の感情は通常と変わらない。要達とは違うところだ」
ファフナーに乗った瞬間、他のパイロット達の性格が変化する。
それに比べ一騎は、通常の時と変化のないまま乗っていられる。
咲良達とは違う、大きな差。
「真壁、お前は何を思ってファフナーに乗った。2人に言われたからか」
「俺はっ」
「相手の気持ちを考えて、ファフナーに乗ったか」
「相手の………気持ち?」
「2人に言われたから乗ったと言うのなら………それはお前の選択ミスだ」
「ミスって」
「あの時、総士はお前に何を言った。戦闘終了後、は何をお前に言った」
―――行けるなら、僕が行くさ。
―――今、私が出来ることは限られているけど……時が来れば必ず一騎の助けになるから。
あの日、一番近くで言葉を聞いた。
総士が何を思って言ったのか。
が何を考えて言ったのか。
は近くで、それを感じていた。
「お前は、あの2人の何を解っている?」
言葉が出なかった。
幼馴染。
ただそれだけの関係。
それ以上でも、以下でもない。
何も知らない。
何も、解らない。
「……お………れ……」
知っていると思っていた。
それが知らないと解り、言葉を失う。
一騎は肩を落とし、愕然とした。
知る為に出て来たこの行動も、結局捕虜として捉えられて意味を成さなくなった。
一騎の目の前が、絶望へと変わっていった。
◇ ◆ ◇
蝉の鳴く校庭。
太陽の日差しが教室の一部を照らし、下校時刻となった今、教室には4人の子供が残っていた。
「一騎がいなくなって1週間。もう、戻って来ないのかな?」
衛の言葉に、咲良が答える。
「あたしらだけで大丈夫だろ」
「そういや、春日井のとこの親も出て行ったんだっけ。その前だと、日野さん?」
「道生さんか、もうあんまり覚えてないな」
年代的に言えば、確か弓子と同じ時の人。
島を出ると言って、それっきりだった。
物思いにふけていると、いきなり椅子が引かれる音がした。
見ると近くにいた真矢が立ち上がり、教室を出て行こうとしている。
教室のドアが開き、音をたてて閉まった。
「なんだ、あいつ」
咲良が言うと、衛が何かを思い出したように声を上げる。
それにつられ、剣司があることを思い出した。
「遠見の父さんも、島、出て行ったんだっけ」
随分前の話だ。
記憶の片隅にも置いていなかった。
だが、真矢にとって父親と言う存在は大きかった。
その為、父が出て行ったことが悲しかった。
それを受け止めてくれたのは、紛れもない翔子の存在。
真矢にとって翔子は、何でも話せる親友だ。
その親友も、今はいない。
真矢は様々な感情が交差する中、CDCに向った。