気付かぬうちに進み時。
 気付かぬうちに成長する子供。
 気付かぬうちに去って行く友達。
 気付かぬうちに。
 私達は一体、何に気付き、何に気付けなかったのだろう。










 初めての戦闘にしては上出来だと思う。
 だが、3人の精神の変化には正直付いて行くことが出来なかった。
 特に衛は、慣れるのに時間がかかるだろう。

「人によっては、シナジェティック・コードの形成に伴い、精神に著しい変化をきたす」
「羽佐間や春日井にも、その兆候はありました。しかし、まさかあそこまで変わるとは」
「今度から、彼らの編成意識状態を考慮した上で、出撃させなければならんな」

 言い方は悪いが、掘り出し物が見付かった。
 衛は一騎までとはいかないが、それ相当の実力が発揮されるだろう。

「一騎は………一騎は何故、変化しなかったんですか?」
「ファフナーとの一体化に必要なのは、遺伝的な特質と、積極的な自己否定だ。特に後者は、搭乗時の変性意識に影響を与える」

 静かに答える史彦の言葉を、総士は受け止める。

「………一騎は、日常的に自分を否定し続けていたから、ファフナーに乗っても心が変わらない、と言う訳ですか?」
「そう言えるだろう。ただ、あいつの場合……君と君という存在が近くに居ることで、精神を安定させていたのだろう」
「安定したがっていたのは、僕の方です。だって……一騎も、それが解っていたから」

 グッと手を握り締め、総士は答えた。
 史彦は視線だけを総士に向ける。

「…………総士君」
「っ!では、僕はこれで」
「………一騎が何故出て行ったか、心当たりはあるかね」
「………いいえ………」

 きっかけを作ったかもしれないが、何故出て行ったのかは知らない。
 だから、答えはNO。

「積極的な自己否定の先にあるのは、絶対的な肯定だ。何時か一騎と君、そして君がそこに辿り着けることを、願っている」
「………まるで、一騎がまだ島にいるみたいな会話ですね。僕は…………帰って来るとは考えていません」

 一度決めたことは、それを遣り遂げる。
 それが真壁一騎だ。
 だから、島から出ることを望んだ一騎なら、もう此処へは帰って来ない。

「あの3人は夜になる前に出します。彼らの親が、会いたがっていますから。では、失礼します」

 総士が部屋を出て行き、史彦1人になった時、息をついた。

(相手に敬意を払えるようになった分、今まで以上に距離が遠くなったか。昔の皆城に良く似ている。うちの馬鹿息子は、今頃人類軍の捕虜にでもされているんだろう。ファフナーで戦うよりその方が良いと思う俺は………司令官失格なのかもしれんな)

 立場上から喜びの声を出すことが出来ない史彦。
 内心では、一騎が無事に帰って来てくれることを喜んでいる。
 そして今、何故相談もせずに島を出て行ったのか、父親としては複雑な思いだ。
 同時に、戦うよりは良いとも思える。

「やれやれ………だな」





 仕事を終え、私服に着替え直した真矢は総士を見付けて声をかけた。

「皆城君!一騎君から、まだ連絡無いの?」
「あぁ…………フェストゥムに襲われた可能性もある。あるいは新国連に捕まったか。いずれにせよ、僕には関係ない」
「何でそんなこと言うの?自分を解ってくれなかったから?あなたは一騎君のこと、解ろうとした?」
「あいつのことは理解している。ジークフリード・システムを通して、あいつの感情や深層心理、戦闘時の思考を何度も共有してきた」
「………機械を使って人の心を覗いて…………それで理解したことになるの?あなたは…………一騎君の何が解ってるの?」

 総士の答えが不愉快だった。
 機械を通して人の心を覗く総士が嫌らしく、許せなかった。

「……………君よりは、解ってるさ……………」
「……そうだね………あたし、置いてけぼりだもんね…………」

 何時もとは違う真矢に気付き、総士は内心驚いた。
 だが、真矢は総士が驚いたことに気付いていない。

「CDCにいたって大して役にたってないし。ファフナーに乗ることだって出来ない。それどころか、必死に戦ってる皆を見て、羨ましいって思うなんて…………あたし………何にも解ってないよね。翔子やのことだってそう。私、2人のこと何も解ってなかった。最近になって翔子のこと、解ったの。のことも最近になって少し解った。でも、遅かった…………あたし、をいっぱい傷付けて、謝ることすら出来てない」
「……遠見……」
「何?」
「……君は……君が今戦う必要はない。のことだって、焦る必要はない」

 を理解することは、多分誰にも出来ない。
 だから、焦る必要なんてない。

「……そう……皆城君………どうして………どうしてそう言ってあげないの?一騎君にも」

 何故、戦わなくて良いと、言って上げなかったの?
 その言葉は、総士がある意味恐れていた言葉であることを、真矢は知らない。
 総士は顔を背け、苦しそうに言った。

「…………言えるものなら……………とっくに言ってたさ…………」

 一騎は戦わなくて良い。
 一騎1人が、背負い込まなくて良い。
 そう、言ってやりたかった。
 ずっと、一騎が戦っている時も、そうでない時も………一騎が……………適任者だと分かったあの時から。
 けれど、総士はその言葉を一騎に伝えることはなかった。
 伝えたくても、伝えられない。
 総士もも、それを言える立場ではなかったから。




                      ◇    ◆    ◇




 に渡された服を着て、一騎はベッドに寝転がっていた。
 急にドアが開き、とは違う別の男が部屋に入って来る。
 一騎は上半身を起こし、首を僅かに傾げた。

「よぅ、久しぶりだな、真壁一騎。狭い部屋で悪いな。ちょっと、外の空気でも吸うか?」
「……………道生さん!?」

 相手が誰なのか、理解するまでに時間がかかった。
 何せ、5年ぶりに再会するのだ。
 5年前とは少し雰囲気が変わった道生。

「で………お前、島の外に出るのは初めてか?」

 艦のデッキに連れられ、久しぶりに外の空気を吸った。

「はい」

 そう答える一騎を見て、思い出したかのように口を開ける。

「あ、そうそう………悪く思わないでくれ。これも規則でね」

 後ろで手を拘束されている一騎。
 外に出る代わり、手は後ろで結ばれている。

「……いえ……」
「じきにモルドバに着く。それまでの辛抱だ」
「……はい…………あの、道生さんは今、何処に住んでるんですか?」

 竜宮島を出て、一体何処でどんな生活をしているのか。
 竜宮島の外の世界では、どんな所で生活出来るのか。

「決まった住所なんかありゃしねぇよ。5年前に親父に連れられて島を出て以来………人類軍の兵士として、あっちこっちで扱き使われてる」
「………人類軍の………兵士……」
「なぁ………聞かせてくれねぇか?竜宮島のこと…………」

 一騎の目の前にいる日野道生は、竜宮島のことを懐かしむような表情をしていた。
 そんな彼を見て、一騎はおもむろに竜宮島のことを話し出す。

「そっか……お袋………」
「はい。フェストゥムが初めて現れた時、蔵前と一緒に………同化されたって聞いてます」
「……親父の奴に教えてやるべきか………迷うな……………それで…………えっと、遠見……弓子は……今、どうしてる?」

 何となく聞きにくそうな道生だが、一騎は怪しむことなく弓子のことを告げる。

「弓子さん?学校では、保健室の先生を………」
「あいつが先生か!?知ってるか?あいつ、昔東京に行って、アイドルになるのが夢だったんだぜ?」
「アイドルなら、がなりましたけど」

 の名前を出すと、急に道生が表情を変えた。

って、あのの妹のか?」
「えっ?そう………ですけど…………」
「……まだ……は見付かってないんだな」
「あいつが見付かったら、俺は最初にぶん殴るけど」

 背後から声が聞こえ、一騎が思わず振り返る。
 そこには、が此方に向かって歩いていた。

「お前、まだそんなこと言ってるのか?」
「道生には関係ないだろ」
「まぁそうだけどな。しっかし、お前がそうまで怒る理由はなんだ?」
「これはの者の問題だ、部外者は立ち入るな。殺すぞ」
「だから、お前にだけは殺されたくねぇって」

 道生は肩を落とし、は興味なさそうな表情で手摺に腕を置いて海を見る。
 そんなを見る一騎。

「………何時から……は新国連の兵士になったんだ」

 後ろから一騎が睨んでいるのが分かる。
 はそっと息をつき、くるりと振り返った。

「随分昔さ。気付いたら此処にいた」
はこのことっ!?」
「さぁ?真壁には関係ないだろう」
っ!!」
「何の騒ぎだ、トリプルシックス、ノーネーム」

 デッキに上がって来たカノンは、声を荒げる一騎を見付けて声をかけて来た。
 一騎はぐっと押し黙ったが、カノンの言った言葉に疑問を覚えた。

「トリプルシックス?ノーネーム?」

 それが何を示しているのか解らず、一騎が聞き返す。

「俺達のコードネームさ。おいカノン!待機中の時くらい、その堅苦しい呼び方を止めて名前で呼べ!!」
「あなたは私の上官だ。上官を名前では呼べない」

 素っ気なく返すと、道生は小さく口を尖らせた。

「さすがだな。自分の立場をよく弁えている」

 ふっと笑い、はそう言った。

「私はあなたに様々なことを教わった。あなたに教わったことを、私は忘れたりしない」
「たく、融通が利かないんだから………と俺との対応も違うしよぉ。一騎、こいつはカノンだ。お前のファフナーの腕をぶった切った奴だ」
「………知ってます…………さっき話しました…………」
「……へぇ……カノンが話をするとは珍しいな。一騎のこと気に入ったか?」

 ほとんど他人には興味を示さないカノン。
 上官の言葉しか聞かない彼女が、一騎と言葉を交わしたと聞いて驚いた。
 だが、彼女には興味などないかのように素っ気ない表情。

「別に。それより到着する」

 視線を先に向け、一騎はそれに習うよう前を向いた。

「あれが?」

 見えて来た陸地。
 竜宮島とは違う、竜宮島以外の人が住んでいる世界。

「新国連、人類軍モルドバ基地だ」

 そして一騎は、竜宮島以外の島に足を踏み入れるのだった。