子供の道が1つずつ失われて行く。
それを大人が止めることも出来ず、ただ送り出すだけ。
涙を流す者と耐える者。
島は、嵐の前の静けさに包まれていた。
「……そう、決まったの……」
力なく、綾乃は言った。
「えぇ、近藤剣司君がマークアハトに。小楯衛君がマークヒュンフのパイロットに」
「自分の息子は女と逃げたから………人の息子をファフナーに乗せるって訳ね」
「………真壁司令は、そんな人じゃないわ………」
少なくとも、綾乃が思っているような人ではない。
真壁一騎と言う戦力を失い、島の安全性は明らかに下がった。
それだけ、一騎の力が強大だったと言う訳だ。
そして、それだけ頼っていた、と言うことになる。
「あなた、自分の娘が乗らないからそんなこと言えるのよ!!」
史彦を庇おうとする千鶴に苛立ち、つい大声で怒鳴る綾乃。
言われた本人は、目を見開き驚いた。
綾乃はすぐ自分の失言に気付き、ばつ悪そうな表情になる。
「あっ………ごめんなさいね……………覚悟は出来てた筈なのに…………」
「いいのよ………確かに、綾乃さんの言う通りですもの…………」
自分の娘はファフナーに乗らない。
候補には上がっていても、身体的なハンデがある為外される。
ファフナーは、身体的にも正常である者しか乗せないのだ。
そうでなければ、ファフナーとパイロットの両方を失う。
「……私達大人は、あの子達から見たら卑怯なのかしら……」
「卑怯?」
「子供を心配するのは当然。でも、覚悟は昔から出来ている筈なのに、誰かを責めるのは卑怯だって……君に言われたわ。皆城君やちゃんも、そう思っているのかしら……」
「……彼……本当にスパイだったのかしら?」
は新国連のスパイ、とアルヴィス関係者には伝わっている。
子供には一応伏せているが、それが何時まで持つものか。
千鶴はが島を出て行く数分前まで一緒だった。
出て行こうとしていた者が、竜宮島の司令を庇う必要があっただろうか。
マークアハトとマークヒュンフのパイロットを決めるデータを作る必要があったのだろうか。
千鶴は、が総士とを大事にしていることを知っている。
だからこそ、が新国連のスパイだとは信じられないのだ。
「これから、もっと大変になるわね」
一騎に頼りすぎ、に頼りすぎた大人達。
島にはなくてはならない、第2の存在だった2人。
それを失った島は、大人達に苦渋の選択を強いる。
「ゼクスとフィアーはおじゃん。確かにドライ1機じゃ、駒は足りないからな。俺が父親として今まで何をやってやれたのか、考えさせられるよ。あいつの命を、お前と総士君、ちゃんに預ける。必ず、生きて返してくれ」
「あぁ、約束する」
波の音や風も、町や空さえも変わらないのに、2人を失った竜宮島は何故だかひっそりとしていた。
それは極一部の人間が感じる錯覚なのかもしれないが、島はとても静かだった。
(翔子、近藤君と小楯君がファフナーに乗るんだって。また、あたしだけ何も出来ないまま………見てるだけ。翔子もこんな気持ちだった?あたしが学校の写真を見せる度に、こんな風に寂しかった?)
家から出ることも出来ず、外の世界に憧れていた翔子。
真矢が出来ることは、翔子に学校の様子を報告することだけ。
けどそれは、翔子を喜ばせると同時に悲しませることでもあった。
「………だから、あの時あんなこと言ったんだ」
島が初めて攻撃された次の日、は翔子の部屋を訪れた。
―――………良いよね?翔子。
その言葉に隠された意味を、真矢はようやく理解することが出来た。
「………今になってやっと翔子の気持ちが分かるなんて……………あたしも……一騎君と皆城君のこと……言えないわね」
ほんと、自分は翔子のことも、のことも、何も分かってなかった。
戦闘のないまま、竜宮島は夜を迎えた。
「えっ?俺がパイロット?ほんと?」
綾乃から聞かされた報告に、ご飯を食べていた剣司が耳を疑う。
「えぇ、決定だって。剣司、もしあんたが嫌なら、母さんから言って……」
「よぅし!」
「えっ?」
「これでナンパに使えるぜ!」
意気込む息子に、綾乃は近くにあった缶を投げ付けた。
「この馬鹿息子!!」
一方、正式にパイロットとして戦うことを告げられた衛は、押入れに閉まっておいた仮面を取り出した。
今まで使うことはなかったけれど、これを使う日が来るとは思ってもいなかった。
衛は面を手に取り、自信に満ちた笑みを浮かべる。
そして、島を出て新国連の捕虜となった一騎はベッドに腰掛けて沈黙していた。
どれくらいの時間、こうしていたか分からない。
「捕虜、食事だ」
顔を上げると、赤髪の少女が此方を見ていた。
「お前のような者が何故、ノートゥング・モデルのパイロットになれた」
「え?」
「戦いの最中に怖気づいて、私に腕を切られるような奴が………何故?」
「…………まさか…………あの赤いヤツのパイロット!?」
「まぁいい………あの機体は私達が貰う。お前はもう用済みだ」
話は終わったとばかりに、少女……カノン・メンフィスは一騎の前から姿を消した。
「待て!!」
慌てて扉に向うが、カノンが再び一騎の前に現れることなかった。
「………人間同士で、平気で戦えるなんて…………どうかしてるっ」
一騎の呟きは、誰かの耳に入ることなく消えていく。
しかし、一騎は知らない。
人間同士が銃を向けあって戦っていたのが、遠い過去ではないことを。
父史彦が、それを経験しているとも知らずに。
「真壁に会ったのか、カノン」
報告を終え、一騎の許に向っていたがカノンを見付けて声をかけた。
「……ノーネーム……無事で良かった」
「お前も、任務ご苦労だったな。怪我はしていないか?」
「問題ない」
「そうか」
柔らかく微笑むと、カノンは気まずそうに目を逸らした。
その行動は、何時ものカノンらしい。
「その荷物は?」
話を逸らすようにカノンは言った。
は手に持っている紙袋を少し持ち上げる。
「捕虜にな」
「何故だ」
「何故、と言われてもな。あれは俺の監視下に置かれることになった。俺が何をしようと、お前達には関係ない筈だが?」
「…………分かった」
カノンは止めていた足を動かし、の横を通り過ぎた。
それを確認してからも歩き出し、23ブロックの前で足を止める。
ポケットからカードキーを取り出し、扉を開ける。
一騎は驚いた顔でを見上げ、は興味もなさそうな表情で一騎を見下ろした。
「あいつが持って来たのか」
食事のトレイに目を落し、カノンが何故いたのか察した。
「なん…………で……」
「着替えろ」
一騎の問いに答えず、持っていた紙袋を投げた。
一騎はそれを慌てて受け取り、もう一度を見上げる。
「着替えたら飯を食え。冷めると不味いからな」
それだけ言って扉を閉め、鍵をかける。
すると中から扉を叩く音がした。
「何で!何でが此処にいるんだよ!!何で!!!」
その問いはきっと、竜宮島にいる者達も聞きたいことだろう。
何故と言う人物が島を飛び出し、新国連にいるのか。
は覗き窓に手を触れ、顔を出した。
「今の俺は、新国連のだ」
「そんなっ」
絶句する一騎。
「さっさと着替えろ。お前は俺の監視下にある」
「!!」
覗き窓から姿を消し、は元来た道を戻って行った。
自分の名を、何度も呼ぶ一騎の声を聞きながら。
(今頃、竜宮島は大変なことになってるだろうな)
真壁一騎と言う砦を失った彼らは、訓練中だったパイロット候補を戦場に出さなければならなくなった。
たった3人だ。
その3人で島を守る。
(まぁ、今の俺には関係ないことだが)
新国連の冷徹な男、。
そう軍では呼ばれていた。
は煙草を1本取り出し、火を点ける。
丁度通り過ぎた通路の壁には、禁煙の紙が貼られていたがあえて無視をした。
「あ、お前そこに張ってる紙見えてないのか?禁煙だぞ、この艦」
反対方向から歩いて来た道生に見付かり、は内心舌打ちをした。
「知るか」
「知るかって………お前なぁ」
「捕虜の所に行くのか?」
「あぁ、今からな」
「好きにしろ」
さも興味なさそうに言うと、道生は苦笑した。
は眉を顰め、道生は首を振る。
「えらい変わりようだな、お前。報告を受けた時とは、性格が違う」
「どうでも良い」
「そう言うと思ったぜ。んじゃ、俺は今から一騎をデッキに出すわ」
「あれは俺の監視下にある。下手なことするなよ」
「りょ〜かい」
互の横を通りすぎ、足音で道生が止まったことに気付いたは足を止め、肩越しに振り返った。
「…………今頃……竜宮島はどうなってんだろうな」
「………さぁな………」
「お前、気にならないのか?」
「………………………………別に」
それだけ言い残し、は通路の角へと消えて行った。
道生は振り返り、いなくなった同僚に呟く。
「気にならないなら、何で何時ものように即答しないんだよ」
その答えはきっと、誰が考えても同じ答えになるだろう。
だが道生はあえて何も言わず、気付かなかったかのように再び歩き出した。