愚かで良いのだろう。
例え見渡す世界が地獄でも、過去にあった思い出は死なない。
過去の思い出に縋って生きることも、1つの道。
愚かで良い。
例え見渡す世界が地獄でも、何時か必ず楽園が訪れるのだと。
そう……信じて生きることも、1つの道。
愚かに生きること。
それも1つの……生きる道。
竜宮島を出て数時間が経った。
見渡す限り蒼い空と海が続く世界の中、レーダーに反応があった。
「此方新国連所属、。着艦許可を願う」
肉眼でも確認出来る距離に、新国連の船がある。
どの艦も造りは同じだが、1番馴染みのある艦があれだ。
『着艦許可が下りました』
艦からの返答に、はハーブロークを着艦させる。
『着艦確認。お帰りなさい、Mr.』
「誘導、感謝する」
ブリッジとの通信を切り、外に出て駆け寄る整備班達の間を縫いながら艦内に入る。
何処で接触したかは分からないが、恐らく此処に一騎がいるだろう。
作戦が上手く行っていたら、の話だが。
「もう帰ってきちまったのか」
「……道生……」
「よぉ、久しぶり」
片手を上げて挨拶をする道生に、は疑うような目で見る。
「由紀恵さん、どうなった?」
「あぁ、ちゃんと合流したぜ。最も、今は会えないけどな」
「しくった?」
しくじるような作戦ではなかった筈だが、何らかの問題が起こったなら話は別だ。
しかし、道生の答えは否定だった。
「皆城公蔵と親しくなり過ぎたことは、お前から連絡を受けている。ダブルスパイじゃないかって疑う奴もいてな、規則上監禁してるよ」
「……そう………それで?」
「それでって、何だよ」
首を傾げる道生に、は鋭い視線を向けた。
「背後にいる兵士達は何だ?まさか、俺もダブルスパイじゃないかって疑っているのか?だったら良い度胸だな」
「お、おいおい、冗談きついぜ。誰もお前のことは疑ってないって」
むしろ、を疑える人間は此処にはいないだろう。
疑ったら最後、生きて空を見ることは出来ない。
「お前ら、もう良いから。殺される前に持ち場に帰れ」
「道生、先に死にたい?」
「い、いいや!!お前にだけは殺されたくねぇ!!」
「あっそ」
あっそ、で済まされる問題ではないのだが、これ以上突っ込むと本気で後が怖い。
「で、パイロットは?」
「あ、あぁ……23ブロックにいる。会いに行くんだろう?」
「道生も?」
「外の空気でも吸わせてやろうと思ってな。でもお前、報告先に済ませろよ」
「……めんどい」
「か〜〜っ!それでも上官か!!」
正式には道生との管轄が違う為、上官と部下、と言う関係はない。
ないが、立場上ではの方が道生より上に位置している。
時々めんどくさがるに呆れているのは、何時も道生だった。
「兎に角、お前はすぐに報告しに行く!それからだ!!」
「報告なんて、する必要がどこにある」
「いやするだろ、普通。任務なんだから」
「俺に命令した人、此処にいないし」
「屁理屈はいいからさっさと行けぇ!!」
「煩いな、道生は」
誰のせいだよ、誰の。
2人のやり取りを見ていた兵士達は、声に出さずそう言った。
本当にやる気のないオーラを出しながらブリッジに向うを見送り、道生は深い溜息をついた。
誰かを失ったとしても、何かを手放してしまったとしても、島は目覚め、眠りに付く。
その循環が変わることなど、絶対にありえない。
「………よろしいのですね」
重い空気を先に破ったのは、リストを渡した千鶴。
真壁一騎とマークエルフを失い、パイロットは要咲良のみとなった今、補充出来る候補は2人。
彼らを補充するしか、もう道はなかった。
「この2人を補充するしか、島が生き残る道はない。ファフナーの方は、既に準備が終わったと、報告を受けている」
リストには、近藤剣司と小楯衛のデータが記されており、それぞれ適応したファフナーに乗せることが決定された。
「一騎君ばかりか、2人まで巻き込むことになったのは………あの人の……いえ、私の責任です」
「今回の件は君の責任ではない。かつてミツヒロがしたことを、全て清算した筈だ」
ミツヒロ・バートランド。
千鶴の元夫で、弓子と真矢の父親である彼は、かつて此処竜宮島の住人だった。
だが彼はこの島を出て行き、今では新国連側に付いている。
「ファフナーで世界を変えられると………あの人は、今でも信じていると思います」
「フェストゥムに勝つ為に、ミツヒロは竜宮島を捨てた。しかし、守るべきモノがない戦いは………無意味だ」
倒すだけの戦いの先に、一体何があると言うのだろう。
人類が敵と呼んでいるフェストゥム。
彼らを呼んだのは、地球に住む人類。
「この島で、最初にファフナーに魂を同化されたのは………もしかすると、あの人なのかもしれません」
1体でも多くの敵を倒す為に強いファフナーを作る。
それがミツヒロの目標。
「兎に角、自分を追い込まないことだ。今回のことは、君の責任ではないのだから」
「……君のことも、ですか?」
ピクッと肩が揺れたのを千鶴は見た。
狩谷由紀恵のことも予想外だったが、あのまでもが新国連のスパイとして潜入していた1人だったとは、誰も気付かなかっただろう。
彼には、多くの者が信頼していた。
「このこと、勿論彼女は知っているんですよね?今日は1度も見ていませんが」
「無論その筈だが、今の彼女には別の仕事を頼んでいる。そちらで手がいっぱいだろう」
「……そう………ですか………」
「君のことに付いても、私に任せて欲しい」
―――司令は今回の件、自分1人の責任だと言っていましたが……責任を背負い込んだり、押し付けたりするのは………俺は嫌いです。
不意にが言った言葉を思い出し、千鶴は口を押さえた。
「どうかしたのかね?」
「えっ?あ、いえ……君が責任を背負い込んだり、押し付けたりするのは嫌いだと言っていたのを思い出して。実はこのデータ、君が作成したものなんです。信用して良いか、今となっては少し疑います」
「その辺に付いては、問題ないだろう。だが………そうか、彼がそんなことを…………」
「えぇ……このデータも、司令が言う前から作っていましたから。でも信じられません。彼がちゃんの前から姿を消すだなんて」
あのが、の前から姿を消すことなどないと思っていた。
が守りたいのはだ。
悲しませることは一度もしたことがなかった筈なのに、今回のこの件は異例に近い。
そして彼らの間に1つの疑問が生まれた。
は一体何時新国連側になったのか。
多くの者はそこで首を傾げている。
ただ史彦と総士だけは、口を硬く閉ざして何も言わなかった。
それを不審に思う者もいるが、深く追求する者などいなかった。
「はぁ、今日は何か疲れたわぁ」
学校から帰って来た弓子は、ソファーに座って深い溜息をついた。
「お帰りなさい」
「ただいまぁ」
何時も姉や母を迎えるのは真矢の仕事。
ぐったりとしている姉の姿に、真矢は心の中でお疲れ様、と言った。
「何これ?」
「学校の行事予定表よ」
白い紙に記された予定表に目を通し、来年の3月に行われる行事に目を止めた。
「一応卒業式もあるんだ」
「やらなきゃいけないでしょう、普通」
「……そうだね」
やらなければならない、最後の卒業式。
竜宮島には高校がなく、進学するには外に出なければならない。
しかし、一部の子供達は知ってしまった。
外はもう、何もないと言うことを。
「………一騎君のこと、聞いてる?」
ビクッと肩が揺れた。
一騎が島を出て行ったことは、既に子供の間で噂になっている。
真矢自身、一騎が出て行くところを目撃しているので、疑うことは出来ない。
「……狩谷先生と………出て行ったって噂が流れてる」
「……そぅ……何処から漏れるんだかねぇ、そんな情報。まぁ、あってるんだけど」
「皆城君とが休むのは何時ものことだけど、一騎君が学校に来ない日なんてないもん。皆、異変を感じるよ」
察しが良いのは真矢だからだと、この場に総士かがいればそう言っただろう。
真矢は、人並み外れた洞察力を持っている。
「もしかして……君のことは何も噂流れてないの?」
「君?それ、どう言う意味?」
「私もよくは知らないんだけど、数時間前に島を出たらしいわ。ハーブロークに乗って」
「嘘っ!?」
「私も最初はそう思ったんだけど……」
弓子でなくても最初は疑うだろう。
あのが、島を出て行くことなど有り得ないと。
「それ、は知って?」
「分からないわ。今日は1度も会ってないから。でもあの子のことだから知ってると思う」
「そんなっ」
学校を休んだ。
もう日常茶飯事になっているので、アルヴィスで仕事をしているものだと思い込んでいた。
恐らく、が出て行く数時間前まではそうだっただろう。
けれど、今はそうなのか……。
「大丈夫……かな?」
「……大丈夫だとは思うけど」
実際のところは知らないが、此処で2人が心配してもあまり意味はない。
2人はそっと息をついて視線を落とした。
◇ ◆ ◇
日課となってしまった早朝のロッククライミング。
真矢は今日も昨日と同じ所を登り、島を見下ろした。
「一騎が島を出て行く前に、最後に君と話していたそうだな」
「…………皆城君」
朝早くに何故、と言う思いと共に、そんなことを聞いてどうする、と言う思いが浮かんだ。
それでも、総士の言葉は続く。
「一騎は何を話した」
「それは…………」
「戦いから逃げたいと言ってたか?それとも………僕から逃げたいと言ってたか?」
「………違うよ……ただ、自分のこと、覚えてて欲しいって………」
「……そうか……」
「あたしも………聞きたいことがあるの。一騎君は皆城君に何か話した?」
一瞬でも、2人で話し合う場があった?
「……いや……何も…………」
「だったら………何で逃げたなんて言うのよ!一騎君ともっと話し合えば良かったじゃない!!逃げてるのはあなたでしょ!?」
「君に何が解ると言うんだ!!」
視力のほとんどない左目は怒りに満ちていた。
今まで怒ったことなどなかった総士が、初めて真矢の前で怒りをぶつける。
それが一体どう言う意味を含んでいるのか、真矢は知らない。
「あいつが………あいつなら…………あいつなら僕を解ってくれると思った…………」
自分を理解してくれるのは、一騎だけだと思っていた。
それは悪い意味ではなく、本当に良い意味で。
それはきっとも同じ。
けれどそれは、ただの押し付けだった。
それに気付いた時にはもう、一騎は何処にもいなかった。
「一騎君だって………あなたのことそう思ってたに決まってるじゃない!!」
何度も感情を共有した。
痛みや傷でさえ………1つの絆だった………。
それなのに、自分を知って欲しいあまり………相手がそこにいることを忘れていた。
どうすれば取り戻せるのか…………まるで解らなかった…………。