自分が何処にいるのか、それを知りたいと思ったことはない。
 自分が何の為に生まれてきたのか、知ろうと思ったこともない。
 ただ、自分は大切なモノを守ろうとして、今此処にいる。
 存在理由は、いらない。
 元から、存在していないようなモノだから。










 の携帯が鳴った。

「はい」
君か。すまないが、至急アルヴィスに来て欲しい』
「真壁一騎のことですか」
『………そうだ』

 重い史彦の口調に、はそっと息をついた。

「了解。10分後に向います」

 リンドブルムが島上空を通過した最、通常より低空飛行だった為騒音が響いた。
 恐らくそれで、異常を感じている大人もいるだろう。
 マークエルフと真壁一騎を失うことで、此処竜宮島の危険度は上がる。
 一騎がいなくなり、甲洋を失い、咲良だけで島を守ることは不可能だ。

「マークフュンフに小楯衛。マークアハトに近藤剣司。そして大人は苦渋の選択を強いられる」

 何処までも続く蒼い空を見上げ、目を細めた。





 変わらない朝を迎え、訓練のない剣司達は学校に行った。
 朝礼に由紀恵の姿はなく、変わりに他の先生が進めてくれた。
 その後は何時も通りの時間割が続き、昼ご飯を食べて、昼休みを迎えている。

「一騎の奴、見かけないなぁ………アルヴィスで缶詰めにでもなってんのかぁ?」

 総士とが休むのは日常茶飯事になっているが、一騎が休むのは珍しいことだ。
 訓練があっても、大抵4時間目辺りで来る。
 しかし一騎は昼休みになっても来なかった。
 それを不思議に思った剣司が言葉に出すと、隣にいた衛がギョッと驚く。

「えっ!?知らないの?それが、噂なんだけどさ………一騎と狩谷先生が…………」
「…………うっそぉ〜〜!?そんな関係だったの!?あの2人!!」

 初めて聞いた噂に、剣司は心の底から驚いた。

「許されぬ恋!歳の離れた2人の選択した道は、か・け・お・ち。すげぇ、すげぇ〜すげぇ〜〜!!!」
「五月蝿い!!」

 鉄棒に座っていた咲良が剣司の頭を殴った。
 剣司は殴られた場所を押さえ、痛がる。

「そんな洒落たモンじゃないわよ。あいつは怖くなって逃げただけ…………敵前逃亡よ」

 敵前逃亡、と言う言葉に、剣司と衛は顔を見合わせた。

「………敵前逃亡したら………どうなるのかな?」
「……さぁな……」

 敵前逃亡をした一騎。
 一騎と共に出て行った由紀恵。
 これまでに島を出た人は何人かいるけれど、身近な人がいなくなるとはこの時まで思ってもいなかった。
 そしてそれは、狩谷由紀恵と幼馴染である弓子も同じ気持ち。

「………バカなことしちゃったわね…………ゆきっぺ…………」

 昨日まで一緒だった友人が、突然姿を消した。
 弓子にとって由紀恵は、この島の最後の友だった。
 その友は今、真壁一騎と共に荒れたてた世界を見下ろしていた。

「此処は………何処なんですか?」

 竜宮島を出て、既に数時間は経っている。
 由紀恵の操縦で連れて来られた所は、建物が海の中に浸かっていた。

『嘗て数十億の人間が生きていた、世界の1つよ』
「………総士とも………見たんですね。この、世界を………」
『えぇ。そう聞いているわ………降りるわよ』
「はい」

 何時見たのか分からないけれど、2人はこの世界を見た。
 見たのはここ数年ではないだろう。
 幼い時にこの世界を見たならば、衝撃は大きかった筈だ。
 大人達が外の世界を知らせない理由。
 それが何となく分かった気がした。

(2人共、辛かっただろうな)

 こんな世界、子供には衝撃が強すぎて見せることなど出来ない。
 そんなことを考えていると、マークエルフと連結したリンドブルムが地上に降り、一騎は初めての土地に足を踏み入れた。

「操縦、上手いんですね」

 リンドブルムから降りて来る由紀恵に、一騎は正直な思いを告げた。

「お世辞のつもり?」
「いえ、そんなつもりじゃ」
「これでも昔は、ファフナーのパイロット候補だったのよ」
「先生が?」

 とても意外だった。
 だが逆に、そう言われて納得が出来た。




◇    ◆    ◇





 授業が終了した後、史彦は綾乃、澄美、千鶴、を会議室に呼んだ。

「マークエルフパイロットに関して、シナジェティック・コードの形成率、精神状態共に全く以上ありませんでした……動機以外は……彼に何か外的要因があったとしか思えません」
「狩谷由紀恵と言う、外的要因かね?」
「そう考えるのが妥当だと思います。システムルームでチップの確認をしましたが、朝早くに狩谷由紀恵がファフナーブルクに向ったことが記録されています」

 マークエルフの調整でもしていたのだろう。
 彼女は元パイロット候補だった人だ。
 整備の仕方ぐらい分かっている。

「すまないが、真壁一騎と狩谷由紀恵の処置に関して、私に任せてくれないだろうか?」
「司令自ら……ですか?」
「そうだ。狩谷由紀恵が新国連のスパイであったと言うことは、私と皆城公蔵は承知していた。彼女の目的がはっきりするまで泳がせていたのだが、このような事態を阻止出来なかったことは私の責任だ」

 果たしてそうであろうか、とこの場にいた者は思った。
 由紀恵がスパイであったことを見抜けなかった自分達にも、責任はある。
 史彦1人を責めることなど、彼らには出来なかった。

「……頼む」

 そこまで言われて、彼らは史彦を止めることなど出来なかった。
 それから暫くして話し合いは終わり、と千鶴はメディカルルームに戻った。

「春日井の次に真壁まで失うとは、正直誰も思っていなかったでしょうね」

 そう言いながら、あるリストを作成する
 千鶴はそんなを見て声をかけた。

君、小楯君と近藤君のことだけど」
「要だけでこの島を守れると思っているんですか?」
「それは分かっています。でも、司令に何も言われていないのなら」
「今は言われていないだけで、明日言われることです。腹を括ったらどうですか、あなたも」

 分かっているのでしょう、と目を上げて言った。
 千鶴はそれに答えることも出来ず、暗い表情になる。
 は大人である自分よりも周りを把握し、良く理解していた。

「司令は今回の件、自分1人の責任だと言っていましたが……責任を背負い込んだり、押し付けたりするのは………俺は嫌いです」

 リストをテーブルに置き、剣司と衛の訓練結果を画面に出す。

「それと同じように、俺は大人が嫌いです」
「えっ?」

 平然と言ってのけるので、千鶴は驚きの声を出した。
 は視線を千鶴に向けず、画面に出た結果を目で追っている。

「子供を心配するのは普通だと思います。でも、此処は平和じゃなくなった。覚悟は昔から出来ている筈なのに、大人は卑怯です」

 自分の子供がパイロットとして戦うことを恐れ、アルヴィスの責任者である者を責める。

「この島にいる以上、いずれ訪れること。それを分かっていて此処にいるのだから、誰かを責めることなんて出来ない。違いますか?」
「それは……そうだけど」
「司令も人間です。息子のことを心配しているけれど、立場ゆえに表情には出さない。一番辛かったのは司令だと俺は思います。あの時、覚悟なんて出来なかった筈だ」

 果林が同化され、ファフナーに乗れる最適任者は一騎だけだった。
 戸惑いと不安もあっただろうが、島を守る為には仕方がなかった。

「この島には、生まれる前から運命が決まっていた子供だっている。大人も辛いとは思いますが、一番辛いのは子供の方だ」
「……君……」
「千鶴さんに言っても意味がないことは分かっています。でも、これだけは覚えておいて下さい。一度覚悟を決めたのなら、何があってもその覚悟を忘れない。誰かがやらなければ、この島ごと消滅する。それが嫌だからこそ、この竜宮島は今まで頑張って来たのでしょう?」
「………えぇ……そうよ………」

 全てを承知の上で生きて来た大人。
 覚悟を決め、来るべき日の為に子供を育てた。
 生まれる前から運命が決まっていた皆城総士、乙姫、の3人。
 彼らには、この竜宮島に住む人々がどう映っているのだろう。
 のように、呆れて嫌気がさしているだろうか。
 それとも、また違った思いで見ているだろうか。
 どちらにせよ、今の千鶴には確かめることの出来ない内容だ。
 それは勿論、他の人にも言える。

「付き合わせて済みませんでした。司令が言ったらこれを渡しておいて下さい」

 2枚のリストを千鶴に渡し、は部屋に戻る準備をする。
 千鶴はそんな彼の姿を見ながら、ふと思った疑問をぶつけてみた。

「何故、君が渡さないの?」
「………何故って……俺が何時も此処にいるとは限らないからですよ。それに、専門は千鶴さんです。それじゃ、俺は別の用事があるのでこの辺で」

 軽く頭を下げてからさっさと部屋を出て行くを見送り、千鶴は深々と溜息をついた。





 何時も史彦が帰ると息子の一騎がいたのに、今日は違う。

「小娘に、寝首をかかれてやるとは、お人好しにも程があるぜ?」 

 話し合い終了後、史彦は一時帰宅して作業場で茶碗を見ていた。
 そんな時にやって来た恭介は、作業場に転がり込んで今朝のことを話す。

「まぁ息子まで加担したってのは、思いもよらなかったろうがなぁ」
「これもミツヒロの手引きと思うか?」
「………他に誰がこんな手の込んだことやるんだよ………」
「…………ならば、最悪の事態はこれからだ…………」

 一番の戦力だった一騎を失い、竜宮島はフェストゥムだけでなく新国連からも攻められるだろう。
 そうなれば、島の最悪の事態はいずれ訪れる。

「お前さんのことだ。腹は括っているんだろう?」

 黙り込んでしまうと言うことは、肯定を意味している。
 恭介はやれやれ、と肩を竦めたが、耳に入って来た異様な音に視線を上げた。

「何だ?」

 史彦も音に気付いたらしく、慌てて外に出る。
 恭介もそれに続き、竜宮島の夜空を見上げた瞬間、アルヴィスが保有する電子偵察機ハーブロークが頭上を通り過ぎていった。

「何だと!?」

 こんな時間に、ハーブロークが発進する訳ない。
 一体誰が、と恭介が考えていると、家の電話が鳴った。
 史彦は家の中に入って受話器を取る。

「真壁です…………パイロットは……誰か分かりますか?」

 電話の相手は、アルヴィスに残っていた千鶴。
 少々取り乱しているようだが、冷静判断は出来る域にいる。

「………そうか……分かりました、今からでは手の打ちようがない。わざわざ申し訳ない」

 カチャンッと受話器を置き、そっと息をつく。

「おい真壁!あれのパイロットは一体っ」
「恐らく、これもミツヒロの手引きだろう。パイロットは………」





 守る為なら、人は何でも出来るだろう。 
 本当に守りたいモノがあるのならば、の話だが。
 それでも、何かを守ろうとする者の心は、意志は強い。
 何物にも変えられない、強くて誇れるモノ。
 守りたい。
 ただ、それだけのこと。
 だから人は、何かを偽ってでも、裏切ってでも、守ろうとする。
 守る為に、自分が傷付いたとしても………。




「…………パイロットは………だ………………」