言えない真実があった。
それを言ってしまえば、島を守ることが出来なくなるような気がして怖かった。
自分の決意が揺らいでしまいそうで………口を閉ざしていた。
不器用な私達。
頬に流れた涙は、苦しむ私達の…………心の、叫び。
ライブ後、夕飯の買い物をしていた真矢は一騎と出会った。
「こらぁ〜、今日学校サボったなぁ〜」
「アルヴィスに、ちょっと」
「家、夕飯これからなんだ。一騎君は?」
「ないかな………作る気しないんだ…………今日は……」
「それじゃぁさ、家来る?」
何気ない誘いだった。
3人が4人になろうと大した変わりはないし、少しだけ元気がないように見えたからだ。
断わる一騎を半ば強引に連れて行き、真矢は弓子に手伝って貰いながら夕食の準備をしていた。
「お願いします!」
「ぜんっぜん駄目!!」
弓子のきついお言葉を頂戴した真矢。
一騎は心配になって声をかける。
「あの………何か手伝おうか?」
「良いの、良いの!お客さんなんだから」
そう言われてしまえば無理に手伝うことも出来ず、一騎は大人しく待つことにした。
「お姉様!一生のお願い!!ねっ!ねっ!!」
「もう〜しょうがないわねぇ」
自分の料理下手を知っているんだったら、お客さんなんて連れて来なければ良いのに、と弓子は内心思う。
結局家族が食べるにせよ、他の人が食べるにせよ、自分が付いていなければ完成しない。
「あぁ〜!それ入れちゃ駄目よ!!」
「えぇぇ〜!?こっちはぁ?」
「あぁー駄目駄目!!先にダシ取って!!!」
本当に………ちゃんとしたご飯が食べられるのだろうか。
弓子がいるのだから、父のような食事は出て来ないだろう。
それでも、だ。
「ねぇ、どうして真壁君。呼んだの?」
「えっ、別に。どうしてって」
深い意味はない。
夕飯を作る気がないと言うから、一緒に食べないかって誘っただけだ。
「ふ〜ん。私の妹は皆城君より、真壁君の方がお好みなのねぇ〜」
「ちょっと!変なこと考えないでよね!!」
「俺、やっぱり何か手伝おうか?」
「あ!良いの良いの!!気にしないで待っててね!!」
「………そう………」
気にしないで待つことなど、誰に出来るだろうか。
そう思いながら引き下がる一騎。
真矢は弓子を睨んだ。
「そう言うことは全然関係ないの!!」
「ふ〜ん」
恋する乙女は大変ねぇ、などと呑気に考えている弓子。
丁度その頃アルヴィスから戻って来た千鶴は、リビングに姿を現した。
「あら」
「あっ。どうも、お邪魔してます」
「いらっしゃい。あれから、お父さんに会えた?」
「……えぇ」
「………そう」
視線を逸らす一騎。
思い詰めた表情。
会ったと言ってはいるが、恐らくまだ会ってはいないのだろう。
何かあったのか聞いた方が良いだろうか、とは思ったのだが言葉に出来ず、そのまま夕飯になってしまった。
「皆食べましょう」
「いただきます」
「一騎君も食べて」
「いただきます」
行儀欲手を合わせてから箸を持ち、一口食べた。
正面に座る真矢が心配そうに問いかける。
「どう?美味しい?」
「うん。美味しい」
「良かったぁ〜。頑張ったかいがあったわ」
「あら真矢ちゃん。このつみれ汁、あたしの味にそっくりだわ」
弓子の言葉にムッと来て、弓子は勝ったとばかりに真矢を見る。
微笑ましい光景に、一騎は小さく笑った。
『これで、本日の竜宮島ニュースを終わります。続きまして、本日は予定を変更して、特別歌謡番組をお送りします』
番組が変わり、特別歌謡番組が始まった。
出て来たのは、竜宮島中学校2年の堂馬広登。
『いぇーい!今晩和。堂馬広登です』
突然の登場に、弓子以外は固まる。
「……何これ……」
「アハハハハハ。し〜らないっと」
『愛………』
そこから先は、聴かなかったことにしておきたいと………誰もが思った。
食事が食べ終わる頃、弓子はリモコンを取ってチャンネルを歌謡番組に変えた。
真矢が強制的にチャンネルを変えたので、歌謡番組がどうなったのか知らない。
もしかしたらまだ歌っているかもしれない。
そう思ったのだが、丁度終わったようだった。
「お姉ちゃんさぁ〜、何すんのよ」
「良いから、ちょっと見てなさいよ」
画面を指したので視線をそちらに向けると、広登は満足したように何かを話している。
『最後に、さんの新曲をプロモーションビデオでお届けします。では、最後まで聴いて、見て下さい!!』
画面が暗くなり、ピアノの音色が聴こえ始めた。
滴が風に流され、裸足のが映った。
飾りのない、真っ白なワンピースを着ている。
その斜め後ろに、全身黒服で身を固めているがピアノを弾いていた。
「………この曲……さっき歌って………」
「そう、今日発売なのよ」
「………凄い」
一騎が思わず零した声。
サビの部分に入ったと同時に背景が空へと変わり、の背中から白い翼。
ピアノを弾くの背中には黒の翼が広がった。
白と黒の羽が空に舞い、風に流されている。
「綺麗」
「これ、全部君が考えたのよ。彼ってやっぱり秀才よねぇ」
「お姉ちゃん、そんなことまで知ってるの?」
「おほほほほほほ。ついでに、もうCDとプロモーションビデオは君からゲット済みよ」
「あぁ!ずるい!!何でぇ!?」
「それはねぇ……」
姉妹の言い合いは、一騎の耳に入らなかった。
唯、プロモーションビデオに映るを見て、歌を聴いて。
歌が終わるまでずっと見ていた。
プロモーションを見終え、一騎と真矢は長い坂を上っていた。
「ありがとな、色々」
「どう致しまして……………ねぇ一騎君、知ってる?翔子の噂……」
「………大体……想像は付くよ……」
「翔子…………それに春日井君も………あんなに戦ったのに………」
「他の奴が何を言おう、関係ないさ……俺達が2人のことを覚えている」
「それは、そうだけど………もね、覚えていると思うんだ。今日、あの堂馬君が放送室に立て篭もりしたって、言ったでしょう。もね、説得したんだ。それで知ったの」
―――戦いと孤独しかない今の世界を、何も知らないあなた達に希望の光を失って欲しくなかった。
―――平和な時を少しでも多く過ごして欲しかったからなんだよ。
―――平和な時と、その中で暮らすあなた達の笑顔を失いたくなかったからなの。
―――戦いから目を背けちゃいけないの。
「は、外を知っているから必死に守ろうとしてる。多分、皆城君も同じなんだと思うけど………私達、外を知ってる人達に守って貰ってるんだ。そして、知っている人達はいなくなってしまった人達のこと、忘れない」
断言するように言う真矢だが、一騎はそれに頷くことが出来ない。
今朝、総士は言った。
翔子と甲洋のことを忘れろ、と。
あいつは、いなくなってしまった人達のこと、忘れてしまうんだ。
「遠見は、俺のこと………覚えていてくれる?」
「えっ?何それ…………それって、一騎君も翔子みたいに………」
「いや、俺は大丈夫だよ………でも……」
「でも?」
「このまま………戦うことに慣れていくのが、怖いんだ…………自分が………何か別のモノに変わっちまうような気がして……」
人ではなく、動物でもない。
もしかしたら、あのフェストゥムに変わってしまうかもしれない。
「皆ね………ほんとは不安に思ってる…………あの日、フェストゥムが襲って来た日、あたし達の信じていた場所は、作られたものだったってことが、分かっちゃった……」
全てを知っていた大人と、3人の子供。
後は何も知らない、幸せ者の子供達。
「変わらないでいるなんて………誰も出来ないかもしれない………でもね、あたし達は確かにここにいる……いるじゃない………だから……」
「……遠見……」
「例え……どんなに変わっても………あたし、一騎君のこと覚えてるよ。覚えてる」
「……有難う…………うっ!」
鋭い痛みが一騎を襲った。
心臓辺りの服を掴み、硬く目を瞑る。
蘇ったのは、5年前の事件。
「どうしたの!?」
「……何でもない」
「顔色が悪いよ!一騎君!!」
「ごめん………もう……此処で良い……」
「でも………家のお母さんに診て貰った方が……」
「大丈夫だから………」
「………本当に?」
「あぁ…………1人にして…………欲しいんだ……」
辛そうなのに、意地を張っているように見える一騎。
何時もなら無理矢理引っ張って行くのに、今日に限って抵抗があった。
「そう、それじゃあ………」
ゆっくりと離れて坂を下る。
「また、何時でもご飯、食べに来てね」
「ありがとう」
「じゃあね」
走って坂を下る真矢を見送り、一騎は両手に視線をやった。
すると同化現象時に起こる結晶体が現れ、息を飲んだ。
両手を強く握り締めて結晶体を粉々にし、海の先を見るよう睨んだ。
見慣れた道を歩いている筈なのに、今だけは初めて見た道のように思える。
長い階段の途中にある家。
父親と2人で暮している場所。
階段を上りきると、別の階段に座っている1人の少女がいた。
一騎が密に思いを寄せている、島のアイドル。
最近では歌姫とも呼ばれているようだ。
「…………」
呼んでも動かない。
当然だろう。
は今、どう見ても寝ている。
そっと息を付いて近づき、起こさないように抱き上げた。
思ったより軽い身体に、一騎は少なからず驚く。
顔を覗くと、少し幼さの残る寝顔。
家に入り、自室でを寝かせる一騎。
寝顔を見るのも実に久しぶりだった。
(何で今日に限ってが)
もう誰にも会わずにことを進めようとしていた矢先だった。
一番会ってはいけない人と会った。
自分の決意が揺らぎそうで、少し焦っている。
「………何で……家の前にいたんだ………?」
用事があったから待っていたのだろう。
その用事が、座っていたの隣にあった紙袋。
少し覗いて見たが、中はビデオとCD。
今日見たプロモーションと新曲だ。
「疲れてるなら、置いておけば良かったのに」
階段で寝るくらいなら、ポストに入れておけば良かったのだ。
それをしなかったのは、恐らく何か伝えなければならないことがあったから。
「………ぉにぃ……ちゃん………」
小さな寝言が耳に入り、一騎の視線がに向く。
「………がいるだろ、」
1人じゃない、と優しく言う。
声が届いていなくても、そう言ってやらないといけないような気がした。
「…………総士だって……何時もの傍に………いるだろ」
の傍にはがいる。
総士がいる。
自分が入れる隙間なんて、何処にもない。
「………何で………っ」
何で、待ってたんだ。
一騎の手がの頬に触れ、唇に一騎のそれを重ねた。
柔らかいそれからは、温かさが伝わる。
一度眠れば簡単には起きない。
だから今回も、眠ったままだと信じていた。
だが―――。
「……かず…………き………?」
は目覚め、一騎は覆い被さるような体制で動かない。
暫くしてから一騎を見上げるはそっと手を伸ばし、頬に触れた。
「………泣かないで……一騎………」
目元を拭うとそんな行動を呆然と見る一騎。
は優しく頭を撫で、小さく笑う。
「…………」
2人の視線が絡み合い、そのままゆっくり唇を重ねた。