人は誰しも囚われの身にはなりたくない。
自分を繋ぎ止める鎖、檻、枷を全て払いのけたい。
それを望む、小さな少年。
我が侭を言う子供。
それを怒る大人。
正しいのは…………一体誰なんだろう……………。
案内されるままにやって来た2人は、放送室の前で困った表情を浮かべる3人の大人と合流した。
「一体何があったんですか?」
「生徒が1人、放送室に閉じ篭っているんです」
「え?誰ですか?」
「2年の、堂馬広登君」
「要先生のクラスの」
「あぁ、どうも。広登父です」
男は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「こんなことになるなんて」
頬に手を当てる澄美。
「原因は、何なんですか?」
「それが、さっきまで進路相談をしてたのね」
それは本日竜宮島中学校2年だけが行われた、卒業後のことに付いてだった。
「そりゃ先生。卒業したら、こいつは家の食堂を継ぐんでさぁ」
「堂馬さん。それは第二種任務と言うことで……今日の進路相談は第一種任務の希望調査なんですが………」
「う〜ん。パイロットはちょっとねぇ………先生、こいつに剛瑠島勤務で、整備士ってのは難しいですか?」
「色々、適性もあることですし」
「あたしゃ、ブルク配置だし。うちとすればこいつは、安全な場所で働かせたいんですわ」
「……はぁ………堂馬君、君は何処か希望があるの?」
「良いの?正直に言って」
「良いわよ」
中学生は進路相談により、ある程度幅のある職種の中から選ぶことが出来る。
その中から希望する任務があるのなら、それにすることは可能だ。
そう、考えたのだが………。
「俺…………東京で働きたい!!」
思いもしない答えに、澄美は厳しい表情に変わった。
「東京行って、スターになりたいんだ!そんで、歌番組とかに出たりしてさぁ〜!!」
自分の世界に半ば入ってしまっている広登。
澄美は現実に戻す為、この話を終わらす為、机を叩いた。
「先生が決めて上げるわ………君の担当は……アルヴィス地下13階よ!!」
「…………そこで俺、何すんの?」
「制服の洗濯よ!!」
澄美の言葉を聞いた広登は、
「ばっかやろぉ〜〜!!!」
と言って教室から走り出た。
追って着いた場所は放送室。
「それで、これですか……」
「あぁみえて、広登は結構繊細でして」
「……少し、配慮が足りませんでしたね……要先生」
「……そうよね………昔、同じようなことがありましたよね?弓子先生?」
澄美の言葉に、弓子は顔を引き攣った。
「アイドルになりたかった誰かさんは、灯台の上に登ったんでしたっけ?」
そう、それは弓子が今日と同じように進路相談があった日で。
―――絶対!!東京でアイドルに、なる〜〜!!!
「お姉ちゃん、そんなことしてたのぉ〜?」
意外なことを知って、真矢はにやにや笑った。
「ああぁあぁぁ〜!!言わないでぇ〜!!!」
顔を真っ赤にさせた弓子は両手で頭を押さえ、今まで見せたこともない慌てっぷり。
ゲームのRPGで言うならば戦闘不能、と言ったところか。
話の一区切りが出来たところで、綾乃が一歩前に出てドアの奥にいる広登に呼びかけた。
「堂馬!早く出て来なさい!!先生達とちゃんと話し合いましょう!!」
『話し合うことなんかねぇ!!』
何故放送器具を使う、と6人は思った。
その意図が分かったのは、次の言葉を聞いてからだ。
『皆聞いてくれ!何で俺達がアーカディアン・プロジェクトなんかやらなきゃなんねぇんだ!!』
「この声」
「堂馬君?」
下校しようとしていた芹と里奈は顔を見合わせ、教室にいた剣司と衛がスピーカーを見る。
「何?今の?」
「ほらお前ら。余所見しないでやる」
他のクラスで進路相談が続いているにも関わらず、広登は校内放送で訴えた。
その時、丁度学校近くの坂を上っていたにも声が届き、何事かと思い急いで坂を上る。
『俺の……俺の………俺の青春を、返せぇ〜〜!!!』
スピーカーから聞こえた声に、剣司は立ち上がった。
「あれ?もう終わったの?」
「どうやら、俺の出番のようだな!」
自信たっぷりに言う剣司。
何を言おうとしているのか、理解出来ない。
「あんた何言ってんのよ」
「姐御ぉ〜俺のポジション、知ってるでしょ〜?」
ポジション?
一体何の話だ?
咲良が考えていると、剣司は教室を走って出て行った。
「こら!衛!あんたはちゃんとプリントやっときなさいよ!!剣司!!廊下を走るな!!!」
とか言いながら、同じように走っている咲良に説得力はない。
「そんな〜!僕も行くよ〜!!」
剣司と咲良を追って、衛も教室を飛び出した。
「どうします?」
「どうしましょう」
何を言っても駄目なら、打つ手なし。
こうなれば、ドアを打ち破ってでも引っ張り出すか。
いや、お腹が減れば出て来るだろう。
それまで待つか。
「先生方」
6人の背後に現れた剣司。
とても自信満々の表情をしている。
「近藤君」
「こう言うことは生徒会長の、この私に任せて下さいよ」
ほんの一瞬で、広登の父を除いた5人の頭の中で生徒会長=皆城総士と出た。
「あら、生徒会長って皆城君じゃなかったっけ?」
「違うよ!母ちゃん!!」
「あれ〜?あたしも皆城君だと思ってた」
「あぁ、そういや総士は学級委員で、剣司が生徒会長だったんだ」
「へぇ〜あたしも総士だと思ってた」
剣司を追って来た2人も会話に入り、剣司が生徒会長であることに驚いた。
意地悪ではなく、皆生徒会長は総士だと思っていたのだ。
純粋に。
「お前らなぁ………」
確かに、剣司が生徒会長として舞台に出ることは今までなかった。
生徒会が中心となって何かをする、と言うことがなかった為でもある。
「ま、あんたの好きにやってみなさい。別に期待はしてないから」
これで広登が出て来たなら褒めてやらない訳でもないが、恐らく出て来ないだろう。
そう、綾乃は確信していた。
運動場に出た剣司は、スピーカーマイクを手に朝礼台へ立った。
「あ〜堂馬広登君。生徒会長の近藤〜剣司です!」
外からの呼び声に、放送室のカーテンを開けてマイクの電源を入れる。
『何だよ!近藤先生のバカ息子!!』
「バカ息子とは何だ!バカ息子とは!!」
非常に心外である。
剣司としては。
「人生の先輩として、君に言いたいことがある!この島で、生きていくと言うことは、お互い……」
『あのさぁ〜先輩!!』
折角人が話しているのに何だよ!
カッコいい所を見せようとしているのに。
そう剣司は思っていたのだが、広登の言葉でギョッとした。
『芹から聞いたんだけどさぁ〜。あんたファフナーでフェストゥムを倒したとか言って、女の子ナンパしてるだろ〜』
「そうなの?」
「うん」
「最低っ!!」
様々な人が、別の場所で呆れた。
勿論、女子からは近藤剣司の格が下がる。
『あんたほんとはファフナーで戦ったことないんだろ〜?そう言うのってさ〜、男らしくないんじゃないの〜?』
「戦ったことあるよぉ〜。シミュレーションだったけどぉ」
それは戦ったことに入らないのでは、と近くにいた生徒達は思った。
「誰よ、あいつを生徒会長にしたのは」
「立候補したの……剣司だけだったから……」
「そういやそうだった……よく会長があいつで、生徒会が保っていられるわね」
「副会長………だからね」
「………苦労人め」
「バカ息子」
更に付け加えるなら恥曝しだ。
「堂馬君!あなた、本当にスターなんかになれると思ってるの!?」
『そんなこと!島から出てみないと分からないじゃないか!!』
島から出てみないと分からない。
そう思っているのは何も知らない子供だけだ。
この島から出たら最後。
絶望と恐怖のどん底に落とされる。
『先生!親父!島の大人は皆嘘吐きだ!!嘘吐きの言うことなんか聞けるか!!』
大人達は、広登の言うことに反論出来ない。
することは出来ても、多分信じてくれないだろう。
嘘を付いていた訳ではない。
隠していたことは悪いと思っているが、全ては子供の為。
強いては島の平和の為だ。
『スターになんかなれないのは分かってるさ……でもさ………でもさ…………この島から出られないのが……嫌なんだよ!!』
竜宮島は田舎だ。
誰だって東京に憧れる。
誰だって島を出たいと思う。
『先輩だって、東京でデビューしてるじゃないか………外の世界を…………知ってるじゃないか……………そんなの、不公平だろ!?』
校門の所で様子を見ていたの肩が揺れ、顔を俯かせた。
生徒達はがこの場にいることに気付かず、広登の言葉を聞く。
『何か……何か檻の中にいるような気がしてさ。一度で良いから!外の世界を見て見たいんだよ………俺だって……俺だって、やりたいことがあったって………良いじゃないか。教室に希望って………書いてあるじゃないか………』
教室の前に高々と飾られている文字。
これは生徒が決めたのではなく、大人が決めたことだ。
希望。
その文字に込められた思い。
「色々と秘密にしていたことは謝るわ!でもそれは………あなた達に平和の大切さを知って欲しかったからなの!!この島に住むまで、先生達は戦争しか知らなかった!!」
平和な時間さえ与えて貰えなかった。
何時でも死と隣り合わせに生きて来た日々。
「あなたになりたいものや、したいことがあるのは、とっても嬉しい。だって、先生達にはそんな余裕さえなかったから………でもね、それは生き残ってからするしかないの!先生達にとっては、あなた達が希望なのよ!!生きて、希望を……島を受け継いで欲しいの!!」
容子の叫びに、真矢は目を見開いて驚いた。
大人がどれ程子供を大切にしているのか、それが分かったような気がしたからだ。
『堂馬君は、外の世界を知る人が羨ましい?』
第三者の声に、誰もがハッとなった。
運動場にいた生徒達が、ライブの為に用意されたステージを見る。
そこにはがマイクを持って立っていた。
「どうして外を知る私達が何も教えなかったと思う?戦いと孤独しかない今の世界を、何も知らないあなた達に希望の光を失って欲しくなかったから。そして何より、平和な時を少しでも多く過ごして欲しかったからなんだよ」
「……………あんた………」
そんなことを思っていたのか、と咲良はステージに立つを見上げる。
「この島は平和だった。でも、アーカディアン・プロジェクトに参加している人達には平和な時間なんてなかった。皆が必死にこの島の平和を守っていたから。平和な時と、その中で暮らすあなた達の笑顔を失いたくなかったからなの。私が歌っているのは、そんな人達の癒しとなり、悲しんでいる人を、此処に生きる全ての人に勇気を持って欲しいからなんだよ?」
が歌うことになったのは、今は亡き皆城公蔵の一言から始まった。
過去のものではなく、新しいものを出してみないか、と。
あまり多くの道を選ばせて上げられない代わりに、生きた証を残してみないか、と。
初めは躊躇った。
そんなことをしている時間はなかったからだ。
けれど、総士がの背中を押した。
―――が此処にいるという証が………思いと共に残るだろう。
生きた証。
それを残す良い機会だと、総士は笑って言った。
「夢があるなら、それを実現させる為に努力する。でも、その前にやらなきゃならないことがあるでしょう?私達は今、この島と島に生きる全ての人を守って戦わなきゃいけない。戦いから目を背けちゃいけないの。怖いのは皆一緒だよ?一緒だから戦うの。戦って、取り戻さないと。この島が平和だったあの頃を」
ははっきりと言った。
言った言葉に、嘘はない。
を茫然と見ていた真矢は、手をそっと握り締めた。
何となく分かってしまったのだ。
小さい頃のはとても無邪気だった。
それが何時しか変わってしまい、急に遠くへ行ってしまったのだ。
「………お騒がせ…………しました………」
少し俯きながら放送室から出て来た広登。
大人達は安心した表情を浮かべ、真矢達は少しだけ晴れ晴れとした表情をしていた。
何も教えてくれなかった大人達。
その訳を少しだけ知ることができた。
そして同時に、辛い思いをさせていたのだと分かった。
暫くしてからライブが始まり、島の半数が竜宮中学のグラウンドに集まった。
曲数は少ないが、それでも一つずつにしっかりとした思いが込められていた。
言葉どおり、人の癒しとなり、勇気をもたらしてくれる歌。
「翔子にも届いてるかな?」
生で歌うのを聴いてみたいと、翔子は言っていた。
それは叶わなかったけれど、は今歌っている。
この歌が、亡くなった全ての人の許に届いていますように。
真矢はそっと心の中で祈った。