蝕まれる命。
蝕まれる想い。
失うモノ。
傷付けるモノ。
傷付けられるモノ。
変わってしまったのは何か。
私とあなた。
立つ場所も、見るモノも違うけれど。
それでも守りたいモノが同じなのだと。
思いは同じなのだと。
そう、信じたい。
だからお願い。
自分を責めないで。
全ての責任は、私達が背負うから。
だからどうか、真実を知らないで―――。
「どうしても聞いておきたいんだ。ファフナーと俺達、お前にとって、どっちが大切なんだ?」
「……ファフナーだ……」
波が堤防に当たり、僅かに水しぶきがかかった。
潮風に吹かれる2人の髪は靡き、一騎は総士の背中に本音を吐いた。
「………変わったよ………お前…………」
「変わろうとしていないのは………お前だけだ」
―――春日井がこうなってしまったのは………総士1人の責任なのか?
―――あの時!ガーディアン・システムにが搭乗していれば、春日井君を助けることが出来たでしょう!?
―――だってそうじゃない!あれはファフナーと一体化するんでしょう?だったら、春日井君を守れたんじゃないの!?
―――何でが搭乗してなかったのよ!何で………春日井君がこんな目に………。
―――ふざけるなよ。のことを何も知らないお前が、もう一度その言葉を言ってみろ。俺は一生許さない。
―――何も知ろうとしないお前達に、2人を責める権利はない。
の言葉と真矢の言葉。
何も知らないと、は言っていた。
では、俺達は何処まで知っていて、何を知らないんだ?
総士のこと、のこと………何も分からない。
のことだって、何も知らない。
「あなたは、そこにいますか」
総士の口から出たフェストゥムの言葉に、一騎は息を飲んだ。
「戦いに疑問を抱けば、次の犠牲者はお前だぞ。羽佐間と甲洋のことは忘れろ」
「お前…………本気で言ってるのか!?」
そんなこと、出来る訳がない。
―――何も感じないの?
お前は本当に、何も感じていないのか?
「僕に必要なモノは、この左目の代わりになるモノだけだ」
それが………総士の本音?
左目の代わりになるモノ。
左目が見えないから、ファフナーに乗れない総士。
左目を奪ったのは自分。
総士の人生を奪ったのも、自分。
謝ることさえ出来ない、臆病な自分。
お前の居場所は何処にもない。
そう、言われた気がした。
「こんな所で、何をやっているんです?由紀恵さん」
壁に張り付いていた由紀恵は、聞き慣れた声に振り返った。
「………良いモノが……手に入りそうよ」
薄っすらと笑みを浮かべ、話しかけて来た相手の横を通り過ぎる。
「それは良かった。精々、あの人の為失敗しないように」
「あんたに言われたくないわ。私はあの連中と一緒じゃないのよ」
あの連中とは、春日井夫婦のことを指している。
彼らは昨日のうちに島から追い出された。
今は何処にいるのかも分からない。
無論、無事に新国連と合流して何もされない、とは限らない。
もしかしたら、合流する前にフェストゥムにやられているかもしれないが。
2人にとって、そんなことはどうでも良かった。
春日井夫婦と由紀恵、そして由紀恵に話しかけて来た者の共通点は1つ。
新国連側の人間である、と言うことだ。
去って行く由紀恵を見送り、上の様子を伺った。
既に人の気配はなく、あるのは潮風と波の音だけ。
「静かな嵐が………来そうだな」
呟きは風に乗り、誰の耳にも届くことなく消え去った。
海中展望室の椅子に真矢と里奈が座っていた。
「私の仕事ぶり、どうでした?先輩」
「まぁ、良く出来た方なんじゃない」
「良かった〜。これからもっと頑張りますね!」
「そりゃ、結構で」
学校ではあまり関わりのなかった後輩。
その後輩がCDCにやって来て、何故か自分に懐いている。
正直言って、変な気分だ。
「私、羽佐間先輩みたいに、自分勝手じゃありませんから」
「……………それ、どういう意味」
「え?羽佐間先輩って、命令無視して、マークゼクスを壊したって聞いてますよ」
違うんですか、と里奈は不思議そうに真矢を見る。
「誰がそんなこと、言ってるの!?」
「その………皆が………」
皆?
皆って誰!?
「何も知らないくせに!!」
真矢の怒りは頂点に達し、罪もない里奈に当たった。
「あ、先輩!どうしたんですか〜?ちょっと、待って下さいよぉ」
鈴村神社に一騎はいた。
蝉が鳴いている筈なのに、耳に入って来ない。
「あなたは………そこにいますか………」
「あなたは、此処にはいないわ。いえ、此処にいちゃいけないのよ」
何故狩谷先生が、と言う疑問が浮かんだがどうでも良かった。
由紀恵は一騎の目の前で足を止め、先程のことを話し出した。
「皆城君との話を聞いちゃったの………彼の、左目………」
「………俺が、やったんです………」
初めて、誰かに告白した真実。
「子供の頃、此処で…………あいつの左目を、奪ったんです」
時折思い出す過去の記憶は、一騎の胸を苦しめる。
あの事件が原因で2人の間に壁が作られ、一騎が無口で他人を寄せ付けない雰囲気を作った。
誰かをこれ以上傷付けたくないから。
誰かの傍にいることが、怖かった。
「何でそんなことしたのか………せめて、あいつの目の代わりになろうと思って。でも……」
「彼に付いて行けなくなった………のかしら?無理ないわ。彼は外の世界を知ってるもの」
「外の世界?」
下を向いていた顔が上がり、由紀恵は薄く笑った。
隣に座り、耳元であることを告げる。
一騎は目を見張った。
◇ ◆ ◇
何もない、真っ白な世界。
誰もいない、悲しい世界。
何処までも続く白。
私は1人。
穢れを知らぬ白は、闇よりも怖い。
「」
「……………誰……?」
俯いた顔をゆっくりと上げ、目の前に座る少年を見た。
全身黒に包まれた少年は、自分と瓜二つ。
「……………?」
「お早う、」
そっと手を伸ばされ、その手に己の手を重ねた。
もう1人の自分と会うのは………かなり久しぶりだ。
「何処か、痛むところはあるか?」
「大丈夫、だよ。私はまだ、大丈夫」
「そうか。なら、良いんだ」
小さく微笑んで、はゆっくり立ち上がった。
は、色で例えると黒で闇。
私は、その反対で白で光り。
それが、私とを表すモノ。
「もう、起きられるか?」
「うん」
「今日、学校で生徒会主催のライブがあること………覚えていたか?」
「………………あぁ、うん」
答えるまでの間があったのは、恐らく忘れていた為であろう。
は苦笑いを浮かべて心配そうに顔を覗き込んだ。
「行けるか?」
その問いに、はしっかりと頷く。
行けるか、と言う言葉には2つの思いが込められている。
1つはこの白い世界から現実世界に戻れるか。
2つ目は学校に行って歌えるか。
は言葉に込められた2つの意味を理解し、行くことを選んだ。
誰もいない世界ではなく、大切な人々がいる世界へ。
はゆっくり目を瞑った。
鈴村神社から走って家に帰った一騎は、史彦を探していた。
「父さん!いる!?」
作業場には父の姿がなく、地面に写真竪が落ちていた。
それを拾った一騎は元の場所に戻し、急いでアルヴィスに向う。
家にいないとなれば、父がいるのはアルヴィスしかない。
しかし、アルヴィスと言っても広すぎる。
何処にいるのか検討も付かず、一先ずCDCに向う為通路を走っていると、前から千鶴が歩いて来た。
「あら」
「司令!真壁司令は何処にいますか!?」
切羽詰った一騎を見て驚いていた千鶴だが、一騎の問いにすぐ答えた。
「司令?あぁ、お父さんなら皆城君と会議中よ」
「え?」
「どうしたの?呼び出して上げましょうか?」
「いえ、いいです」
背を向けて去って行く一騎に、千鶴は目を丸めて見送った。
一騎は最深部にやって来た。
驚いたことに、此処まで来る道順を覚えていた。
「君は、あの時俺を此処に呼んだんだろ?総士と一緒に戦ってくれって……君に言われた気がした。総士は………外の世界で、何を見たんだ?」
遠くに感じる総士の存在。
けれどそれが総士だけではないのだと、最近になって思い出した。
何時だって傍にいた。
辛い時、苦しい時、何も言っていないのに傍にいてくれた。
そのでさえ、遠くにいるような気がする。
「………も………外の世界を見たんだよな…………」
2人が見た外の世界。
何も知らない自分。
外の世界で、2人は何を見たんだ。
朝の仕事が終了し、真矢は学校にいる姉の元を訪れた。
「お姉ちゃん!酷いよ翔子の噂!!」
「残念だけど、そう考える人がいるのは、仕方ないわ」
「翔子は島を守ったのに……」
「人の噂なんて、そんなものよ」
子供には分からないことがまだある。
真矢の気持ちは分かるつもりだが、ファフナーを失ったことは島にとって大きな問題。
ファフナーを失えば、島の危険性が増す。
それはつまり、あの名もなき島のようになってしまうと言うことだ。
羽佐間翔子のしたことは………正直言って褒めることは出来ない。
島を守ったとしても、だ。
感謝はしている。
今を生きていられるのも、翔子が島を守ってくれたから。
だが、フェンリルを使ったことでファフナーは失い、そして…………。
「弓子先生、ちょっと」
ドアを開けて呼びかけて来た綾乃に、真矢と弓子は疑問の表情を浮かべた。