奪われた平和。
 戻らない命。
 そしてまた、私達は失おうとしている。
 嘗て友と呼んでいた、大切な存在を。










 名も知らぬ島で、激しい戦闘が繰り広げられていた。
 レーザーはアルヘノテレス型に直撃し、大きな爆発音と共に地上へ落下。

「やったのか?」
『来るぞ!ゲイルナーのエネルギー装填、急げ!!』

 急かされても、何故かすぐに動き出せなかった。
 何かが違う。
 そう思ったからだ。
 すると、地上にいたグレンデル型が落下したアルヘノテレス型に向かって引き返して行く。

「何だ……?引き返して行くぞ。どうしたんだ一体!?」

 動かなくなったアルヘノテレス型によじ登り、開いた穴を塞ぐ。
 金色の光に包まれ、再起不能だったアルヘノテレス型が復活した。

「元に、戻った!?」

 今までの敵は、倒せばワーム・スフィアーの中に消えて行った。
 しかし今回は違う。
 消えず、復活した。
 一騎が地上で戦い、甲洋が海に潜る。
 咲良が島に直行し、が地上へ戻る。
 総士が一騎と甲洋のサポートをし、恭介と真矢が海底脱出口に向かう。
 皆、誰もが必死だった。

「此処ら辺りで良いだろう」

 階段と通路を全速疾走していた2人は、グレンデル型と会うことなく脱出口に到着した。
 息を切らせる真矢に対し、恭介は息1つ乱していない。

「大丈夫なんですか?」
「大丈夫なんじゃないの?」

 とてつもなく不安だ。
 部屋の中に入り、恭介が取っ手を一生懸命引っ張っている。
 これが何なのか知らない真矢にとって、恭介がやること全てを見守るしか出来ない。
 力任せに引っ張っても動かないそれに、恭介は深々と溜息を付いた。

「動けよ………ぽんこつぅ!」 

 ガンっと蹴ると、何処からか音が鳴り、恭介は取っ手を引っ張った。
 部屋は赤色に染まり、開いていたドアが閉まる。
 海では、赤いインクが噴出した。
 この時、地上で待っていた由紀恵のスウォッチでは残り13分と表示された。

(フェンリル作動まで13分か)

 島のフェンリルが作動すれば、何処まで被害が及ぶか分からない。
 待てる時間は、もうほとんど残されていなかった。

指揮官がモーターボートに乗って此方に向かっています!」
「回収、急ぎなさい」

 残っているのは地下にいる2人とファフナーが2機。
 地下にいる者を失おうと構わないが、ファフナーを失うのは我慢ならない。
 両機とも失うことになれば、島にどれだけ影響が及ぶか。

「回収、完了しました」
「…………そう」

 残り時間はあと、10分。





 小さな部屋に閉じ篭った2人は、言葉を交わすことなく救援を待っていた。

「水分を補給しておけ」

 気を利かせて真矢に水筒を渡したが、返って来たのは拒否の言葉。

「未成年の飲酒は駄目なんですよ」
「命令だ」

 ニヤリと笑う恭介。
 命令と言われては、拒否することが出来ない。
 真矢は受け取り、袖で飲み口を拭いた。
 しっかり拭き終えると、真矢は一口飲んだ。
 広がる味は酒ではない。

「これ、水ですね」

 酒だと思っていたが、中身は水。

「後は、運を天に任せるだけだな」

 現在状況の報告は入って来ない。
 フェンリル作動まで、残り時間も少ないだろう。
 これ以上何も出来ない2人には、生きるか死ぬかは運を天に任せるしかなかった。





『……総士』
か!?」

 からに代わっていると言うことは、無事に施設から脱出したのだろう。
 総士はそっと息を付いた。

『今、何処にいる』
「……輸送機の中……マークエルフのクロッシングを最大にするわ」
『頼む』

 全ての敵を相手にしている一騎。
 Gシステムとクロッシングしていれば、武器の威力は上がる。
 今最も危険なのは一騎だ。
 マークフィアーとのクロッシングを疎かにするつもりはないが、敵を引き付けるにはマークエルフとのクロッシングを最大にしなければならない。
 マークドライも此方に向かっている。
 システムに入っている訳ではないので、3機とも均等にクロッシングすることが出来ない。
 誰を優先させるべきか、考えずとも分かる。

「頑張って、一騎、甲洋」

 そして皆で帰ろう、竜宮島へ。





 海底に潜った甲洋は、少し薄くなった赤インクを見付けた。

「あっ!あそこか!!」

 ようやく見付け、急いでその場所へ向かう。
 背後に、1体のフェストゥムが現われたことにも気付かず、唯助けたいと気持ちが逸る。
 衝撃が部屋を襲い、赤いランプが消えた。
 床のシャッターが開き、階段を下りるとポットの入り口があった。

「さぁ、乗った乗った!!」

 助かる。
 そう、心から安心した。

『2名の搭乗を確認!頼んだぞ、甲洋!!』
「……やった……」

 人を、助けた。
 その喜びと達成感が、甲洋の心の中で沸き起こる。
 救命ポットを大事に持ち、急いで地上に向かう。

「………良かったぁ………」

 輸送機の中で、唯一現在状況が把握出来るは、そっと息を付いた。
 がしかし、すぐにを襲った強い衝撃。
 胸元の服を握り締め、床に崩れ落ちる。
 そして総士も、鋭い痛みを受けていた。
 マークフィアーの背後に現われたフェストゥムは、甲洋に同化しようとしている。

「…………さ……せな…………ぃ……」
『よせっ!!!』

 の止める声を無視して、はマークフィアーのクロッシングを最大にする。
 マークフィアーに突き出ていた結晶体がいくつも破壊され、同化していくスピードが遅くなった。
 それを確認した総士は、奥歯を噛みしめた。

「もう待てないわ」

 誰を犠牲にしても生き残ろうとする由紀恵。

「来い!こっちに来い!!」

 仲間を助ける為、全員で島に帰る為、必死になって戦う一騎。

「………奪わせ………ないん……だ………から………」

 危険な者を、諦めずに助けようとする
 では、自分はどうすれば良い。
 今の自分に出来ること。
 それは2つ。

『生存者を救出した!脱出しろ!!一騎!!』

 1つは被害のない、マークエルフをこの島から脱出させること。

「甲洋は無事なのか!?」
『今は自分のことだけ考えろ!』
「甲洋を置いて、自分だけ逃げられるか!!」

 翔子の時も、自分がもっと早くに敵を倒していれば助けられた。
 戻らぬ甲洋に何かあった場合、助けられるのは自分だけ。
 無事であることを確認しない限り、逃げることは出来ない。
 それが一騎の考え出した答え。
 それでも総士は、一騎の考えを許さない。

『一騎!!!』

 真っ赤に染まった総士の姿が右側に現われた。

『もう、ファフナーを失う訳にはいかないんだ』

 ファフナーパイロットは、島を守りつつ敵を倒し、そして必ずファフナーを持って帰ることが任務である。
 それは大人達に言われた訳ではなく、指揮官である総士やに言われた訳でもない。
 催眠学習――つまり、メモリージングを受け無意識のうちに得た情報。
 一騎はそれを受け入れているものの、仲間を見捨てて島を離れるなんてことは出来ない。
 少しの沈黙で、2人は目を逸らすことなく見詰めていた。
 それを破ったのは総士。
 命令違反を許さない強い瞳が、悲しみに満ちた瞳に変わる。

『………解ってくれ……………頼む………』
「………総士?」

 何故、そんなに悲しい瞳をしているんだ。
 総士に訊ねることが出来ず、一騎は総士の願いを聞き入れた。
 マークエルフが輸送機に着艦し、それを確認した由紀恵が声を上げる。

「急速離脱!!」

 エンジン全開で海面を滑るように進み、一騎はひたすらマークフィアーを探していた。
 そして海面に出たマークフィアーの手と脱出ポット。
 一騎はそれを見付けた。

「甲洋!!」

 武器を投げ捨て、手を伸ばす。
 マークフィアーの腕を取り、輸送機が離陸する。
 宙に浮かんだマークフィアーにはいくつもの結晶体が。
 背後には、フェストゥムがいる。

「あぁ!」

 敵を引き付ける役が自分であった筈なのに、全てを引き付けることが出来なかった。
 あの結晶体がファフナーに現われていると言うことは、同化している証。

「………確かに………助けたぞ…………一騎…………」

 触手がマークフィアーの腕を切り落とした。
 衝撃吸収剤でもある重層水銀が、エメラルドグリーンの血のように流れ出る。
 フェストゥムに同化されているマークフィアーは、水飛沫を上げて海に落ちた。

「甲洋ぉ――っ!!!」

 掴んだと思った友人の手。
 しかしそれは幻で、掴んだのは絶望の闇。

「全て消えるわ」

 ウォッチに表示された時間は2秒だが、すぐに0が横に並んだ。
 由紀恵の中のフェンリルが、作動される時間。

「何故、フェンリルが放たれない!?」

 スタートを押す僅かな時間差があったとしても、もうフェンリルが放たれてもおかしくない筈。
 それでも島は、今まで通りの形で残っている。

「時間通りに生きてたら、命なんざいくつあったって足りないぜ」

 恭介が45分にセットしたことは、本人と以外は知らない。

『マークドライ!急げ!!まだ間に合う!!』
「言われなくても急いでるわよ!!」

 甲洋が島で敵に襲われていることを知った咲良は、無我夢中で島に急いだ。

「私だって………やれるわ!」

 一騎に出来て、甲洋に出来て、自分が出来ない筈がない。

『……………甲洋』

 優しい声が、甲洋の耳に入った。

「………何で…………が………此処、に………?」

 ジークフリード・システムと同じように、真っ赤な染まったが目の前に現われた。

っ!?何をやっているんだ!システムに入っていない状態で、そんなことをしてはっ!!』
『大丈夫………だよ、総士』

 安心させるように、小さく笑った。
 あぁ、何時ものだ、と思った。
 アルヴィスの外で生きる、の声。

『私はずっと………甲洋達とクロッシングしていたんだよ』
「……………システムに………入っていないのに……?」
『完全に……って訳じゃないけど、システムに入っていなくてもクロッシング出来るの』
「……どう………してだ?」
『…………それを知る必要は………ないのよ、甲洋。あなたにも、一騎にも、他の………皆にも…………』

 瞳が悲しみで揺れている。
 それでもは、小さく笑っていた。

「………教えてくれ………俺は………誰を助けたんだ…………?」
『………遠見と……溝口さんだ』
「遠見……?…………誰だ?………思い出せない………………何でだろう………」
『……甲洋……』
「これが……同化されるってことなのか……何も感じない………悲しいことがあった筈なのに………そう………翔子が………」
『今救援が来る!甲洋!!』
『あと少し!あと少しだからっ!!』

 今にも泣き出しそうな顔を、甲洋はぼんやりと見ていた。
 あぁ、泣くのかな。
 そんなことも思った。
 それよりも、気になったことが1つだけある。
 自分で言った、人の名前。

「………翔子………………誰だったっけ…………」

 ジークフリード・システムに浮かんでいたマークフィアーのデータ。
 それが別の色に変わり、短い音と共に総士の前から消えた。
 システムが勝手に総士の前から消した。
 それはつまり、マークフィアーのパイロットが死んだ。
 もしくは同化されたことを意味する。
 もはや、ジークフリード・システムがクロッシングする必要はない、と知らせる為だ。

「……………甲洋………」

 システムが、自動的に総士と甲洋のクロッシングを解除した。
 総士の声は甲洋には届かない。

『…………総士』

 俯く総士に、声がかけられた。
 顔を上げることが出来ず、また呼びかけた相手も無理に顔を上げさせようとはしない。

『………大丈夫…………大丈夫だよ、総士………』

 そっと、真っ赤に染まったの幻が総士を包み込んだ。
 温もりはない。
 唯の幻。

『…………1人じゃない……………………1人じゃ、ないよ…………』
「……………………あぁ………分かってる…………分かってるよ、…………」

 分かっている。
 1人では、ないことを。

「………が………………いる…………」

 そう、今を生きる人々の中で、唯一本音で話せる人が。
 唯一、同じ苦しみを共有している者がいる。
 だから自分は、此処にいられるのだと………そう思う。
 マークドライが目的ポイントに到着し、リンドブルムから離れた。
 水飛沫を上げて海に潜り、沈んでいくマークフィアーを見付けた。

「甲洋!?」

 敵に襲われているとしか聞かされていなかった咲良は、フェストゥムに取り付かれているマークフィアーに驚いた。
 マインブレードを出し、敵に攻撃するのではなくコックピットブロックがある所を何度も叩き付けた。
 フェンリルが放たれることを、咲良は総士から知らされている。
 敵を倒している時間はない。

「待ってろ甲洋!今助ける!!」

 マークフィアーのパイロットを助け出すことが咲良の任務。
 マインブレードはコックピットブロックを収める所まで罅をいれ、そこからは無理矢理抉じ開けて取り出した。
 ブースターを全開に、海面に出てリンドブルムに捕まる。

「フィアーのコックピット、回収したわ」

 仲間を助けた喜びで、咲良の表情は穏やかだった。
 マークドライと輸送機が完全に安全区域まで出た後、名も知らない島のフェンリルが作動した。
 島が、黒い球体に覆われて跡形もなく消滅した。

「目標の島、アルヘノテレス型、グレンデル型と共に消滅。上陸部隊の行方不明者、17名。ファフナー1機消失。ですが、パイロットは無事救助…………真矢も無事よ、母さん」

 千鶴は心の底から安心した。
 それを見た史彦も、安堵の表情を浮かべてすぐに次の指示を出した。

「輸送機、帰島後負傷者の収容を急いでくれ」




                     ◇    ◆    ◇




 マークフィアーのパイロットだけが別ルートで運ばれた。
 輸送機到着後は由紀恵と―――に成り済ましたが指示を出し、怪我のない者は休むよう伝え、怪我のある者達にはメディカルルームに運ばれた。
 真矢は危険な目にあったものの、怪我はなかったのですぐに帰宅。
 心配した弓子は何時もより早くに帰宅し、珈琲を淹れた。

「ありがとう」
「任務、大変だったわね」

 自分に任された任務を、果たせただろうか。
 かえって邪魔だったのではないだろうか、そう思う。

「あたし……何も出来なかった」

 包帯1つ巻けず、誰かを助けるのではなく助けられた。
 一緒に行かなければ、甲洋が敵に襲われることもなかった筈だ。

「春日井君、大丈夫だよね?」
「……母さんに任せておきましょう。心配ないわ」

 小さく笑う姉の顔を見て、真矢はしっかりと頷いた。
 この言葉を聞きたくて、疲れた体に鞭を打って起きていたが、いっきに睡魔が襲ってきた。
 真矢は目を瞑り、意識を手放す。

「彼なら、また元気な顔を見せてくれる………ん?」

 小さな寝息が耳に入った。
 制服のまま背凭れに身を預けて寝る妹。
 弓子は真矢が無事に帰って着てくれたことが、何よりの喜びだった。





 暗闇の中、モニターに映る1人の体。
 目立った外傷はなく、健康状態であるにも関わらず、全く反応を見せない彼。
 自分の娘が生きて帰って来てくれたことは嬉しい。
 だが、娘の命と引き換えになった彼はもはや人間ではない。
 肉体は残り、反応を見せない春日井甲洋。
 彼は、フェストゥムによって同化された。
 今までと違った、別の同化方法で。