見捨てた訳じゃない。
本当は、助けたかった。
でも、助けられなかったんだ。
私は、自分の言った言葉に責任を持ちたいの。
だって私は……皆とは違うから。
竜宮島で待機中だった咲良は、急いでファフナーに乗った。
『準備は良いか』
「いちいち煩いわね!さっさと出させて!!」
敵が現われているのに、自分だけ遅れを取ってはならない。
父の仇を取る絶好のチャンスだ。
「LDA全開します。第1、第2ゲリッター、ロック。第3、第4ゲリッター、ロック。ファフナー、ケージアウト!」
「LVCリンドブルム、ターンテーブルへ。トランスファーブロック、移動!」
「ファイナルステージD、チェック。オールグリーン。ファフナー、接続位置に固定!」
「接続アーム、ロック!」
一騎以外でリンドブルムを使用するのは咲良が始めて。
心配だが、無理矢理でも飛んで貰わなければならない。
島ではまだ、作業員達が逃げ回っていた。
追いかけるグレンデル型を踏み潰し、一騎は振り返る。
「早く逃げるんだ!」
人間がいる中で、銃を使って攻撃することは出来ない。
誰もいないことを確認し、2人はレーザーでグレンデル型を倒す。
「俺は絶対に……仲間を見捨てるようなことはしないからな!絶対に!!」
生き残った別働隊の2人は、階段を駆け上がって角を曲がった。
そこに待ち伏せていたのはグレンデル型2体とコアであった少年。
「あなたはそこにいますか」
電波が届かず、備え付けてあるカメラからは映像が送られて来ない。
唯一、隊員の声が聞こえるだけだ。
しかしその声も、消えてしまった。
「………別働隊は、全滅したもようです」
由紀恵は口元に指を当てる。
(……これ以上島にいる理由はないってことね)
青年から離れ、ポケットの中に入れていた通信機を取り出し、ある者に連絡を入れる。
「今何処にいる」
『……地下5階』
「この島に、フェンリルがあるかどうか確認しろ」
『フェンリルはある。作動コードまでは覚えてない』
「作動コードは此方で調べさせる。早く輸送機に乗りなさい」
『心配しるの?嬉しいけど、由紀恵さんには言われたくないな。一応上官だってこと、忘れるな』
「……生意気ね」
無造作に通信を切り、青年をどけて竜宮島に通信を入れる。
『この島にもフェンリルがあることは確認しています。すぐにでも放ち、島を消滅させるべきです』
それは彼らにとって、予想外の申し入れだった。
史彦はすぐに結論を出さず、由紀恵を見詰める。
『何を躊躇っているんですか!?あいつらを、一気に殲滅出来るチャンスです!!』
「退避が完了していないうちに……かね?」
『味方が同化して、敵になるよりはマシだと思いますが』
それには一理ある。
『フェンリルの使用許可を』
「……分かった、許可しよう」
弓子と千鶴が思わず振り返り、史彦を見上げる。
「……真壁さん……?」
見殺しにするのか、と千鶴は信じられない目で見上げていた。
しかし史彦は千鶴に頷きかけ、ジークフリード・システムに専用回線で通信を入れた。
『総士君………やって欲しいことがある』
専用回線を使っての通信だったので総士は少なからず驚いたが、すぐに頷きかけ、史彦のやって欲しいことを聞き入れた。
CDCのある階に到着したは、足音もなく通路を走っていた。
その足が急に止まったのは、CDCから僅か100m離れた所。
行く手を阻むキーパーが2体。
「……ほぉ……待ち伏せを理解しているのか、お前達は……」
グレンデル型2体が、に襲いかかろうとしている。
この先にはCDCがあり、はどうしてもそこに行く必要があった。
逃げるつもりは元からない。
同化されるつもりも、グレンデル型に食べられるつもりもない。
あるのは、此処を突破することのみ。
1体のグレンデル型が少し跳躍し、目掛けて襲い掛かかる。
それを逃げることなく唯見詰め、伸びる手が触れる前に睨み付けた。
グレンデル型の動きが一瞬で止まり、硬直したまま動かない。
睨み付けたまま、は口を開く。
「………お前は誰を相手にしている……去れ。そして、他と共にこの施設から出て行け」
襲い掛かったグレンデル型はゆっくりと後退し、もう1体と共に壁を抜けての前から消えた。
そっと息を付き、残りの通路を走る。
中に入ったCDCの状態は、何の被害も受けていない。
パネルに触れ、正常に動くかどうか確認する。
「此処が竜宮島ではなくて良かった。ノートゥング・モデルの開発に成功したのは、確か日本以外なかった筈だから……」
ファフナーは、世界中が開発しようとして断念した幻の機体。
それを日本が唯一成功させた。
もし襲撃されたのが竜宮島だったら、ファフナーは彼らに破壊……もしくは強奪されていただろう。
そう思いながらコンソールの上で指を滑らし、必要とされるデータを探し始めた。
が作業を進めているほぼ同時刻、作業員2人と真矢は来た道を急いで走っていた。
「きゃあっ!」
鉄板が外れ、真矢は落ちかけた。
それでも、趣味でやっているロッククライミングのおかげか即座に捕まり、転落することだけは免れた。
「待ってろ!すぐに助けてやる!!」
先に行っていた作業員2人が走ってかけて来る足音が聞こえた。
「大丈夫です!自分で………」
自力で胸元まで這い上がると、悲鳴に似た声が耳に入った。
顔を上げると作業員達の服が床に落ち、いなかった筈の人間が近づいて来た。
「……あなたはそこにいますか……」
この問いかけを怖いと思ったのは何時のことか。
何度も聞き、何度も耳を塞ぎたくなった。
心を読まれていくのが分かる。
目を見張り、もう駄目かと思った刹那、真矢を助ける第3者が現われた。
「良く生きてたな、お嬢ちゃん!上出来だ!!」
のんびり地上にいた筈の恭介だった。
「……この人、さっきまで此処にいたのに……」
作業員達の姿はない。
勿論、真矢に問いかけた者の姿さえもない。
「同化されちまったのさ、こいつは」
そう区切った後、なんだこりゃ、と言いながらスーツのポケットから1枚のディスクを取り出した。
それこそ、由紀恵が欲していたデータ。
恭介はそれをポケットの中に入れた。
「地下でまだ生き残ってるのは?」
「溝口さんが、救護隊員と共に地上へ移動中です」
この状況下の中、取り乱すことなく冷静に対応している。
しかし彼らも、そろそろ輸送機に非難しなければならない。
この島はもうすぐ、フェンリルを使って自爆する。
その巻き添えはごめんだ。
フェンリルを作動させるには、CDCから直接作動コードを入力しなければならない。
それを誰にさせるか。
無論、今から誰かに行かせることは出来ない。
なら、今施設にいる人間を使えば良い。
「………捨て駒には十分だわ………」
彼らにフェンリルの作動コードを入力させれば話は簡単だ。
竜宮島にとって、2人の存在はちっぽけなもの。
『溝口さん、現在位置を教えて下さい』
「地下6階だ。俺達を忘れるなよ」
『地下のフェンリルを直ちに放って下さい』
「本気か!?」
『真壁司令の許可は下りています』
「アイツも昔は、ドンと構えてたんだがな………一体誰の入れ知恵やら………」
『司令の命令に従えないんですか』
特殊部隊である恭介と、司令補佐である由紀恵。
立場上、由紀恵の方が恭介より上である。
とは言え、年下である由紀恵にこのような態度を取られると腹が立つ。
「やりゃ〜いいんだろ!やりゃ〜!さっさと作動コードをよこせ」
剥き出しになった島のケーブル線に、マークエルフはケーブルを放った。
島の一部の情報が流れ、いくつもモニターが浮かび上がる。
その中の1つに目をやり、目的のものを見付ける。
「総士!フェンリルの作動コードを見付けた!!」
作動コードはすぐに恭介に伝わり、一緒にいる真矢へ一言詫びの言葉を入れた。
「そう言う訳で、野暮用が出来ちまった。ごめん」
「は?」
誰かと連絡を取っていることは分かっていたが、何を話しているのか理解していない。
野暮用と言うことは、恐らく逃げる前に何処か行くのだろう。
1人逃げることも出来ず、真矢は大人しく恭介の後を追った。
「これで此処のデータを取れた」
ディスクを取り出し、それをポケットの中に入れる。
『、僕だ。今何処にいる』
「CDC。データをたった今取り終えた。すぐに非難する」
『溝口さん達がそっちに向かっている』
「あぁ、フェンリルを作動させるんだろう?」
『脱出経路は下だ』
「下?」
首を傾げたが、よく考えると確かに唯一の脱出経路は地下だろう。
上がるより下りた方が早く、CDCまで来るなら海底からの脱出した方が確実。
「なら、俺達は上から脱出する」
『分かった』
パネルの電源を切り、2人が来るまで物陰に隠れた。
辺りは薄暗く、物陰に隠れていれば見付かることはないだろう。
隠れてから数分後、CDCのドアが開いた。
「やっぱ此処も同じだな。で、これか?」
パネルに触れるとすぐに起動した。
此処がアルヴィスであるのは分かっているので、竜宮島と同じようにすればフェンリルの作動システムは見付かる筈。
その考えは正しく、モニターにFENRIRの文字が浮かび上がった。
「おっ、ビンゴ」
『始動は30分後にセットして下さい』
「30分…………早すぎんだろ!?」
『それ以上の時間は危険です』
「………了解、行くぞ!3、2、1」
由紀恵のスウォッチとモニターに30:00の表示がされる。
同時にスタートされたが、モニターには45:00と設定が変えられた。
『フェンリル、作動しました』
「はい、撤収撤収」
時間表示が変わったのを、真矢は見ていない。
背中を押し、さっさとCDCから出て行く2人。
人の気配がなくなったのを確認し、は物陰から出て来た。
『気持ちは分からない訳じゃあ………ないんだけどね、私も』
30分と言われながらも、45分にセットした恭介。
生きるか死ぬか、この表示された時間による。
は口元を緩め、静かにCDCを出て行った。
目指すは地上。
廊下を走り、エレベーターのボタンを押した。
矢印が上を向き、下から上がってくる。
到着を待っていると、6体程グレンデル型が近付いて来た。
「俺は去れと言った筈なんだが」
握り締める銃でグレンデル型を撃ち、地道ではあるが確実に数を減らして行く。
無駄弾を使わないよう、狙いは正確に定める。
エレベーターが到着し、最上階のボタンを押した。
エレベーターの扉が閉まり、は壁に凭れてそっと息を吐き、前髪を掻き上げた。
(救援頼むぞ、総士)
下に行く2人を助けられるのは、上で戦っているファフナーのどちらかだ。
しかしには分かっていた。
一騎と甲洋、どちらが助けに来るのかを。
『フェンリルが作動した。二手に分かれる。1人は待機、もう1人は地下にいる者を救助する』
「どうやって地下に?」
『海から入る』
『俺が行く!お前らがやれなかったことを、俺がやる!!』
甲洋の申し出に、総士は息を飲み込んだ。
お前らがやれなかったこととは、羽佐間翔子を助けられなかったことだ。
「…………ならば甲洋…………僕はお前に命令する」
ファフナーに乗る今の甲洋は、日頃言えない本音を言える少年。
1時の方向に移動する前言っていた言葉も、先程の言葉も全て本音。
総士は恭介にコンタクトを取った。
「下へ降りろだと?」
『それが唯一の脱出経路です』
「………分かったよ」
2人の会話が終ったことを確認し、真矢は恭介に視線を向けた。
「彼、無茶なこと言ってました?」
「従うに値する命令ってやつだな」
にっと笑う恭介。
真矢は何とも言えない表情を浮かべた。
一方地上では激しい戦闘が繰り広げられている。
「もし、海に敵がいたらどうする!?俺が行く!!」
『僕は甲洋に命令しているんだ』
一騎の言葉を切り捨て、黙らせる。
総士は甲洋の背後に現われ、甲洋だけに話しかけた。
『援護はない。お前1人だ…………これだけは言っておく。羽佐間のような無謀な行動を、二度と許す気はない』
脳裏に浮かんだ翔子の笑顔。
あの笑顔は二度と戻らない。
『ファフナーを失う危険があれば、救助を中止する』
「……………俺の実力次第ってことだろ」
やってやる。
誰の力も借りずに、絶対助け出してみせる。
「総士!せめて敵がいないことを確認してくれ!!海の中で、戦ったことなんてないんだぞ!?もし襲われたら……」
『一騎、戦うのはお前の役目だ』
ジークフリード・システムから、島に残るフェストゥムの情報が送り込まれた。
「お前が、島にいる敵を引き付けろ」
そうすれば、地下に残っている2人と甲洋は助けられる。
そして、生命維持反応を見せない達も助けられる。
総士は甲洋に言って輸送機から脱出ポットを取りに行かせた。
その間、脱出準備をした由紀恵は車に乗って揚力艇に到着。
非難はほぼ完了し、残りは捨て駒となった2人だけ。
邪魔な存在でもある恭介とも、今日で別れることが出来る。
階段を上がりながら内心笑っていると、輸送機の方から変な音が聞こえた。
振り返ってみると、マークフィアーが脱出ポットを持っている。
「これを持って、潜ればいいんだな」
『そうだ。タイムリミットは10分!』
10分の間に2人を助ける。
それが出来たら、両親にも認めて貰える。
一騎や総士、を見返すことが出来る。
決意を決め、海に向けて一歩踏み出した。
「止めなさい!ファフナーを捨てる気なの!?」
フェンリルが作動することは知っている筈。
時間を見ても、救助している時間はない。
由紀恵は息を飲み、そして沈んでいくマークフィアーを睨み付けた。
取り乱していた千鶴が少し落ち着き、史彦の後ろに歩み寄った。
「真壁さん、真矢は本当に戻って……」
「大丈夫。心配しなくて良い」
犠牲は出さない。
誰1人、死なせない。
その為の救出作戦を、短時間で練ったのだから。
(頼むぞ、溝口)
真矢と共に行動をしている恭介に向け、史彦は心の中で祈った。
が、祈られた本人は武器も使えなくなり、丸腰の状態で通路を走っていた。
上がる息を抑えようと、何度も呼吸をする真矢。
恭介は角で敵がどっちに向かったかを確認していた。
「此処で………一休みですか?」
「武器がねぇからなぁ……」
あっさりとした返答は、真矢を絶望へと導いてしまった。
レーザーの照準が、島を浮遊している1体のフェストゥムに定められた。
『あれを破壊すれば、残りの敵はお前に向かって来る。いいな』
「あぁ!」
敵を引き付ける。
甲洋の元には、絶対に行かせない。
一騎はフェストゥムを睨み付けた。
「すぐに揚力艇を発進させなさい!!」
操縦席に来た由紀恵は怒鳴るように言った。
「しかし……生存者が……」
「これは命令よ!!」
「ですが、まだ指揮官も」
「っ!だったら、モーターボートを置いておきなさい!!!」
データは手に入らない。
ファフナーは海に潜った。
地下に残る2人の他に、まだ生存者がいる。
由紀恵にしてみれば、怒りが頂点に達するアクシデントが連発。
1台のモーターボートが浜に置かれ、揚力艇はエンジンをかけた。
その様子を、上空から見下ろす1人の少年。
金色の光に包まれ、少年の姿から青年の姿に変わった。
「っ!?」
地上に向って走っていたは、妙な気配を感じて振り返った。
勿論、振り返った先には誰もいない。
「……………誰だ……………」
低い声で闇に問いかける。
答えはない。
そこには誰もいないから。
だが答えは返って来た。
声ではなく、気配で。
「…………此処にいたのか……………お前は……………」
一歩、二歩と後退してからまた走り出し、地上へ続く階段を駆け上がる。
目を閉じ、神経を集中させる。
マークフィアーが海底に潜っている。
マークエルフがアルヘノテレス型に照準を合わし……ロックした。
「……一騎……」
呟かれた声は、の声だった。
『撃てぇ――!!!』
総士の言葉と共に、一騎の新たな戦いは始まった。
引き金が引かれ、ロックされたアルヘノテレス型に向かって1本の赤い線が浮かぶ。
悲しみと絶望を象徴するような、真っ赤な血の色だった。
唯乗り越えたかった。
嘗て出来なかったことを………やろうとしていた………。
………そうすれば償えるのだと………自分に言い聞かせながら。
……僕らは………さらに深い闇へと…………沈んで行った…………。