傷付け合う、心と心。
 真実を知らぬ者は怒り、真実を知る者は声にならない嘆きを上げる。
 怒りを露にする少年。
 理解しようと苦しむ少年。
 全てを背負い込もうとする少年。
 ねぇ、何時か分かり合える日が……本当に来るの?










 目的の島に到着し、作業員達はの指示で各指定された場所へと散らばった。
 救護班として呼ばれた真矢は、誰かが怪我をしない限り暇を持て余す。
 持って来たカメラを手に、この島の状態やファフナーを撮った。

「大勢の人の思い出が………此処にもあったんだろうな………」

 建物からしてヨーロッパ圏のものだと判断され、外の世界を知らない真矢にとっては新鮮だった。
 この島に人がいて、敵の攻撃を受けていなかったらどれだけ良かっただろうか。

「おい!」

 視線を下げると恭介が立っている。
 彼に仕事はないのだろうか。

「怪我する前に下りろよ!!」
「大丈夫ですよ〜」

 身軽に岩を飛び降り、恭介の所に行く。
 自分の出番は、きっと来ないだろうと思いながら。
 作業員が行動に出ている間、ファフナーは島を巡回して様子を伺うことになる。
 と総士は専用通信で連絡を取り合いながら、ファフナーの移動場所を決めた。
 島の地図が各機に送られ、次なるポイントが赤く点滅している。
 それを見た一騎は、ケーブルをマークフィアーに放った。
 ファフナー同士の通信手段は、このケーブルを使うしかない。

「甲洋。俺達も一時の方向へ移動するぞ」
「お前に命令される筋合いはない」
『いい加減にしろ甲洋!作戦中だぞ!!』
「………作戦か………」

 何らかの意味を含んだような声に、一騎は眉を顰めた。

「そう言って翔子を見捨てたのか!?総士!!!」

 最初は一騎を責めていた。
 ファフナーに乗って、一番助けられたのは彼だったから。
 次に甲洋が責めたのは総士。
 彼がパイロット達に指示を出して戦わせているから。
 総士が浮かべた表情の変化は、本当に僅かだった。
 声にも出さず、身動き1つしない。
 一騎、総士の順番で甲洋は責めた。
 そして最後に彼が責めるのは、翔子をブルクに止めさせた者。

だってそうだ!あいつは、ファフナーを止めることが出来たんだ!!翔子を見捨てたんだ!!!」

 翔子が言ったことを、他人が口出し出来ないと言ってブルクに止まることを許可した。
 一緒に帰っていれば、何としてでも止めた。
 自分が代わりに行っていた。
 あの時、あんなことさえ言わなければ。

「………甲洋………総士とは決して………」

 翔子を見捨てた訳ではない。
 そう伝えたかった。
 けれど、甲洋の方から通信を遮断され、ぷっつりと声が届かなくなった。
 沈黙が流れ、一騎は気まずい中ファフナーを反転させた。
 総士はモニターを見ながら、島の中へと移動して行く人々を見ていた。
 今回現地に赴いたは、調査と同時にテストも行っている。

―――総士、皆には内緒でGシステムを起動させ、密にクロッシングするわ。勿論、最悪のことを考えて島ともクロッシングしておく。

 会議が終わった後、は総士に告げた。

―――司令が言っていたのはそのことか。
―――そう。システムに入らずに起動させるテスト。何処まで出来るのか、調べないと。
―――だが、それはあまりにも……。
―――危険だってことは分かってるよ。でもさ、いずれやらなきゃならないことだから。

 の言う通り、いずれやらなければならなかったテスト。
 という少女が、一体何処まで出来るのか。
 それを調べなければならなかった。

―――それにね、あそこには何かある。
―――何か?
―――うん。それを調べて手に入れる。入れなきゃならないのよ。

 そう強く言っていた。
 総士は達を信頼している。
 何があっても、なら大丈夫だと、そう思っている。
 どう動くかは、2人が決めることだ。
 余程のことがない限り、ヘマはしない筈。
 総士はが送って来た島の地形を確認し、すぐ対応出来るようデータを整理し始めた。
 が立っていた場所から少し離れた所に、作戦本部が設けられている。
 本部と言っても、テントの中にいるのは由紀恵と調査隊の青年1人。

「作業は順調のようですね。夕方までには終わると思います」
「予定通りね」

 後ろからモニターを見ていた由紀恵は、青年の耳元に口を寄せ、声を潜めて囁いた。

「別働隊の方はどうなってる」
「現在、展開中です」

 少し焦り気味で答えた。

『状況を報告しろ』

 史彦が言った調査隊とは別に、由紀恵は別働隊を島に潜入させていた。
 目的は唯1つ。
 この島の地下中枢にあるデータを極秘で持ち帰ること。
 竜宮島の為ではなく、自分の愛する人の為に。

「予定通りにはいかないものね」

 椅子に座って足を組みながら呆れたように言う。
 そんな由紀恵に視線も向けず、青年は声を落として尋ねた。

「あの……このこと、溝口さんは知らないんですよね?」
「勿論よ」

 テントの近くにある木の下で、欠伸をしながら寝転がっている。
 彼にもが何か指示を出していたようだが、動く気は一切ないようだ。

「気にするな」

 どうせ、古い人間なのだから。




                      ◇    ◆    ◇




 ブルクには調査隊が作業を展開し、別働隊は最深部に向けて薄暗い道を歩いている。
 ファフナーは辺りを巡回し、真矢は恭介と共に木陰で休んでいた。
 そして―――は、気配を消して地下に下りていた。

「施設自体には被害が及んでない。だが、人がいた形跡はあるからグレンデル型か?」

 島自体は周りから見れば壊滅的だ。
 しかし、施設の中はいたって普通。
 被害はない。

『建物からしてヨーロッパ………しかも、中世時代を思い起こさせる島ね。擬装鏡面の欠片がまだあったから、襲撃にあったのは此処数日』
「被害はないのに電気が点いていないのは、システムに何らかの異常が発生したから」
『態々切る必要もないでしょう。つまり、誘ってるってことね』

 長い階段を下り、目的地に向けて進んで行く。
 施設内にネズミ等は存在しないが、それにしてはあまりにも静か過ぎる。
 人がいないと言う世界は、こうまでも静寂するのか。

「…………気にしているのか?…………」

 静か過ぎる空間の中で、片割れとも言えるが沈んでいる。
 その原因が何なのか、は分かっていた。

「……春日井が言ったこと、気にするな。誰も悪くない……」

 クロッシング状態であることは、史彦と総士しか知らない。
 彼らの会話はこのインカムで筒抜け。
 あの会話はちゃんと聞いていた。

『…………急ごう…………起きる前に終らせなきゃ…………』

 が心配してくれるのは良く分かる。
 けれど、弱音を吐いてはいけない。
 お互い長い付き合いなので、何を考え思っているのか手に取るように分かる。
 これ以上何を言っても弱音を吐かないと判断したは、の言う通り先を進んだ。
 インカムを外して首にかけ、耳を澄ませながら進んでいただが、ふと遠くの方で何か崩れた音が聞こえ、足を止めた。

「地下ブルクで事故発生!負傷者が1名。あっ、別働隊からも入電。入り口を発見しました!」

 青年の報告に、由紀恵は伏せていた目を開ける。
 別働隊には、調査隊と接触しないよう別ルートで最深部に向かわせた。
 それがようやく到着し、入り口を発見。
 島のコアを守る砦。
 巨大な門は堅く閉ざされ、別働隊を頑なに拒む。

「良いのか?溝口さんに報告しなくても」
「どうせ、俺達の考えは解らんよ。古い人なんだからな」

 爆弾をセットし、スイッチを押す。
 閉ざされていた門は、激しい爆発音と共に崩れ、大きな穴を作った。

「溝口さん、今の音」
「遠見さ〜ん!!」

 救護班の1人が駆け寄って来た。
 真矢は視線を上げる。

「人手が足りないの。あなたも来て頂戴!」
「はぁ〜い」

 やる気のない返事を返す。
 実際、やる気はこれっぽっちもないのだが。

「さぁ、働いた働いた!」
「溝口さんこそ仕事する気あります?に言われたんじゃないんですか?」
「若い子に吸い取られちゃった〜」

 一発殴ってやろうかと思ったが、急ぐよう言われたので怒りを止める。
 立ち去る真矢達を見送ると、恭介は真面目な顔になった。

「さてと……俺も働くかな……」

 任された、自分の仕事をする為に。





 破壊された門から入り、別働隊は目的の物を発見した。

「目標発見」
『手筈通りに進めなさい』

 各自バラバラに散らばり、1人の男がコアを管理するデータの回収に取り掛かる。

「システムがまだ生きているな」

 青く点滅しているボタンを押し、キーボードを出す。
 中のデータを1つずつ確認し始めた。
 ブリュンヒルデ・システムを間近で見ることが出来るのは、極限られた人間だけ。
 それ故、別働隊の彼らはコアそのものを今まで見たことがない。
 緋色の水の中に眠る、1人の少年。
 彼が、突然目を開けた。





 CDCにいた弓子は、突然入って来た通信を史彦に知らせた。

「上陸部隊の溝口さんから通信です」
「此方の専用回線に回してくれ」
「分かりました」

 右に移動し、澄美と綾乃が此方を見ていないかを確認すると、モニターに映った恭介に声を潜めて尋ねた。

「どうだ、そっちは……」
『先生……島で宝物でも探すつもりらしいなぁ………もし見付けた時には、俺の好きにして良いか?』
「………宝物をどうする気か、掴んでからだ」
『……分かったよ』





 データを一通り確認し終え、ディスクを取り出してポケットの中に入れた。
 後は撤収してディスクを由紀恵に渡し、任務終了になる筈だったが、ガラスの割れる音がして階段を駆け上がった。
 そこには、岩戸の中にいた少年が外に出て立っている。
 辺りを見渡し、視線を正面に向けた。

「………あなたは…………そこにいますか…………?」

 一歩、また一歩と近づいて来る少年。
 それが急接近し、目の前で立ち止まる。

「やめろぉっ」

 細める少年の目から視線が離せず、体も動かせない。
 心の中に何かが入り込み、恐怖を感じる。
 フェストゥムの呼びかけの先には、攻撃か同化。

「俺の心を………読むなぁ!」

 スーツの中でワーム・スフィアーが現われ、中にいた人間を飲み込む。

「どうした!?」

 崩れた仲間に近づき、体を起こそうと持ち上げた。
 その瞬間、ヘルメットが音を立てて転がる。
 仲間の姿は、何処にもなかった。

「……そっか……お前達が、招かれたもう1つのアルヴィスか………」
『どうした………おい………何があった!?報告しろ!!』
「此処のコアはもういない」
「……お前は……」
「………私は………お前だ」

 しゃがんでいた仲間のヘルメットが、音を立てて転がった。
 その瞬間、今まで静寂だった島に大量のフェストゥムが現われ、作業員達を襲う。

「ソロモンの予言です!アンディバレント!!アルヘノテルス型、及びグレンデル型多数断定!!」
「出現位置は!」
「北方310km!上陸部隊が作戦展開中の島です!!」
「何がきっかけだ!!」
「原因は分かりません!!」

 多数と言うことは数え切れない程なのだろう。
 作業員がいる中で、ファフナーはあまり身動きが取れない。
 また、ブルクで作業をしている人を助けることなど不可能だ。
 命令出来ると言えば唯1つ。

『すぐ脱出しろ!』

 別働隊員の内、既に2人消されてしまった。
 彼らが出来るのは逃げることのみ。
 残った隊員は慌てて逃げ出した。

「起こしたのは別働隊だろうな」

 更に地下へと下りていたは事態の変化に気付き、インカムを装着して飛び交う通信を聞いた。

『呑気に考えてる場合?こうなってしまったら、時間がないって分かってるの?』
「分かっているさ」

 内ポケットから銃を取り出し、弾がちゃんと入っているかを確認し、セーフティを外す。
 そしてマイクを口元に寄せ、胸ポケットにある小型通信機を操作した。

「総士、聞こえるか」
か。どうした』
「島にフェストゥムが現われた。作業員達が危険だ」
『何!?、君は何処にいるんだ!!』
「今、CDCに向かっている。兎に角、作業員達を守れ」

 伝えるだけ伝え終えると、総士との通信を切って由紀恵達の様子を伺う。
 混乱と恐怖に満ちた声が飛び交い、の表情は険しくなる。

「………行くぞ………」

 呟いたと同時に走り出し、CDCに向けて急いだ。
 から知らせを聞いた総士は、すぐにパイロット達に事態を知らせた。

「敵が出現した!作業員が危ない!!」

 1時の方向に移動し、次なるポイントに向けて移動しようとしていた矢先である。

「何だって!?」
「何でもっと早く分からないんだ!!」

 分かるなら、被害は最小限で済む。
 分からないから、被害は拡大する。
 総士は2人に指示を出し、作業員達の救助に向かった。

「上陸部隊を、すぐに引き上げさせろ!」

 自立迎撃システムは作動しない。
 竜宮島が出来ることは、待機中のマークドライを島に向かわせることだけだ。
 外にいた作業員達は必死になって逃げ回り、輸送機に向かう。
 後ろからはグレンデル型が追いかけて来て、前にはいきなり現われた別のグレンデル型。
 挟み撃ちになった作業員達は、恐怖の叫びを上げた。
 グレンデル型は、2人の人間に食らいつく。
 島で起こっていることが分からない彼らにとって、これ程恐ろしいものはない。

「弓子!」

 状況が分からず、しかも助けに行くことさえ叶わない。
 千鶴はいてもたってもいられず、CDCに来た。

「真矢は!?」
「落ち着いて母さん!」

 心配する気持ちは良く分かる。
 けれど、此処で焦っていても何にもならない。
 こればかりは、神に祈るしか出来ないだろう。
 そして此処にも、神に祈りを捧げそうな事態に追い込まれている者がいた。
 ブルクで起こった事故で呼ばれてた真矢は、怪我人に肩を貸しながら先を急いでいた。

「あぁぁぁ!」

 叫び声で足を止め、振り返る。
 共に救護班として活動していた女性が、グレンデル型に押し潰されている。
 真矢は助けられない悔しさと恐怖が混ざり、見捨てる形で先を進む。

「救援求む!おい!!聞いているのか!?」

 本部と通信が繋がっている筈なのに、相手の返事はない。
 それでも3人は必死になって闇の中を急いだ。

「退避状況は?」

 まだ被害を受けていない本部周辺は、急いで逃げて来る作業員達でごった返しだ。

「地下室に、まだ作業員と救護班が取り残されています」
「輸送機の発進準備の方を優先しなさい」
「見捨てるつもりかい!?」

 第三者の声に、由紀恵は顔を上げた。

「………先生………」

 とっくに非難していたと思っていた声の持ち主は、テント入り口にいる。
 由紀恵は軽く睨み付けた。

「おぉ〜怖っ。こわいこわい」

 本気で怖いと思っていないだろうに、お手上げと言わんばかりに肩を上げ、両手を挙げる。
 テントから去って行く恭介に眉を顰め、彼の後姿を見る。
 恭介は愛用の銃を持ち出し、口に含んだ飲み物をかけた。

「助けに行っても無駄ですよ」

 ぶっきらぼうに言うと、恭介は呆れた口調で言い返した。

「これだから、場数踏んでない奴は………ガキのお守りも、大人の仕事だぞ」

 銃を肩に乗せ、恭介は由紀恵の前から立ち去った。