人が決めたことを、他人である私達が口出しすることは出来ない。
 あなたが決めたと言うのなら………私は何も言わないよ。
 あなたが望んだことなら…………私は見守るよ………。
 例えどんなに時間が過ぎようとも、私は忘れない。
 私は………あなたのこと、覚えているからね………。










 マークゼクスが出撃し、スラスターを使って上空を昇っていると、1つの異変に気付いた。

「小楯さん!?」
「パワーバランスがおかしい!」

 保は急いでCDCに通信を入れた。

『マークゼクスを、一度帰還させろ!リフトエンジンを調整し直す!!』

 手元に映し出された保を見たが、史彦は視線を前に戻した。

「おい、真壁!!」
『その必要はありません!』

 制止の声を上げた総士。
 保は総士の方に視線を向けた。

「……黙っていて下さい」

 出撃してしまった以上、易々とブルクに帰還することは出来ない。
 それに、そんなことを翔子が許す筈もない。
 だが保は、総士を睨み付けて声を荒げた。

『大人に命令するな!!』

 非難の言葉を聞いても、総士が動じることなどない。
 動じるだけ無駄であると、総士自身がよく理解している。
 しかし、総士と同じように理解していても、黙ったままでいることはには出来なかった。

「子供に守られている大人が、よくそんなことを言えたものですね」
『何!?』
「散々犠牲にして来て………何を今更」
『っ!?』

 保は息を飲み、顔を引きつた。

『戻している間に、島が消えてなくねる。それを望んでいるのなら、今すぐ戻しますけど?』
『…………もう止めるんだ』

 モニターに映る総士の表情が、少しだけ悲しそうに見えた。
 は小さく溜息を付き、ブルクとCDCの通信を切った。

「総士、私達は例え誰であろうと、あなた達を非難する人間は許さないから」
『…………』
「フェストゥムが来る。一騎の方、お願いね」

 総士との通信も切り、あらゆる機能を立ち上げた。
 敵の進行を食い止めるのが第一優先。
 だが、被害を最小限に止めることも同時にしなければならない。
 酷い揺れがアルヴィスを襲う。

「アルヴィス内部被害!B棟、86ブロックまで拡大!!」
「マークゼクス!上空より接近!!」
「えぇっ!?」

 スラスターを使って上空に上がっていたゼクスは、島を襲うフェストゥムに向かって体当たりをした。
 勢いが付いていた為、フェストゥムは何歩か後退する。

「左スラスターの調子が良くないけど、こっちのシステムで何とかカバーするわ」

 左側に遠く離れた所で交戦している一騎のデータが浮かび上がり、正面は翔子とゼクスのデータ。
 右側には島と被害状況がデータ化して映し出された。
 先の攻撃で、アルヴィスの内部被害が拡大している。
 乙姫と連携して全力で島の防衛に当たっているが、Gシステムは完全ではない。

『あなたは、そこにいますか』
「翔子、大丈夫だから。奴の問に答えようとしないで」
『あなたは……そこにいますか』
『うっ………うわぁぁああぁぁ!!』
「翔子!!」

 日頃の羽佐間翔子ではなく、まるで戦う女神のように変わってしまった。
 臆することなくフェストゥムに向かい、今ある感情のままに敵を倒そうとする。
 一騎とは、決定的に違う。
 リンドブルムで海面ギリギリを飛び、フェストゥムの近くで一旦海面に突っ込む。
 酷い水飛沫が上がり、リンドブルムはフェストゥムの正面ギリギリを急上昇した。
 総士がフェストゥムに向かって攻撃するが、それは簡単に避けられる。
 だがこれは、真の目的を果たす為のカモフラージュ。
 水飛沫を上げ、海中から出て来たのはレールガンを持ったマークエルフ。

「これで……どうだぁぁああ!!」

 レールガンを胸に突き刺し、鈍い音を上げて上下に穴が開いた。

「うわぁぁああ!!」

 開いた穴に最後の攻撃をし、フェストゥムはワーム・スフィアーの中に消えた。

「やった!」
『一騎!すぐに戻れ!!アルヴィスが危ない!!』

 リンドブルムとマークエルフが再びドッキングし、急いで竜宮島に向かった。
 もはや、新国連の輸送艦隊を守る必要はない。
 今やるべきことは、新手のフェストゥムを倒すこと。

「これが……API1の……ファフナーの力なの!?」

 新国連が作っているファフナーとは、大きな差がある。
 だが、それはパイロットの腕も確かではないと意味がない。

「うわぁぁああ!!」

 新手のフェストゥム相手に、翔子はマインブレードで挑む。
 しかしこの新種では、マインブレードなどで倒すことはおろか、傷付けることも出来ない。
 1本折れても新たに出し、何度でも同じことを繰り返す。

「一騎君の、島から、出て行けぇぇ!!」

 純粋に約束を守りたいが為、翔子はマインブレードを何度も振り下ろす。
 だが、フェストゥムは硬い。
 マインブレードの方がフェストゥムに負け、2本共折れてしまった。

『羽佐間!マインブレードでは無理だ!!』

 総士が翔子を止めようとするが、耳に入っていないのだろうか。
 再びマインブレードを出した。
 しかし敵も、翔子の好きなようにさせる訳がない。
 触手を剣にさせ、マークゼクスの腹部分に突き刺した。

「うっ……」

 パイロットである翔子が、ジークフリードにいる総士が、ガーディアンにいるが、それぞれの痛みを感じた。
 フェストゥムはマークゼクスをゴミのように後ろへ放り投げる。

「脳波に乱れが生じています!」

 弓子の声に、真矢が顔を上げてモニターを見る。

「翔子!!」
「マークゼクスでは無理か……」

 機体が悪い訳ではない。
 いや、確かにスラスターに異常が確認されているのは解っている。
 しかし、根本的なのはパイロットの腕と精神状態であろう。
 翔子を悪く言うのは良くないが、何の考えもなしに攻撃しても決定的なダメージは与えられない。

「翔子!もう良いから!!もうすぐで一騎が来る。翔子はフェストゥムから離れて!!」
『………ダ………メ…………』
「翔子!?」

 上半身を起こし、銃を取り出した。
 3発程背後から撃つと、フェストゥムはゆっくり振り返った。

「うわぁぁああ!!」

 狙いを定めず、唯フェストゥムに向かって撃ち続ける翔子。

『無駄だ!羽佐間!!羽佐間!!!』
『もう止めて!!翔子!!!』

 総士の声も、の声も届いていない。
 恐怖を感じているのか、そうではないのか。
 叫び声を上げながら引き金を引く。
 フェストゥムは乱射するマークゼクスの手から銃を投げ払った。

「うっ……うぅっ!うわぁぁあああ!!」

 スラスターを全開にし、フェストゥムに急接近する。

「はぁぁあああぁぁ!!!!」

 2度目の体当たりをした翔子だが、今回はレイジング・カッターを使ってフェストゥムとマークゼクスを巻き付けた。

『何をする気だ!?』
「……このまま……島から離すわ……」

 全てのスラスターを使用し、フェストゥム諸共上空へ上がって行くマークゼクス。

「よし、上空でノルンに攻撃させる」

 ジークフリード・システムからブリュンヒルデ・システムに働きかけ、ノルンを新たに4機出した。
 ノルンはマークゼクスの近くに付く。

「もういいぞ!スフィンクスを離せ!!」

 ノルンは来た。
 島からも離れた。
 後は、マークゼクスがフェストゥムと離れれば問題はない。
 だが、聞こえている筈の声に、翔子は返事もしなければ行動にも移さなかった。

「どうした!?羽佐間!!」
『……そ………ぅし………』

 翔子の声ではなく、苦しそうに名前を呼ぶの声が聞こえた。

!?羽佐間、何があった!!」
『………離れない………』
「何!?っ!」

 遅れて感じてきた痛み。
 同化しようとしているフェストゥム。
 だが、翔子は怯えることなく安定した心拍数で目の前のフェストゥムを見ている。

『脱出しろ!羽佐間!!』

 幸い、同化は機体のみになっている。
 今ならまだ、パイロットだけでも助けることが出来る。
 総士はすぐにコックピットを射出させようとした。

「………皆城君………私……フェンリルを使う……」
『コード認証。フェンリル、起動』

 総士とが、同時に息を飲み込んだ。

「………羽佐間………」
『……翔子……』

 3分と表示され、既にカウントダウンは開始されている。
 それにも拘らず、過ぎ去る時間が長い。

『フェンリル。解除コード、アクセス不能』

 感情のない、機械の声。

「……一騎君……あなたの島………私が守るから………」

 約束を、守る為に。

「ん?」

 竜宮島から伸びる、白くて長い煙。
 その先には、翔子が乗ったマークゼクスがいた。

「翔子が、何で!?」

 一騎はリンドブルムで急上昇し、翔子の元へ向かう。

「一騎君!?」

 来るとは思っていなかった。
 約束を守る為にも、一騎には来て欲しくなかった。

「総士、!どうなってるんだ、一体!馬鹿な真似はよせ!!翔子!!!」

 声は、届かない。
 総士やには届いても、一騎の声は翔子に……届かない。
 そして地上にいる者達の声も、翔子には届かない。

「……皆城君……ちゃん…………翔子を…………返して………」

 長くて暗い階段を上がる容子にも。

「甲洋!!」

 待機室から飛び出す甲洋にも。

「パイロット候補生は待機中だ!勝手に持ち場を離れるな」

 候補生の面倒を見る由紀恵にも。

「おい!こら!!」

 甲洋の後を追い、外へ行こうと走り出す咲良、剣司、衛にも。

「翔子!!」
「あっ!真矢!!」

 CDCで弓子の補佐をしていた真矢にも、誰の言葉も届かない。
 ふらつく足取り。
 真っ暗になる世界。
 呆然とする意識。
 容子が見上げた空には、島から上る太くて白い煙。

「………翔子!」

 外に出た甲洋達。
 別の場所で同じモノを見上げた真矢。

『フェンリル。解放レベル、MAX設定』

 時間もそう多く残されていない。
 未来に生きる時間が表示されていると言うのは、あまりにも酷すぎる。

「………羽佐間………」

 コックピットの射出は、総士には出来ない。
 フェンリルも止められない。
 翔子に残された道は、1つしかない。
 ノルンは総士の意志に従い、マークゼクスから離れた。

「翔子ぉぉぉぉ!!!」

 何とかして助けようとする一騎。
 しかし、リンドブルムではマークゼクスに追いつくことは出来ない。

「…………翔子…………」

 呟かれた、娘の名前。

―――まんま、まんまぁ。
―――そぉ、ママ。ママよ〜。
―――まんまぁ。

 言葉を少しずつ覚えだした頃の記憶。

―――はい。
―――わぁい!

 麦藁帽子を上げた、ある夏の記憶。

―――お母さん、どうして私、翔子って名前なのぉ?
―――それはね、空高く羽ばたいて欲しいからよ。
―――羽ばたくぅ?
―――お空を、飛ぶことよ。
―――おのお空を羽ばたくのね!

 嬉しそうに笑い、手を偽りの空へ広げた。
 偽りの、守られた空に……。

―――………あなたの………子供じゃないんだから…………。

「……ごめんね……あんなこと言って……お母さん……」

 あんなこと、言うつもりじゃなかった。
 だって、凄く好きだったから。
 大切に育ててくれて、愛情をくれたから。

『………翔子………今なら、まだ脱出出来る………』

 静かに、そして重たく感じられる声。

「あのね……聞きたいことが………あるの。の時………どうしてあんなこと、言ったの?」

―――……翔子………あなたは私じゃないんだから、自分で道を決めて良いんだよ?

 過去にが言った、翔子への言葉。

ちゃんと君……本当は何なの……?」

 双子なのだと、勝手に決め付けている。
 けれど、2人から直接聞いた訳ではない。
 良く似ているし、双子だと思って間違いないだろう。
 でも何故か、何かが引っかかる。

「………ちゃん………あなたは何者……なの?」

 翔子からへの質問。
 CDCとは通信を切ってある。
 ブルクとも繋がらない。
 この声は、ジークフリード・システムにいる総士にしか聞こえない。

『……………私は………………』

 告げられる真実は、翔子と総士の2人だけしか聞こえない。
 の口から静かに告げられるソレに、翔子は驚いた。

「……そぉ……だったんだ…………ごめんね、ちゃん………」
『……翔子……』
「本当のこと、教えてくれて………ありがとう」
『……ごめん……ね……』

 何も出来なくて。
 救ってやれなくて。
 本当に、ごめんなさい。

「……ちゃん……ファフナーのクロッシングを………解除して………」
『…………ずっと……傍にいて上げられなかったから………いるよ……』
「……ありがとう…………私…………約束…………守れたかな…………?」

 大好きな人と、大切な人達と、たくさんの思い出と、竜宮島を守ることが出来たかな。
 大切な約束……守れたかな。

「…………一騎君…………」

 モニターに表示されていたカウントが、0になった。
 白い光が広がり、翔子を優しく包み込む。
 一粒の涙が、翔子の頬に流れた。

「                             」

 最後に呟かれた言葉に、は唇を咬んだ。
 アルヴィスの外で、何かが破壊される爆発音が響いた。
 直線ではなく、空に向かって伸びた白い煙は、永遠に続くことなく途中で途切れた。

「………どう………なったの…………?」

 唯見上げるしか出来ない、遥か先の空。
 モニター表示されていた物は、全て緑へと変わる。

「マークゼクス、フェストゥムと共に、消滅しました」

 告げたくもない、この真実。
 涙を流す者はいなくとも、心の中で静かに流していた。

「うわぁぁああ……!ぁぁああぁ…………」

 先のない白い煙。

「…………嘘でしょ…………嘘だよね………翔子………」

 竜宮島まで聞こえた爆発音。

「敵は消えたわ」
「えっ?」
「…………貴重なマークゼクスと、一緒にね…………」
「そんな………」

 全てが無に返り、全てを奪った。
 笑顔も、声も、想いも、全て………。





 見上げてごらん。
 あの日……晴れた日に、雨が降ったね。
 でも、雨に濡れる僕達に…………彼女はそっと、笑顔の傘を差し出してくれたよ。
 ………………空よ………………泣かないで…………と………………。





 交わした筈の約束は、こんなものではなかった。
 途切れた煙は、一騎の無力さを示すようで……。
 ただただ、途切れた煙の先に、翔子の姿はなく。
 あるのは、皮肉な程に晴れた………蒼い空だった。

「うわぁあああぁああ―――――」

 嘆く声は、もう二度と翔子には届かない…………。