何時でも羨ましいと思っていた。
普通の人間として接することが出来る皆を、心から羨ましいと思った。
何時も感じる大きくて分厚い壁。
あなたには、それがなかった。
だから何時も、羨ましいと思っていた。
あなたは私にとって……憧れでした。
新手のフェストゥムは容赦なく島を破壊していた。
島の至る所から煙が上がり、ワーム・スフィアーで抉り取られた跡が残る。
フェストゥムに一番近い迎撃システムを起動させ、ミサイルを撃ち込む。
だが、それがフェストゥムに当たることなどなかった。
は舌打ちをした。
『マークエルフの状態は!?』
『現在、輸送艦隊を防衛展開中!』
『今戻ることは出来ません!』
マークエルフは輸送艦隊の救援に向かってフェストゥムと戦っているのだから、今戻ることなど不可能。
一騎はミサイルの照準を合わし、フェストゥムに向かって撃ち込んだ。
これまでの経験上、ミサイルで敵を倒せたことがない。
直撃したにも拘らず、フェストゥムには傷1つ付いていなかった。
「ちっ」
早く倒して島に向かわなければならないと言うのに。
一騎は不安と焦りを感じていた。
「45ブロック、地上に被害拡大!」
「防衛体制強化!奴の動きを止めろ!!」
4機のノルンをフェストゥムの周りに配置させ、ファフナー保護用のバリアーで動きを封じ込めた。
しかし、動きを止めていられたのは僅か数秒。
バリアーにも強化をしていたので容易く破られることはなかったのだが、触手のようなものを伸ばして1機を破壊。
1機なくなればバリアーは簡単に壊れる。
そして残りのノルンも破壊されてしまった。
フェストゥムは、破壊と進行を止めない。
「敵、アルヴィスの装甲外壁に到達!」
剥き出したとなったアルヴィスの装甲外壁。
それだけに止まらず、さらにワーム・スフィアーで装甲外壁を破る。
「B1、45ブロック。被弾!」
緊急防壁が作動された。
『目標、さらに直下に向けて攻撃を繰り返しています!』
『奴の目的はワルキューレの岩戸か!』
は最深部にあるワルキューレの岩戸にアクセスし、水溶防壁を作動させて防衛体制に入った。
いくら防壁しようとも、あのワーム・スフィアーから逃れることは出来ない。
最深部に到着するのも時間の問題である。
(どうする)
今の候補者ではファフナーに乗れない。
此処はやはり、彼らに出撃して貰うしかないのだろうか。
史彦は手を握り締める。
「ノルン、更に4機撃墜!」
破壊される島の戦闘機。
壊される島の大地。
楽しかった思い出も、平和だった日々も、全て敵に奪われた。
『スフィンクスの進行を止められません!!』
家から出ることが許されなかった日々。
それが許され、皆と一緒にいることが出来る場所を見付けた。
そして何よりも、大切な人と同じ場所でいられることが嬉しかった。
だが、そんな幸福も敵が来れば破壊される。
思い出の場所も、お気に入りの場所も、友達も、人も、何もかもが奪われる。
そんなのは嫌だ。
―――私は、あなたの帰って来る場所を、守っています。
―――……頼む。
初めて交わした約束。
それが自分にとってどれだけ特別な約束か。
―――……一騎君。
出撃前に会った大切な人は、小さく笑ってくれた。
あれは他の誰でもない、自分だけに向けられた笑顔。
―――必ず戻って来てね。
―――約束だよ。
何よりも、そして誰よりも大切な約束。
―――……翔子………あなたは私じゃないんだから、自分で道を決めて良いんだよ?
あの時何故、があんなことを言ったのは解らなかった。
―――皆にはまだ、選べるだけの道と時間がある。
選べるだけの道と時間。
私、自分で選んだよ。
自分の意志で決めたよ。
―――だから、自分の気持ちに素直になって……勇気を出してみたら?
自分の気持ちに素直になって、勇気を出したよ。
これが私の選んだ道。
『B3、25ブロックまで隔壁閉鎖!』
『ノルン、波状攻撃態勢に入ります!ワルキューレの岩戸、直上9ブロックまで破壊されました!!』
『第18番、24番、26番、自立迎撃システム、反応ありまえん!』
ブルクでマークゼクスの調整をしていた容子は、CDCから流れる現在状況を聞きながら手を動かしていた。
ふと視界の端に人が入り、そちらに目を向ける。
ピンクのシナジェティック・スーツを着た、髪の長い少女。
一瞬かと思ったが、今はガーディアン・システムに入って敵の進行を防いでいる。
つまり、マークゼクスのコックピットに向かっている少女は自分の娘。
「翔子…?」
翔子はゼクスのコックピットに乗り込む為、小さなリフトに乗ろうとした。
「翔子!」
「……お母さん……」
「何でシナジェティック・スーツを?」
翔子は今、病室で休んでいる筈。
それなのに、翔子はシナジェティック・スーツを着ていた。
「どう言うつもりなの!?言いなさい!!」
「私……、あいつと戦うわ!」
容子は驚きの声を上げた。
そして同時に、翔子の目は今まで一度も見たことがない程強い瞳をしている。
だが、だからと言って出撃を許すことなど出来ない。
「馬鹿言わないで!」
「私だって……この島を守りたい」
「島の為にあなたが危険を冒すことなんて!!」
「島の為じゃないわ!」
翔子は強く否定した。
そう、島の為なんかじゃない。
それよりももっと大事な人を守りたい。
翔子は目に涙を浮かべた。
「一騎君の為よ!!」
今、必死になって戦っている一騎の帰る場所を守る為。
一騎と交わした大切な約束を守る為。
そう、全ては真壁一騎と言う、何よりも大切な人の為に。
『一騎!レイジング・カッターを使え!!』
リンドブルムがフェストゥムに向かって降下し、ワイヤーを巻き付けた。
「やった!」
輸送艦隊から引き離し、戦闘を試みようとしたのだが、フェストゥムは攻撃をした。
リンドブルムが被弾し、バランスを崩す。
「うわぁぁぁ!」
一騎は吹き飛ばされてしまった。
大切な人が、危険を犯してでも島を守ろうとしている。
私の為ではなく、島の為に戦っている。
でも私は、あなたの為に戦いたいの。
約束を、唯守りたいだけなの。
「翔子!あなたは身体が弱いのよ!最初から無理なんだから!!」
必死で止めようとするお母さん。
解ってるよ、それくらい。
だって、身体が弱いから学校にも行けず、外にも出られなかった。
でも……でもね。
「……私達……生まれた時から、戦うことが決まってたんでしょう?」
平和な日々を、壊されたあの日。
教えてくれた、この島の秘密。
「自分の意志で!……戦いたいの……それくらい、許されるでしょう?」
私、酷い子供だね。
「………あなたの………子供じゃないんだから…………」
蘇る、過去の記憶。
結婚していなかった当時、アルベリヒド機関から子供を授かった。
―――今日からあなたの子供になる赤ちゃんです。
―――ありがとうございます。
初めて抱いた、小さくて可愛い赤ちゃん。
どんなことがあっても、必ず守ってみせると決めた。
「一騎君と、約束したのよ………私、約束を守りたい」
大切な、大好きな人と交わした約束だから。
例え止められても、私は行くよ。
だって、頼むって言ってくれたんだもの。
何も出来なくて、迷惑かけてばかりの私に。
だから、この約束は特別なの。
翔子の腕を掴んでいた容子は、握り締める力を弱め、手を離した。
翔子はすぐにリフトに乗り、コックピットに入る。
容子の目の前でコックピットが閉められ、マークゼクスの中に移動した。
初めて入るコックピット。
周りは薄暗く、何もない。
一度辺りを見渡し、指を入れるような物を見付けた。
翔子は意を決して指を入れた。
ニーベルングが起動され、翔子の体に鋭い痛みが走り、叫び声を上げた。
(……一騎君も……この痛みを………同じなんだ……)
それが凄く嬉しかった。
容子と同じようにブルクで作業していた保は、ゼクスが起動しているのに気付いた。
「何故起動してる!?羽佐間さん!マークゼクスに誰が!?羽佐間さん!!」
(翔子を……止めなきゃ)
容子は急いでジークフリード・システムにいる総士に通信を入れた。
「何?マークゼクスを出すのか?」
『マークゼクス?』
防衛を強化しつつ、ノルンでフェストゥムに攻撃を仕掛けていたは、史彦の声を聞いて一瞬動きを止めた。
確認する為にジークフリードとブルクに通信を入れる。
すると丁度、容子が総士に通信を入れているところだった。
『お願い!翔子を止めて!!皆城君!!』
必死で頼み込む容子。
だが、総士は口を瞑ったまま前を向いていた。
「皆城君!!ちゃんもお願い!!」
返事をしない総士に不安を抱き、通信を入れて来たにも頼み込む。
だが、2人が返事をする前にゼクスは海底へと下りて行った。
「翔子!?」
『……島を守るのが、僕らの任務です。それに……』
そう、それに決まっていたことなのだ。
生まれた時から戦うことが決まっていた子供。
シナジェティック・コードの形成数値で、子供達の未来が決まる。
「マークゼクスのパイロットは、羽佐間翔子が一番適している。それはご承知でしたよね。羽佐間先生は」
『そ、それは………』
承知済みだった。
しかし、乗ることはないと思っていた。
身体が弱い子で、困ったことは多かった。
けれど、アルヴィスに呼ばれた時は何処かで安心していた。
身体的なハンデがある場合、ファフナーに乗る可能性は極めて低いからだ。
だから、自分の娘は絶対に乗らないと、心の奥底で思っていた。
『、ナイトヘーレを』
『……今……やってる。第6ナイトヘーレ、開門確認』
『出撃だ……羽佐間……』
「……ありがとう……皆城君、ちゃん……」
私の意志を尊重してくれて………ありがとう。
『………翔子………舌を噛まないでね』
「うん」
ナイトヘーレを使うのはこれで2度目。
海中での加速を付け、一気に海面に出た。
『翔子、ファフナーそのものを感じて。マークゼクスは空戦型で、軽量の飛行ユニットを持っている。スラスターを使って、空を飛ぶようにイメージするの』
「解った」
何時も部屋から見ていた空。
そして自由に飛ぶ鳥達を思い浮かべ、翔子はスラスターを使って上った。
「マークゼクス?」
CDCの弓子から入った通信で、由紀恵は眉を顰めた。
パイロット候補は此処にいる。
翔子は病室で休んでいると聞いていた。
では、一体誰が。
「パイロットは誰なの?」
「………まさか」
嫌な予感が甲洋を襲った。
「えっ?」
真矢は思わず弓子の方を見る。
今、姉はパイロットの名前を何と言っただろうか。
「……ホントに、翔子なの……?」
病室で休んでいた筈なのに、何故?
それよりも、身体が弱い筈なのにどうして?
真矢の頭の中では、翔子に対する疑問ばかりが浮かび上がる。
モニターには、空へ上がって行く白いファフナーが1機。
ねぇ、翔子。
どうしてそんなに空の元へ行くの?
どうしてそんなモノに乗っているの?
ねぇ……答えてよ、翔子………。
あなたは今………何を思っているの…………?