強がっているのかもしれない。
 逃げているだけなのかもしれない。
 けれど、気付かないフリをしている。
 気にしている余裕なんて残されていないから。
 今は唯、自分の任務を果たすだけしか出来ない。
 だから、ごめんね……。










 早朝5時を回った頃、ガーディアン・ルームで数人のメカニック達が忙しく動いていた。
 昨日の晩、ガーディアン・システムを初期化してから既に9時間は経過している。
 その内4時間は睡眠に当てられ、現在最終調整に取り掛かっていた。

「何とか午前中にはテストも出来そうっすね、おやっさん」
「あぁ、一時はどうなることかと思ったが………何とか間に合ったな」

 ガーディアン・システムを見上げ、保と一平は安堵の表情を浮かべた。
 システムの再構築も行われ、このままシステムエラーが出なければ全てがクリアとなる。

君、お疲れ様」
「羽佐間さん」

 コンソールの前でずっと画面を見ていたに、容子が冷たいタオルを手渡した。
 お礼を言ってそれを受け取り、疲れた目に当てる。

「島の全システムとリンクしているのね」
「えぇ………クリアするまでに、あと1時間はかかりそうです」
「仕方がないことだわ。このガーディアン・システムは島の防衛を強化出来る唯一のシステム。ファフナーだけでなく、島と一体化出来るんですもの。ジークフリード・システムとは違って、より難しいシステムなのよ」
「分かっています。でも、これでやっと島の強化が出来ます」
「そうね」

 タオルを取り、座っていたは立ち上がる。

「俺、と交代して来ます」
「えぇ、分かったわ」

 軽く頭を下げ、腕を回しながらガーディアン・ルームを出て行く。
 バーンツヴェックに乗り込み、椅子に座って身体を預ける。
 そのまま目を閉じ、深い眠りについた。
 暫くして、感情のないアナウンスが流れた。

『まもなく、アルヴィスに到着します』

 閉じていた目が開かれ、括っていた髪を下ろす。
 そっと手を胸に当て、優しく微笑む。

「お疲れ様、
『到着しました』

 椅子から立ち上がり、コートを脱いで裏返した。
 は何事もなかったかのようにコートを着てバーンツヴェックから降りる。
 足は昨日が向った病室。
 多分真矢も一緒に寝ているだろう。
 足音を消し、病室のドアを開ける。
 薄暗い部屋の中、規則正しい寝息が耳に入った。
 翔子の傍まで行くと、そっと手を額に当てる。
 次は手首に触れ、心拍数を計った。

(良かった。今日は比較的安定状態ね)

 安堵の表情を浮かべ、ベッドから離れる。
 すると、翔子の声が耳に入った。

「…………ちゃん?」
「あぁ……起こしちゃった?ごめんね」
「ううん。平気だよ」

 翔子は小さく笑って上半身を起こした。
 まだ眠たいらしく、呆然としている。

「今は比較的安定してるけど、油断は禁物だからね。午前は休んで、大丈夫そうだったら午後から起きて良いよ」
「…うん……ありがとう」
「こんなことしか、出来ないからね」

 苦笑すると、翔子は首を横に振った。

ちゃんには何時も助けられてるよ?昨日のご飯もありがとう」
「全部食べれた?」
「うん、美味しかった」
「そう。それは良かった」

 クスッと笑うと、翔子も同じように笑った。

「此処に来てから元気だったから、少し安心してたんだよ?」
「だって、皆と一緒にいられるんだもん」
「翔子にとっては、何よりの幸せね」
「うん」

 嬉しそうに笑う翔子。
 は内心この笑顔を複雑に受け止めていた。
 当たり前が出来ない翔子。
 こうして皆と一緒にいられる此処が、翔子にとってはある種の楽園。

(……あの人と………同じ、なんだよね………)

 学校に行くことも出来ず、ただ窓から眺めているだけ。
 何も出来ない自分。
 皆と一緒にいられることを望んだ翔子。
 は気付かれないように手を握り締め、歯を食いしばった。

ちゃん?」

 ハッと顔を上げると、翔子が心配そうな表情で見ている。

「ご、ごめん。ちょっと考えごとしてた」
「大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫だよ。これからテストをしなきゃいけないし、こんな所で根を上げていられないわ」
「……そう……」

 心配そうな表情を浮かべたまま、翔子は肩を落とした。
 その肩を優しく叩いてやり、は優しく微笑む。

「そろそろ行くね。まだ寝てるんだよ?」
「あっ、うん」

 部屋を出ようとするの後姿を、翔子は呆然と見詰めていた。
 はドアの所で肩越しに振り返る。

「……翔子………あなたは私じゃないんだから、自分で道を決めて良いんだよ?」
「えっ?」
「皆にはまだ、選べるだけの道と時間がある。だから、自分の気持ちに素直になって……勇気を出してみたら?」
「……ちゃん……」
「それじゃ」

 1枚の壁が、の姿を翔子の前から消した。
 暫く呆然としていた翔子だが、再び横になって目を瞑った。
 逆に隣で寝ていた真矢が目を開け、翔子の方を見た。

(……何で、あんなこと……)

 真矢はが入って来たところから起きていた。
 だから、2人の会話を聞いていたのだ。
 時刻はもうすぐ6時になる。
 真矢は暫く茫然と起きていたが、やがて横になってもう一度目を閉じた。
 一方、病室を出たは走っていた。
 ガーディアン・ルームに行くのではなく、アルヴィスにある総士の自室に向って。
 総士の部屋が目に入ると、タッチパネルに解除キーを叩き込んで中に入る。

「総士!?」

 部屋の主はソファーの近くで倒れており、苦しそうに胸を押さえていた。
 は総士の元に駆け寄り、上半身を起こす。

「総士、薬は!?」
「あっ……ぁ……くぅっ」
「ちょっと待ってて!」

 身体を支え、ソファーの上に総士を乗せる。
 それから洗面台に置いてある薬と、コップに水を入れて総士の元に戻る。
 薬を口の中に入れ、コップを口元に持って行く。

「総士、飲んで」

 水を流し込むと、苦しそうな表情をしながらも薬を飲み込んだ。
 その後すぐに咳をしたが、が総士の背中を何度も摩ってやる。

「大丈夫、大丈夫だから」

 薬はすぐに利くものではない。
 戦闘時にパイロットが感じた痛みは、ジークフリード・システムを操る総士に伝わる。
 その後も、総士にのみ後遺症のように再現される為、数種類の錠剤を併用してフラッシュバックを抑えていた。
 苦しむ総士を落ち着くまでずっと抱き締める
 やがて苦しんでいた総士が落ち着き始め、そっと顔を覗くと疲れきった表情で意識を手放していた。

「もう、大丈夫だよ」

 額に浮かび上がった汗をハンカチで拭う。
 前髪を払うと、痛々しい傷が目に入った。
 それにそっと触れる。

「………総士……もう少しだけ、休んでおいてね」

 自分に少し凭れかけさせ、もそっと目を閉じた。




                     ◇    ◆    ◇




 ふっと意識が浮上した。
 目をゆっくり開けると、見慣れた天井が目に入った。

「あ、起きた?」

 除き込むように顔を見せたのは
 総士は目を細め、ゆっくりと身体を起こす。

「痛みはない?」
「…………あぁ」
「そっか、良かった」

 にっこり笑うに、総士は眉を顰めた。

「何故、分かったんだ?」

 突然襲ったフラッシュバック。

「何故って………ほら、私あれだし」

 忘れたの、と言いたげな表情を浮かべる。

「………その言い方、僕は好きじゃない」
「だって、事実じゃない」
だ」

 頑固だなぁ、と呑気なことを言う
 だが、嬉しそうに笑ってお礼を言った。

「私、Gシステムの所に行くね。テスト運転始めないと」
「あぁ」
「ちゃんとご飯食べてCDCに行ってね」
「あぁ」

 は笑って手を振ると、総士の部屋を出てガーディアン・ルームに向う。
 残された総士は暫くぼーっとしていたが、やがて時計に目をやって同じように出て行った。
 昨日、翔子が倒れたことをから報告を受けている。
 それに一騎、真矢、甲洋がアルヴィスに泊まっていることも、から聞いていた。
 パイロット及び候補生が主に使う休憩室、サードルームに足を運ぶ総士。
 休憩室にはシートが1つだけ倒されており、見慣れた服が目に入った。
 一騎だ。
 そっと近付くと、閉じていた目がゆっくりと開けられる。
 茫然と天井を見詰める一騎の視界に、総士が映った。

「あまり、関わらない方がいい」
「総士?」

 何を言っているのか、一騎は理解出来なかった。
 不思議そうに顔を覗き込むと、総士は目を伏せた。

「……もう……友達のままでは……いられないんだ……」
「それって………どう言う………」

 総士は何も答えず、その場を逃れるかのように立ち去った。
 一騎はその後を追うことも出来ず、茫然とドアを見詰めていた。





 ガーディアン・ルームに到着した頃には、全システムとのリンクが完了し終えた後だった。
 全課に通達が入り、Gシステムの運転テストが開始されたのは30分後。

「ようやくGシステムが使えるようになったか。彼女の容態は」
「変化なし。ジークフリード・システムとのクロッシングも、一瞬の内に出来ました」
「後は、ファフナーに乗ったパイロットとのクロッシングのみ……か」

 史彦は腕を組んで背凭れに身を預けた。

「Gシステム、ジークフリード・システムとのクロッシングを解除。ファフナーへのクロッシングを開始します」
「進めてくれ。総士君、君は降りて来てくれ」
『了解』
「ねぇお姉ちゃん。Gシステムって……一体何?」

 朝から行われているテストに、真矢はどうも理解出来ていなかった。

「本来の名前をガーディアン・システムって言ってね、ジークフリード・システムと良く似ているの。ファフナーや島と一体化が出来て、ファフナーには機動性が上がり、島は防衛が強化されるって訳」
『強化にも限度はあるんだけどね』

 聞きなれた声が耳元で聞こえたので、真矢は思わず振り返った。
 真矢の目に映ったのは、全身緋色の

「えっ…………えぇぇぇぇえぇぇ!?なっ!!?」
『叫ばないでよ、真矢』

 真矢は思わず椅子から立ち上がった。
 幽霊のように宙に浮き、腰に手を合って呆れ顔をしている。
 弓子が腹を抱えて笑っているのが見えた。

「驚くことはない。これが、島と一体化した時に出来る現象だ」
『あっ、総士』

 ふわりと飛び、上のフロアーに行く
 真矢は未だに信じられない目で見ている。

「調子はどうだ、
『平気。Gシステムに乗るのも久しぶりだから、ちょっと間隔鈍ってるけど』
「仕方がないわ。ガーディアン・システムはジークフリード・システムと違って、多少癖のあるシステムだから」
『解ってはいるんですけどね。慣れるまでに時間がかかりそう』

 苦笑いを浮かべながら言っただが、何かの気配を感じ取ったかのようにメインモニターに視線を送った。
 その直後にSOLOMONと言う文字が浮かび上がり、敵の出現をCDCに知らせた。

「ソロモンの予言です!」
「出現位置は?」
『……かなり遠い………海底、新国連の輸送艦隊がいる所っ!』
「ソロモンに反応あり!アンディバレンド!スフィンクス型と断定!!」

 CDCが一瞬の内に緊張の渦へと巻き込まれた。
 真矢は慌てて席に着く。

「通信補佐、お願いね」
「うん」
「了解でしょう!」
「……了解」
「遠見!」

 上を見上げれば、総士とが此方を見下ろしていた。

「落ち着いてやれば、大丈夫だ!」
「…はい…」
「落ち着いてね」

 真矢はムスッとした表情で弓子を見た。
 そしてモニターに視線をやる。

「司令!新国連から、救援を求める通信が入っています!!」
「……沈んでくれれば……良いものを……」

 呟くような声は、史彦との耳にだけ入った。

『その方が、此方にとっても好都合なんだけどね』
「しかし、無視する訳にもいくまい。マークエルフを飛ばしてくれ」
「解りました。、君も準備するんだ」
『了解』

 CDCから姿を消し、総士もジークフリードに乗り込んだ。




 フェストゥムの出現を知った翔子は上半身を起こした。

「まだ、治っていないだろう」

 傍に付いていた甲洋は、翔子がベッドから出ようとするのを止めた。

「……大丈夫……」

 そっと右肩に置かれた手に触れる。
 甲洋は慌てて手を引っ込めた。

「あっ!ご、ごめん!!」

 翔子は気にしていないらしく、自分の思いを告げた。

「……私にも……仕事があるから……一騎君を助けるのが、私の仕事だから……」

 何かを必死に守ろうとする翔子。
 その対象が、自分ではないのだと良く理解している。
 それでも良い。
 翔子と一緒にいて、笑っている姿を見られるだけでも良い。

「俺に何か……出来ることないか?羽佐間……」
「……春日井君……」

 甲洋は翔子の体を支えながら病室を出た。
 行き先は、一騎が必ず来るファフナーブルク。
 バーンツヴェックに乗り込み、ブルクに到着するまで肩を貸してやった。

『ファフナー、機動フェイズスタンバイ!パイロットは、コックピットブロックへ!!』
『まもなく、ファフナーブルクに到着します』
「着いたよ」

 2人はバーンツヴェックから降り、一騎の乗るマークエルフのコックピットブロック近くで待っていた。
 1人の走る足音が、次第に大きくなってくる。

「えぇ!?」

 シナジェティック・スーツに着替え直した一騎が、走るのを止めて足を止めた。

「……一騎君……」
「翔子?」

 まだ病室で休んでいた筈なのに、何故。
 一騎は困惑な表情を浮かべた。

「……また……出撃するんだね」
「うん」
「必ずこの島に戻って来てね」

 返事は……出来なかった。
 前の戦闘時、ワーム・スフィアーに飲み込まれて死ぬかと思った。
 結果的には島の戦闘機に助けて貰ったが、次はどうなるか解らない。
 けれど、答えない代わりに小さく笑った。

「その時には、私が此処でアシストするから。必ず此処に戻って来てね」
「あぁ」

 向けられる笑顔。
 かけられる言葉は何時も一騎。
 それが悔しくて、辛くて、甲洋は嫉妬していた。
 けれど翔子が、楽しそうに笑ってくれるならと、何時も目を背けていた。

「約束だよ」

 約束。
 彼女と交わしたことのないモノ。

「私は、あなたの帰って来る場所を、守っています」

 友達同士が交わす約束とは違う。
 少しだけ違う、翔子と一騎の約束。

「……頼む」

 出撃をして、帰って来た時にこの島がなかったら。
 そんなことなど、絶対にあってはならない。
 一騎が再び足を動かそうとした時、甲洋の斜め後ろで浮かぶ緋色の幻影に目を見張った。

!?」
「「え?」」

 翔子と甲洋が後ろに振り返る。
 そこには確かにがいた。
 全身緋色で、宙に浮いている。

『一騎、急いでファフナーに乗りなさい。クロッシングが出来ないわ』
「な、何でお前が此処に……」
『ガーディアン・システムが正常に起動したの。ファフナーと島に一体化することが出来るシステムよ。詳しく説明している時間はないわ。ファフナーだけでのクロッシングテストは出来ているけど、パイロットありのクロッシングテストはやってないのよ』
「あっ、あぁ」

 厳しい口調のに戸惑いながらも、一騎は急いでコックピットブロックに乗り込んだ。
 残された翔子と甲洋は、一騎がファフナーの中に入るのを見届ける。

『戦闘になれば、この島にも被害が及ぶ。2人は急いで狩谷先生の所に行って』
「……私は……此処に残る………一騎君と約束……したから………」
「けどっ、羽佐間」
『解った。でも、此処にいたら作業員の邪魔になる。翔子はブルクの待機室にいて』
!?」
『翔子が決めたことよ。口出し、出来ないでしょう』

 何時ものとは思えない。
 甲洋は押し黙り、それを見たは姿を消した。

「私なら大丈夫。春日井君は、皆の所に行って?」
「……羽佐間……無理、するなよ」
「うん」

 翔子1人を置いて行くのは辛いが、の言う通り翔子が決めたこと。
 甲洋は走ってバーンツヴェックに向かった。
 これが甲洋にとって、翔子との最後の会話となるとは………誰も想像していなかった。