何も知らないあなたは、私達を軽蔑するだろうか。
 私達がすることを、嫌ってしまうだろうか。
 冷たいと、酷い奴だと、そう思うのかな……。
 それでも、私達は前を向いて歩かなきゃいけない。
 どれだけ酷い言葉を言われても、離れてしまっても、嫌われてもいい。
 何時か、理解してくれる日が来ることを願っているから………。










 は何時以上の速さで手を動かしていた。
 モニターに流れる文字を読み、慌しくシステムを立ち上げていく。

「新国連探索機、スフィンクス型と接触しました!」
「連中が何処まで逃げ切れるか……、だな。出航フェイズは?」
「αライン、フェイズ82から96までクリア!」
「βラインはフェイズ63。まだ半分も行ってません」
「γ、δ共にフェイズ102。竜宮島、向島、剛瑠島、慶樹島、紅蓮島のコンタクトまで、残り300秒」
「………そうか」

 囮になって貰っている新国連機に、早々と沈んでもらっては困る。
 だからこそ焦ってはいるが、こればかりは手も足も出ない。
 全ては、ブリュンヒルデ・システムである彼女の意志だ。

「弓子さん、島民に移動開始時刻変更の知らせを。竜宮は、今日の19時に移動を開始します」
「了解」

 もしかしたらもっと早くに出航するかもしれない。
 此方としては、今直ぐにでも出航した気持ちでいる。
 兎に角今は、少しでも早く出航出来るようにシステムを立ち上げていくしかない。
 インカムを外している為、一騎達との連絡は取れない今、フェストゥムがどうなっているのかは知らない。
 よっぽどのことがない限り、あの2人なら問題はないだろう。

『いいか、一騎……絶対に手を出すな。これは、救出作戦ではない』
「くっ」

 目の前で必死に逃げているのに、助けることさえ出来ない。
 一体何故、総士が助けるなと言うのか解らない。
 相手は、同じ人間の筈なのに。

「フェストゥム接近!触手のようなものが伸びてきます!!」
「何だと!?」
『あなたはそこにいますか』

 悪夢の声を聞き、男達は恐怖感に襲われた。

「出力上昇!引き剥がせ!!」
「駄目です!出来ません!!」
『あなたはそこにいますか』

 聞き慣れてしまった言葉は、人類にとって死の言葉。
 男は悲鳴を上げた。
 だが、彼らを襲ったのはワーム・スフィアーではなく、強い衝撃だった。

「あれは!?」

 見たこともない機体。
 多分、助けてくれたのはあの機体なのだろう。
 一騎はフェストゥムに狙いを定め、トリガーを引こうとしていた。

『一騎!一騎、よせ!!』

 必死で止めようとする総士。
 けれど、一騎の意志は強かった。

「俺は………助ける!」

 見て見ぬ振りは出来ない。
 人を助けることが、悪いことだと思わない。
 だから助ける。
 フェストゥムを倒すことが出来るのは、このファフナーだけだと教わったから。

『仕方ない……一騎、こうなったらもう後戻り出来ない。此処からは、俺に従ってもらう』

 総士はファフナーをリンドブルムに固定し、進路を変えた。

「逃げるのか!?」
『時間を稼ぐんだ!』

 島の出航はまだ出来ない。
 少しでも時間を稼ぐ必要がある。

「スフィンクス型、目標をリンドブルムに変えたようです!」
「何だって!?」

 手元のモニターに集中していたは、思わず声を上げてメインモニターを見た。
 確かに、フェストゥムは新国連機からリンドブルムに目標を変えている。
 付け加え、探索機はその後を追っていた。

「あれ程新国連機に接触するなと言ったのに!」
「助けると……、後々面倒なことになりますよ」

 そう、此処竜宮島は人類からも隠れた島。
 それを必死になって探す新国連。
 もし場所を見付けられたら、彼らが何をしてくるか想像は付く。

「αライン、フェイズ138から177までクリア!」
「βラインクリア。ブリュンヒルデ・システムパート、オールグリーン!」
「全ステーション、コンタクト!」
「よし、ダクスストッパーを外すぞ!」

 出航に必要なものは揃った。
 由紀恵はCDCにいる必要はないと考え、何もせずに部屋から出て行く。
 その様子を、はチラリと見ていた。
 すると、モニターから急を知らせる小さな音が鳴り、視線を戻した。
 モニターには、Solve et Coagulaの文字が点滅していた。

「呼んで……いるのか、俺達を……」

 人とフェストゥムの人格を持ったままの融合、と言う意味をもつ言葉。
 それは現在、最深部にあるワルキューレの岩戸に刻み込まれているもの。
 そして、今こんなことが出来るのは1人しかいない。
 はすぐに席を立ち、何も言わずに走ってCDCを出た。
 後ろで史彦に呼ばれたような気がするが、今は止まっている暇はない。
 走るスピードを落とすことなく進もうとしたが、出た瞬間に壁があった。

「うわっ」
「えっ?」

 少し前に出た筈の由紀恵が、ドアの近くで立ち止まったまま。
 その前には真矢達がいる。
 普通ならぶつかってこけてしまうのだろうが、は人並み外れた運動神経と反射神経があった。
 スピードを緩めず、床を蹴って由紀恵の肩に手を置く。
 マット運動の側転をするかのように、由紀恵と真矢達の頭上の上を飛び越え、着地した。

「何でそんな所に立ち止まってる!戦闘中だぞ!?早く候補者達を安全な所に連れて行け!!」

 唯でさえ島が動き出そうとしているのに、こんな所にいられては邪魔になる。
 怪我をされても責任は負えないだろう。
 は再び走り、人気のない廊下でコートを脱いだ。
 裏返しながら走る自分は器用だな、と思いながらエレベーターに乗り込む。
 髪ゴムを取り、白に変わったコートを羽織る。
 意識は既にへと変わっていた。
 エレベーターが下降している間、CDCでは島の移動が開始されていた。

「巡航起動最終フェイズ、開始!」
「外縁部付属パーツ、各部署に固定。及び、排除通達!」

 島中に警報が鳴り、移動開始を知らせる。
 浜だった場所は姿を消し、漁港には分厚い壁が出て来た。

「紅蓮島、排除完了!単体でのヴェルシールド展開後、ダミービーコン、送信開始!!」
「紅蓮島にはこれから囮の役になって貰う」

 資源確保用だった紅蓮島の役目は今日で終わり、囮としてこの場に残って貰う。
 新国連の目を欺く為には、囮となる島を1部残しておく必要があった。

「推進動力接続!航行用システム、確認!」
「ブリュンヒルデ・システム、正常に稼動!」
「外縁部固定軸、パージ!巡航フェイズ、全て完了しました!」
「機関始動」
「機関始動!」

 CDCからの連絡を受け、機関室は各エンジンを起動させる。
 久しぶりの移動で、長い間眠っていたエンジンが起動するか不安だったが、その心配は消え去った。

「機関内、圧力上昇!」
「第1から第5エンジン、異常なし!」

 機関士達の間で、小さな喜びが沸きあがった。

「微速前進」
「微速前進!」

 紅蓮島を残し、竜宮島、向島、慶樹島、剛瑠島が動き出した。

「紅蓮島分離。各接合部、異常なし!」

 地震にでもあっているかのような地響きが島を襲う。
 春日井家が経営している楽園と言う名の喫茶店は、この地響きで棚に入れておいた皿が落ちた。
 風上を調べる鶏は一定の方角に向き、鈴村神社にある鈴が揺れる。

「巡航速度、5に維持!」
「よし。潮流制御レベル、7で固定」
「制御レベル、7で固定!」
「警空域を、外周200まで拡大!」

 言い終えた後すぐに、史彦はサブモニターの一部に目をやった。
 そこにはフェストゥムと探索機、リンドブルムとドッキングしたファフナーが記号と文字で表されていた。





 此処に来たのはこれで何度目だろうか。
 深層部と言うこともあって、少々肌寒く感じる。
 門が開き、中へと足を運ぶ。
 中心部にはワルキューレの岩戸があった。

「……乙姫……」

 呟くように呼んだ。
 すると彼女は、薄っすらと瞳を開けて小さく笑った。

「……何故、私達を呼んだの?」

 問いかけても彼女は答えてくれない。
 正確には答えられないのだろう。
 けれど、彼女が何を伝えようとしているのか……何となく理解出来る。

「ノルンのパスワードを解除するの?」

 はコア近くにある機械に触れた。
 ノルンは島の防衛に作られた小型ロケット。
 4機で三角形のバリアを形成し、ファフナーを保護する役目もある。
 何故乙姫がそれを必要としているのか解らないが、島の防衛の為には必要だろう。
 それに、ノルンのロックをしたのは他でもない、自分だ。
 正確には意識が変わったがロックをした。
 ロック解除には生体解除キーが必要だが、でもでもどちらでも構わない。
 意識は違っても、指紋やDNAは一緒。

「これでよし。乙姫、ノルンは何時でも使えるよ」

 とは言っても、ちゃんと動くかどうかは分からない。
 かなりの時間眠りについていたのだから、整備すらやっていない状況である。

「……乙姫、一騎を守ってくれるの?」

 島が動き出したのは揺れで解った。
 けれど、戦闘が終った訳ではない。
 外はまだ、戦っている。
 そんな中、パスワードを解除させた乙姫はノルンで何をするのか。
 はジッと乙姫を見詰めた。





「リンドブルムの戦闘区域が、竜宮島の進路上に展開!このままでは5分後に、第二防衛圏まで入ります!!」

 弓子の言葉を聞き、座っていた史彦が立ち上がり、身を乗り出す。

「何をやっているんだ!2人は!!」

 戦っていることは解っているが、島を危険な目に合わせる訳にはいかない。
 一騎はまだ理解出来ていない部分も多いだろうが、総士はこの島のこと、外の世界のことを知っている。
 弓子は内線を通じ、上の階にいる澄美にコンタクトを取った。

「要先生、進路を変えてみては?」
『半日懸かるわよ』

 苦笑いが篭った返答だった。
 一方、戦闘に出ている一騎は苦戦を強いられていた。

『コアを破壊しなければ、意味がない』
「なら、俺があそこまで行く!」

 総士は一騎の考えを読み、マークエルフに武器を装着させる。

「叩き付けてくれ!!」

 リンドブルムは宙で弧を描き、フェストゥムの近くでファフナーを落とした。
 一騎はソードを取り出し、コアに向かって突き刺す。
 フェストゥムは暴れだした。

「本島に、着弾確認!」

 ワーム・スフィアーが島の一部を抉り取った。

「止む終えまい。島を壊されるよりはましだ!」
「それでは!?」
「偽装表面解除!ヴェルシールド展開!!」

 偽装表面が解除され、本当の空と太陽が顔を出した。
 コアにソードを突き刺した一騎は、暴れるフェストゥムから逃れる為に手を離した。
 だが、そうなれば敵は攻撃を仕掛けてくる。

『一騎――!!』

 総士はリンドブルムを急降下させた。
 一騎の前でワーム・スフィアーが出現し、ファフナー諸共飲み込む。

「……一騎?」

 は後ろを振り返った。
 一騎の姿は此処にない。

「何が……あったの?」

 視線を戻し、乙姫に問いかける。

「乙姫?」

 瞳を閉じた少女は、再び小さく笑った。
 そして聴こえた、島の歌声。

「……う、歌が………聞こえる」

 聴いたこともない歌。
 けれど懐かしい、温かい歌。
 飲み込まれたと思ったのに、よく見れば島の戦闘機が守ってくれていた。

「……この歌は……」

 史彦は1つの答えを導き出した。

「……が……歌ってるのか?」
「……違う……じゃない」
「……誰が歌っているの?」

 聞き覚えのない人の声。
 この歌を聴くのは、これで2度目。
 皆が呆然としている中、ファフナーを保護したノルンとは別に、新たなノルンが4機現われ、フェストゥムを捕獲する。

『分かっているな』

 レールガンを構え、照準を突き刺したソードに合わせる。
 フェストゥムはノルンの1機を破壊し、ファフナーに向かってワーム・スフィアーで攻撃をする。
 一騎はレールガンの引き金を引いた。

「スフィンクス型、消滅しました」
「……完全に目覚めたようだな……」

 ブリュンヒルデ・システムの、完全なる覚醒。
 はその一部始終を見ていた。

「………一騎を……助けてくれたのね。ありがとう」

 は目を伏せ、小さく笑った。
 そして身を翻し、CDCに向かう。
 外で何が起こって、どうなったのか。
 乙姫のテレパシーで理解することが出来た。
 新国連の探索機が島上空を飛んでいること。
 リンドブルムとファフナーが無事に帰島したこと。
 ブリュンヒルデ・システムの覚醒と島の移動に成功した代償は、あまりにも大きいことだと言うことも。

「何故命令を無視して、新国連機を助けた?」

 帰って来て、すぐに呼び出されたのはCDCだった。

「全て、僕の責任です」

 そう言う総士が嫌で、一騎は手に力を入れた。

「助けることは……、悪いことなのか!?」

 当たり前のことをしただけなのに、問い詰められるのはおかしい。
 一騎は父親に訴えた。
 だが、返って来た言葉は愕然とする答え。

「……時と場合によってはな……」

 何故、どうして。
 そんなことばかりが一騎の頭の中で交差する。
 2人はCDCから出て行き、その後姿を見送っていた史彦が由紀恵に問いかけた。

「……私を……甘いと思うかね?」
「……別に」

 由紀恵は素っ気なく答え、部屋を出た。
 廊下を無言で歩いていた一騎は、前を歩く総士を呼び止めた。
 2人の間で、無言の時間と視線が絡み合っていた。
 ほんの数秒間この状況が続いたが、甲洋の声に2人は我に返った。

「お疲れぇ〜!2人共凄かったじゃないか!さすがだなぁ、大戦果だよ!兎に角、生きて帰って来れただけで良かった。うんうん。兎に角良かった。それだけで嬉しいよ、俺」

 一方的に話す甲洋を見て、2人は不思議な気持ちになった。

「それじゃあさ、俺、まだ訓練残ってるから。お前らみたいに早く役に立たないと、島から追い出されちまうからな!」

 まるで逃げるかのように去って行く甲洋。
 総士は口を開いた。

「……大戦果だそうだ……」
「……助けられたのにな……島の戦闘機に……」

 見ていたのなら、あんなことは絶対に言えないだろう。
 甲洋は走る足を止め、エスカレーターの上で顔を俯かせていた。

「甲洋!何処行ってたんだよ!!」
「……衛……」
「一騎と総士がやった戦闘、凄かったぞぉ〜!」
「……そう……。やっぱりね」
「最後に凄えぇ〜のが出て来て!凄えぇ〜ことして!そりゃ凄かったんだから!!」

 何がどう凄かったのか、見ていない人にとっては理解不能だろう。
 だが、甲洋にとってはどうでも良かった。
 一騎と総士の戦闘なんて、見たくない。

「お前も、狩谷先生の所で、戦闘映像見せて貰えば!」
「……止めとくよ……。自信、なくしそうだから……」

 戦うことに、守ることに、全てに自信がなくしそうで。
 惨めになっていく自分が、嫌でも良く解るから……。




◇    ◆    ◇





 薄暗い闇の中、会議室の真中に浮かび上がった1つの島。

「ヤングスター2から、通信のあった地点です」
「ついに見つけたわね。巨人の島を」

 ずっと捜し求めていたモノが此処にある。
 それを手に入れる為、必死になって捜していた。
 それがついに、ついに手に入る。
 竜宮島に落とされた小さなカプセル。
 CDCに運ばれたカプセルは、史彦の手によって開けられた。

「こんな形で、この日を迎えることになろうとはな」

 予想もしていなかった事態。
 誰もが恐れていた1つ。
 それが今、現実になってしまった。





 ……古い船を……今動かせるのは………新しい船乗りではない……。
 しかし……新しい航路を見付けるのは……何時も無垢な船乗りだった。
 ……でも……無垢な僕達が見付けた航海図は………空から落ちて来た。
 ………苦難への道程だった………。