人は、現実から逃れることは出来ない。
 定められた運命を、変えることなど不可能だ。
 けれど、強い思いと心、力があれば変えられるかもしれない。
 そう思っていた私は………無駄な足掻きをしていたのかもしれない。
 運命は、私達を何処へ導こうとしているのだろう―――。










 パイロット候補者として上がった子供達。
 それは同時に、送り出す大人にとって衝撃的な事実。

「こ……これは………………誠一郎さんが………誠一郎さんが死んだばかりなのにですか!?」

 辛すぎる現実。
 認めたくない現状。
 それでも、時は確かに動いている。

「確かに、お渡ししました」

 誰だって、育てて来た我が子が可愛い。
 誰だって、パイロットとして送り出したくはない。

「何で、何でうちの剣司なんですか!?」

 手に入れた筈の平和。
 それが音もなく崩れ、再び戦いの日々が始まった今。
 生き残る為にも、日本人を残す為にも、誰かがやらなくてはいけない。
 頭では解っていても、我が子が選ばれると複雑な思いが交差する。

「その為の、お子さんの筈ですが」
「分かってます!分かってますけど………でも……そんな………剣司……」

 認めるのは怖い。
 送り出すのが怖い。
 大人の思いとは裏腹に、現実は苦難への道を強いる。

「待って下さい!翔子は、翔子の体は!?」
「残念ですが、彼女の体調とシナジェティック・コードの形成数値は、関係ありません。ご存知ですよね?」

 覚悟はしている筈だった。
 けれど、それは見せ掛けにしか過ぎない。
 それは………誰だって一緒だった。
 特に、女性達は。

「形成数値で子供達の人生が決まる。親御さんも正直辛いものだ。こんな役は、私だけで良かったのに」
「良いんです。これも、医者としての役目ですから」

 1人で背負わせてはいけない。
 これは、島全体が背負わなければならない現実。
 誰か1人の肩には、重すぎる荷物。

「本当か!?」
「やったわ、あなた!ほら!!」
「お、おぉ!ちょっと見せてみろ。おぉ!本物だ!!」
「甲洋!下りて来なさい!甲洋!!」

 覚悟の出来ている者は良いかもしれない。
 だが、大人の勝手で子供の人生は決めて欲しくはない。
 この事実は、喜ぶべき問題でも誇りに思うべき内容ではない。
 子供が……死ぬと事実には変わりないのだから。

「衛、何してる?」
「べ、勉強!……あっ!!」
「………この漫画、面白いか?」
「……うん」

 残された、日本の文化。
 生きた日本文化は、本当に数少ない。

「そうか」

 子供に、少しでも生きた文化に触れて欲しい。
 そして、楽しんで貰えればそれで良い。
 喜んでいる笑顔を見るだけで安心してしまうから。

「お父さん?衛に、プロジェクトに参加させること、伝えたの?お父さん」
「煩い。締め切りは明日なんだ」

 誰もが、選ばなくてはならなかった。
 生きるか、死ぬか。
 その、分岐点から。

「真矢に、身体的なハンデがあったなんて……」
「母さん、これは不幸中の幸いよ。私の下なら、死ぬ心配はないわ」
「そうね。正直嬉しいと思ったわ。でも……でもね……」

 旅立つことを決められた子供達。
 結局、自分は子供達を守ることなど出来なかった。
 また、多くの子供を犠牲に出さなければならないかもしれない。

「ん〜んっと、確かこの辺に……」
「入るわよ………何探してんのよ」
「あっ、あったあった!」
「あっ、そんなとこにあったんだ、父さんのカメラ」

 残された、数少ない父の荷物。
 真矢にとっては大切な物でも、弓子にとっては必要のない物。
 捨ててしまいたい、父の荷物。
 子供の知らないところで、大人達は動いている。
 情報は外部に漏れることなく、子供は何も知らされないまま日々を過ごす。
 それが当たり前とされていた。

「えっ!?皆が!?」
「明日から、本格的な訓練に入って貰うことになってる。敵は次々に竜宮島に来るから、パイロットは他にも必要なの」
「甲洋のシナジェティック・コードは?」
「10.244:1:11.854。けど、実戦投入には時間がかかると思うよ」
「そんな……」

 仲間がいたほうが、敵を早く倒せるかもしれない。
 だが、それは実戦投入が出来たら、の話し。
 誰かが傷付いたり、哀しい思いをして欲しくはない。
 だから、頑張ろうと思っていた。
 現実は……それだけ甘くはない、と言うことなのかもしれない。




◇    ◆    ◇





 竜宮島は朝を迎えた。
 パイロット候補に選ばれた6人は、由紀恵と弓子に連れられて地下へ行くエレベーター前に来ていた。

「僕達も入れるの!?」
「あなた達の身体には、既に身分証明のチップが入っているから大丈夫」

 各自のIDには、アルヴィスの職員として書き換えられている。
 彼らはパイロット候補の為、アルヴィスの全ての場所へは行けないものの、ある一定の場所には行ける。
 無論、それを管理するのはだ。
 彼らが勝手に書き換えることは出来ない。

「すっげ!まるで秘密基地だよ!!」
「秘密だったんだから、秘密基地になるんじゃねぇの?」

 興奮する衛に対して、剣司は少々呆れた風に言う。
 衛がこう言うことに興味があると、剣司は嫌と言う程知っていた。

「どうして私達に隠していたんですか?こんな凄いモノを……」
「そぉねぇ」
「子供は勉強だけしていれば良いのよ」

 由紀恵は冷たく言った。

「なんか、感じ違うくない?何時もと」
「だね」

 小声で言っても、狭い空間の中だ。
 2人の会話は由紀恵に聞こえている。

「此処で働いていたんだ……父さん」

 咲良は1人、エレベーターの壁に身を寄せていた。
 エレベーターが目的の階層に着き、子供達は2人の誘導の元エスカレーターに乗った。
 途中、彼らとは反対方向のエスカレーターに乗っていた綾乃を見付ける。

「母ちゃん?」

 しかし、息子の呼び声を無視してそのまま擦れ違ってしまった。

「どうしちゃんたんだ?」
「小母さん、仕事中だからでしょ?」
「最近そっけないのよね。うちの母さんも」
「うちもだよ」
「おまえんとこは、最初から見捨ててんじゃん」
「そんなこと絶対ないよ!衛の家はっ」

 そう、誰も見捨てたりはしない。
 ただ、これから彼らは大きな役目を背負うことになる。
 その役目の重大さを、彼らはまだ知らない。
 これから起こることも、きっと受け止められないだろう。
 大人達は、巣立って行く子供を厳しい目で見なければならないのだ。
 特に此処、アルヴィス内では。

「それでは、パイロット候補者達にはファフナーの訓練を行い、初期のデータを取れば良いんですね?」
「あぁ。君にはそれをやって貰おうと思っている。申し訳ないが、そう伝えておいてくれ」
「了解」
「では、僕らは何を?」
「総士君にはジークフリード・システムを通して、候補者達のデータを入力。一騎には、マークエルフの整備をやって貰う」
「えぇ!?俺、1人で?」
「人手が少ない。自分の機体は自分で見るんだ」

 それは、パイロットになった者の定め。
 整備班だけの仕事ではないのだ。

「一騎君!」
「総士ともいるね」

 由紀恵と弓子に連れられてやって来た6人を一瞬だけ見て、3人はすぐに視線を史彦に戻した。

「10分間の休憩をした後、10時から訓練を始める。頼んだぞ、3人共」
「「「はい」」」

 正確には、候補者の面倒を見るのは担任である由紀恵と、指揮官である総士と
 一騎はどちらかと言えば、見て貰う方だ。
 3人は真矢達と合流し、CDCから少し離れたガラス張りのホールに移動した。
 ガラスの奥は蒼い海。
 水族館に来ているような感じがする。

「皆集まって〜!」

 真矢の声に、総士が顔を上げた。

「記念写真撮るんだってさ」
「記念写真?」

 何の為に撮るのか、総士には理解出来なかった。
 此処が珍しいからなのか、それとも別の理由なのか。

「咲良も早く!」

 甲洋の呼びかけに、咲良は動いた。

「此処が珍しいのも分かるんだけどねぇ…」

 弓子が呆れるのも無理はない。
 CDCで妹に呼ばれ、綺麗な風景で写真が撮れる場所はないか、と聞いてきた。
 何故カメラを探していたのか気にはなっていたが、まさか此処で撮るとは思ってもいなかった。

「休憩は終わりよ!さっさとしなさい!!」

 由紀恵が怒鳴り声を上げる。
 それでも真矢は、由紀恵の声を気にしないようにピントを合わせていた。
 この写真は、特別な意味がある。
 翔子が望んだ、皆と一緒に映ってる写真。
 真矢はその願いを叶えようとしている。

「15436―15434はぁ?」
「「「「「「「「にぃ!!」」」」」」」」

 シャッターが押された。





 甲洋、剣司、衛、咲良の4人はシナジェティック・スーツに着替えた。

「これからあなた達に、ファフナーの訓練に入って貰います」
「訓練?」
「ファフナーって?」
「例のロボットだよ」

 衛は得意げに答えた。

「生半可な気持ちで乗るなよ。これは、遊びじゃない」

 後ろから投げられた言葉に、4人は振り返った。
 そこには、ファイルを片手に持ったが立っていた。

「「「のそっくりさん!!」」」

 咲良以外の3人が声を揃えて言った。
 千鶴は小さく笑い、は呆れたように溜息を漏らす。

「俺はだ。名前ぐらい覚えろ」
「まぁまぁ、良いじゃない。皆、あなたと会うのは2度目ぐらいなんでしょう?」
「3回目……だったと思いますけどね。そんなことより、訓練に入りましょう」
「そうね。では、誰から始めようかしら」

 誰よりも早く志願したのは咲良だった。

「この戦略モニターを確認して、各部署に指示。その時はゆっくりと正確に。解った?」
「なんとなく」

 判りやすく説明したつもりなのだが、翔子にはあまり理解が出来ていない様子。
 弓子は小さく溜息を漏らした。

「どうです?彼らの様子は」

 様子を見に来た由紀恵がモニターを見る。

「初めてにしては、よくやっていると思います」
(本当かよ)

 は思わず心の中で突っ込んだ。
 アルベリヒド機関の人工子宮によって作られ、育てられた子供である果林。
 幼少期からファフナーに乗ることが運命付けられていたが、彼女の初期データを取った時とは差が出ている。
 無論、訓練なしに乗った一騎とも大いに異なる。

「初めてにしては……ね」
「……まぁ、最初はこうなんだと思いますよ」

 いや、思いたい。
 これからの訓練で、実戦投入が出来るようにメニューを考えなければならないだろう。
 は深々と溜息を付いた。
 そして、現在の報告をCDCにいる史彦の所に知らせておいた。

「マークエルフの状態は?」
『新しい機体への、コックピットブロック乗せ代えは終わっている。装甲の方は完全じゃないが、何とか使い物にはなるんじゃないか?』
「他は?」
『マークゼクスは、明日には最終調整が終わるなぁ』
「その件なんだが……」

 史彦は少々頭を悩ませた。

「リンドブルムを?」
「あぁ、真壁の命令だ。マークゼクスより、マークエルフの方が運用効果が高いんだとさ」
「何か問題でも?」

 ゼクスに問題がある訳ではない。
 あるのはパイロット達だ。

「他のパイロット候補がこれじゃあねぇ」
「一騎のようにやれ、と言う方が無理ですよ」
「同感だ。真壁と違って彼らの形成数値は似たようなモノです。能力もありますが、これからですね」
「実戦投入までにかかる時間は?」
「解らないわ。まだ、1日目だもの」
「何もかも、これからってことですよ。これから……」

 そう、全てはこれから。
 彼らの運命が大きく変わるのも、大切な何かを失うのもこれから。

「訓練を終了する。候補者は服に着替えて由紀恵さんの指示に従うように」

 は大きく背伸びをして肩を落とした。