隠れんぼは子供の遊び。
 昔、良くやったよね?
 でも、その遊びは今でも続いてる……。
 この島は……ずっと隠れ続けているんだよ。
 誰にも、見付けられないまま。
 忘れ去られた………小さな島。










 CDCに弓子と、史彦の3人がいた。

「新国連の探索機、上空通過しました。毎度のことですが、何時気付かれるか冷や冷やしたものですね」

 ここ数日の探索機通過経路をモニターに出し、今日の分をデータとして保存する。
 は手を動かしながら溜息を付いた。

「前の戦闘で、連中何か感づいたのかもしれんな」
「人類からも隠れるなんて……、解ってはいても、少し気が引けます」

 襲ってくるフェストゥムだけでなく、同じ人類でありながらも敵意を持っている新国連。
 この2つから姿を消している竜宮島は、何時も緊張感の中で生活を送っている。

「司令。僕は、先に行かせて頂きます」
「あぁ、すまないね。あまり外に出たくないだろうに」
「いえ……。それでは後程」

 軽く頭を下げ、は外に出た。
 弓子はがいなくなったことを確認し、史彦に話しかける。

「何時も不思議だったんですけど、どうして外に出ないんですか?ずっと地下に篭って」
「…………彼の意思だ。本当の理由は、口には出さないだろうがな」

 最も信頼における者にしか、真実を語らなかった2人。
 そして、真実を知る唯一の人はもういない。
 彼らが背負った過酷な定め。
 互いが互いを支えあい、互いの役目を果たそうとしている。
 彼らのことを知った時、島の子供達はどう反応するか。
 史彦は首を振った。





 太陽の光が島を照らす。
 アルヴィスから直接来た為、服装はロッカーに入っていた私服。
 髪は高い位置に括ったまま、黒のサングラスをかけている。
 今日の授業は午前中で終わり、午後からは職員会議が開かれる。
 その職員会議も、アルヴィスに関する会議ではあるのだが。
 階段を上がっていると、下りて来た真矢がを見て声を上げた。

「ちょっと!何今頃登校してるのよ」

 頬を膨らませて怒る真矢だったが、何時もと違うに首を傾げる。
 はそっと息を吐き、サングラスを外した。

は地下だ」
「えっ?」

 真矢の横を通り過ぎ、サングラスをポケットにしまう。
 茫然との後姿を見送った真矢は、そっと呟いた。

じゃ………ない?」

 昨日、シェルターにいなかった真矢と翔子はの存在を知らない。
 周りも話しておらず、も話そうとはしなかった。
 の足は速くなり、総士がいる教室の前で止まった。
 教室を覗き込むと、まだ生徒が多く残っている。

「総士、真壁」

 呼んだのは総士と一騎だけだったのに、残っていた生徒が全員を見た。
 煩かった筈の教室が、急に静まり返っている。

?」

 普段なら絶対に出ない筈の彼が、今こうやって外に出ている。
 このことに驚いた総士は、目を瞠っていた。
 一騎も別の意味で驚いている。

「どうしたんだ、一体。君がこんな所まで」
「ちょっとな。それより、これに書いてある物を買って真壁と一緒に家に帰るんだ」
「えっ?何で俺?」
「司令は今日戻らない。が折角だからと、料理をすると言っていた」
が?」
「あぁ、だから今夜は総士の家に行け。良いな」
「わ、分かった」

 一騎の返事を聞き、は職員室へと向った。
 嵐が去ったかのように静まり返っている教室。
 一応彼らがに会ったのは2度目なのだが、状況を上手く飲み込めていないのだろう。
 総士と一騎はさっさと荷物を纏め、教室を出て行った。





 ほとんどの職員が職員室に集まり、各席に座った。
 は壁に凭れ、司令の史彦を見る。

「突然集まって貰って申し訳ない。皆も新国連の探索機が、度々島上空に飛来していることは話しに聞いているだろう。それで私は島を一時、北西の諸島部に移動させようと思う」
「今度は島を起こすんですか!?」
「ブリュンヒルデ・システムは、まだコールドスタンバイです。それに、あのシステムは……」
「皆城が担当だったことは知っている。だが、島の所在を新国連に知られる訳にはいかん。君が引き継いで、早急に移動させてくれ」
「……分かりました」
君、君も彼女の手伝いを」
「了解。近藤先生、データの半分をCDCに入れておきます。そちらをお願いします」
「えぇ、分かったわ」
「それでは、各自仕事に取り掛かってくれ」

 史彦の言葉で、職員会議は終了した。
 は凭れていた身体を起こし、千鶴に話しかけて一緒に職員室を出ようとした。

「遠見先生」
「えっ?」
「ちょっと、お話しが……」
「はい」
「アルヴィスの、メディカルルームで」

 2人は思わず息を呑んだ。
 メディカルルームで話があると言うことは、ただごとではない。
 2人は一瞬顔を見合し、史彦に視線を戻した。

「………分かりました」

 3人は職員室を出てアルヴィスへ向かう。
 その時、出て行く3人を見詰めていた由紀恵の視線に、以外は気付かなかった。





 地下へ降りるエレベーターの中で、3人は言葉を交わしていた。

「いくらマークエルフを実戦投入出来たとは言え、パイロットが一騎1人ではこれからの運用に耐えられるか……保証は出来ない」
「それでは」
「……他にも、パイロットの候補を上げて欲しい」

 それは、選ばれる子供の運命を大きく変える。

「あの子達の中から、また旅立つ者が出るんですね」

 大人への旅立ちではなく、過酷な運命への旅立ち。
 定められた運命からは、逃れることが出来ない。

「哀しい歴史が、刻まれるんですね……この島に………」

 これまでに、どれだけの哀しみが島を襲ったか分からない。
 しかし、哀しんでばかりいられないのは確かである。

「これが、この間のクラス対抗戦の時の写真」
「いいなぁ、皆で写真を撮れて……私も早く良くなって、皆と写真を撮りたいなぁ」
「そうよ!そうそう!頑張らなくっちゃ」
「うふふ。頑張る」

 子供達の会話。
 子供の小さな願い。

「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ……肉は良いのか?」
「書いてないから必要ないだろう」
「けど、何作るんだ?カレーか?昨日カレーだったんだけど……」
「安心しろ。カレー粉は切らしていた筈だ」
「なら……肉じゃが?」
「さぁな」

 変わらない日常。
 まだ状況を理解していない子供。
 大きく変わらないのは、この島が今まで楽園だったから。
 今まで、楽園が崩壊しない為に準備をしていた。
 だが、肝心なモノの準備は終わっていない。

「遠見先生、データをリストアップしました」
「ありがとう。これが、シナジェティック・コードの形成数値が高い子供です」

 表を渡すと、史彦は確認の為に声を出して名前を呼んだ。

「春日井甲洋、要咲良、小楯衛、羽佐間翔子……良いのかね?真矢君も加えて」
「羽佐間翔子と遠見真矢には、身体的なハンデが見受けられます」
「パイロット候補には入れておきますが、暫くは由美子さんの指揮下に入れさせます。1人では、対応しきれないこともありますから」
「分かった。親御さんには私がお会いしよう。君、総士君にこのことを伝えておいてくれ」
「了解」
「私も行きます」

 親に伝えるのは、何とも言えない辛さがある。
 そして、伝えられた親は子供の死を宣告されたような気分になるだろう。
 それだけ、パイロット候補になる子供達の親は辛いのだ。
 誰だって我が子が可愛い。
 危ない所へは、絶対に送りたくない。
 けれど、戦う為に子供達は生まれた。
 戦う為の……子供達。
 生まれる前から決まっていた………残酷な運命。
 は、無意識に手を握り締めていた。