心の中に作った仮面。
自分を守る為の手段。
けれど、その仮面をかぶることで遠ざかってしまう友人達。
でもね、大丈夫だよ。
私も知っているから。
私がいるから。
だから…………1人で背負い込まないで。
一騎が家に上がって最初に行った場所は、台所のある部屋。
「ただいま」
襖を開け、中に入ると沢庵を食べている史彦がいた。
「この服、遠見先生がくれたんだけど………何か変?」
総士とは似合っていたと思う。
2人は着こなしているようなので、違和感はなかった。
「いや…………今日はもう、帰って来ないかと思ってな」
安堵の表情を浮かべ、一騎を見上げる史彦。
一騎は思わず声を荒げた。
「帰らない訳ないだろ!俺がいないと、飯も炊けないんだし……」
「父さんだって、昔は炊いてたんだぞ!」
「それ、結婚する前だろ」
「どけ!今夜は俺が作る!え〜っと……」
本当に大丈夫なのか?
一騎は米を探す父が不安でしかたなかった。
その頃は、皆城家に帰っていた。
大きめの鞄を引っ張り出し、必要な物を中に入れていく。
『しばらく、帰らないのか?』
「多分ね。小父様を失ったんだもの。家には…………帰りたくないでしょう」
自分の荷物をまとめ、総士の部屋に入って服を詰めた。
アルヴィスでもそうだが、総士の部屋は余計な物が何もない。
「明日から一騎がアルヴィスに来る。会うことが多くなると思うけど………」
『解っている。深くは関わらない』
「いや、良いんだよ?別に」
アルヴィスのことを知られた以上、を隠す必要はなくなった。
彼はアルヴィスにしか出て来ない存在だ。
同じ空間にいるのだから、関わりを持たないのは無理だろう。
『総士と乙姫以外、興味はない』
「良い性格しているようで」
は呆れた。
他の皆が嫌いではないだろう。
ただ、昔から関わりがあるのは総士だけ。
だからなのかもしれない。
「それじゃ、総士の所に行こうかな」
荷物を持ち、部屋を出た。
玄関に置いてある時計を見ると、時刻は22時を回っている。
ベッドに入れるのは日が変わった後だろうなぁ、と思いながら皆城家を後にした。
史彦が作った陶器に、ご飯が山盛りに入れてあった。
(…………焚けたんだ…………)
結婚する前は焚いていたのだから、これくらい出来て当然だろう。
だが、何時も家事をやらない父を見ていたので、焚けたことが不思議に思える。
「いただきます」
一騎は箸を取ってご飯を食べた。
「どうだ、上手いだろ!」
久しぶりに焚いたご飯。
史彦は息子を見返す為に頑張ったつもりだ。
だが、現実は甘くない。
「このお米…………磨いでないだろ!?」
「…………え?」
史彦は呆然としていた。
由紀恵と言葉を交わしてから30分以上は経っただろうか。
総士はリクライニングを起こし、休憩室を出た。
此処で寝ていれば、風邪を引きかねない。
そして何より、安心して寝ることも出来ない。
自分専用の部屋に帰る為、通路を歩いていた。
「あっ!総士!!」
呼ばれて振り返ると、荷物を持ったが走っていた。
本来なら女性はスカートを履くのだが、は訳合ってズボンを履いている。
と入れ替わった時に着替え直すのが大変だから、と言う理由だ。
「必要な物、一通り持って来たの」
「ありがとう、。部屋まで運ぶよ」
「ありがとう。実は重くてさ……肩が痛いんだ」
2人の物を一緒に入れているからだろう。
服だけでなく、教科書や洗面道具まで入っている。
総士は苦笑いをしながら荷物を持った。
片づけを終え、風呂にも入った一騎は史彦の元へ行った。
「俺、寝るよ」
「あぁ」
振り返ることなく、陶器を作る父親。
一騎は父を呼んだ。
「島のこと、知ってたのか?」
大人達は皆知っている島の秘密。
子供は、ほんのごく一部にしか知らされていなかった。
「何故黙ってたかなんて…………俺に聞くなよ」
子供は、大人達の希望だった。
日本人を残す為に、文化を残す為に。
「俺、総士達と一緒に戦うこと、決めたから」
「……そうか。遠見先生に言われたろ、早く寝ろ。明日から、ファフナーの訓練が始まるぞ」
「うん」
一騎が去ったのを確認し、史彦は写真を見た。
小さい頃の一騎を抱いている、妻の写真。
史彦は手を止め、自室に戻ってアルバムを捲った。
『一騎君の身体のことで………お話しがあります。搭乗時に、彼の意識が通常と変わったことが記録されています。そして、やはり戦闘経験後、染色体に変化が見られました。今はまだ様子を見てみないと断定は出来ませんが。このまま行けば……………』
突き付けられた現実。
逃げられない世界。
子供を大事にし、一騎の成長を楽しみにしていた妻の紅音。
彼女の望みは、こうなることではなかった。
「…………紅音…………すまん……………………すまん………………………」
◇ ◆ ◇
早朝、昨日の戦闘で亡くなった人々の告別式が執り行われた。
フェストゥム襲来により命を落とした島民は、アルヴィス職員を含めて84人。
その中には皆城公蔵と要誠一郎、蔵前果林も含まれている。
涙は…………出なかった。
遺体がある訳ではない。
今回の攻撃で、遺体がある人間は誰もいない。
ただ、写真だけが飾られていた。
「知ってた?蔵前って、ロボットのパイロットだったんだって。総士とも、何かやってたみたいだよ」
「だから一緒に避難しなかったのか」
シェルターに避難した時、いなかったのは5人だけだった。
と果林、真矢と翔子、そして総士。
その内3人が地下に関わっていたなんて、思いもよらなかった。
「蔵前はさ、戦ったのか?」
「さぁ。それは父ちゃん、教えてくれなかったけど……でも、はロボットの補佐をしていた筈だって言ってたよ」
「そのロボットって、私にも乗れるかな?」
途中から話を聞いていたのだろう。
咲良が真剣な表情で聞いて来た。
「マジッスか!?死ぬかもしれないんだよ!?」
「でも、一騎は乗ったんだろ」
咲良の視線の先には、会場から出て来た一騎達が映った。
「そう、らしいけど…………」
真矢は家にいる翔子の元を訪ねていた。
「皆城君と一騎君、最近よく一緒に地下に行ってるみたい」
「へぇ。私も一緒に行きたいなぁ」
「どっちと?」
「えっ?」
言葉を詰まらせる翔子。
真矢は小さく笑った。
「頑張ってるみたいだね、一騎君」
2人は窓の外を見た。
すると、誰かが翔子の部屋をノックした。
返事をすると、外からひょっこり顔を出す。
「ちゃん!」
「久しぶり、翔子。遠見先生に言われて、薬代わりに持って来たよ」
部屋に入り、鞄の中から薬を取り出す。
真矢はそんなの行動を見ていた。
「ってさぁ……、用事ない時以外来ないでしょう」
「そう…………かな。でも、真矢が何時も来てるじゃん」
「翔子の友達は私だけじゃないんだよぉ。もっと来たら良いのに……ねぇ」
翔子に同意を求める真矢。
翔子はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
「テレビ見たよ。ちゃん本当に芸能界スカウトされたんだね」
「そうそう!何で帰ってきた訳?あのまま、東京で活動すれば良かったのに…………」
この問に、今度はが苦笑いをする番だった。
まだ、真実を知らない彼女達。
もし知ったら、何と言うだろうか。
が答えに困惑していると、鞄から携帯の着信が流れた。
助かった、と思う反面複雑な気分になる。
「はい…………解りました。すぐに向かいます………え?あぁ……その件は後ほど。では」
翔子と真矢は顔を見合わせ、を見詰めた。
「もしかして…………、も地下?」
「うん。それじゃ、呼び出されたから行くね。冷蔵庫に、ご飯入れておいたから食べてね」
「わぁ!ありがとう!!」
「どう致しまして。それじゃ」
ドアを開け、廊下に出ただったが、ドアを閉める気配はなかった。
真矢が不思議そうに名前を呼ぶと、肩越しに少し振り返った。
「………良いよね?翔子」
何が、とは言わなかった。
翔子も聞こうとはしなかった。
ただ、2人の間にいる真矢だけが、この言葉に疑問を持った。
「うん、良いよ…………ちゃん。ありがとう」
「ごめん」
小さく笑って、ドアを閉めた。
足音が部屋から遠ざかり、玄関のドアを閉める音が聞こえた。
不思議そうに翔子を見るが、翔子は小さく笑うだけ。
そして視線を外に移し、小さくポツリと呟いた。
「………何時か聴きたいなぁ」
「何を?」
「ちゃんが、生で歌うの」
翔子がそう言うと、真矢は笑って同意した。
一騎は総士と共にアルヴィスに来ていた。
総士とはCDCで別れ、容子と共にファフナーブルクに向かった。
その容子とも、ある部屋で別れた。
中に入ると、小さなホールに1本の道。
その先に、先程まで一緒だった容子がモニターに映っていた。
『じゃぁ、服を全部脱いで、此方へいらっしゃい』
「えっ!?全部!?」
ファフナーの訓練をするのではなかったのか!?
一騎は動揺を隠せなかった。
『後ろのラウンドリーに入れておけば、帰ってくる頃にはクリーニングされてるから』
それとこれと、一体何が関係あるのだろう。
一騎は戸惑いながらも服を脱ぎ、後ろのラウンドリーに服を入れた。
そして、最初の一歩を踏み出す。
「うっ」
『殺菌灯よ。そのまま正面を見て、こっちへいらっしゃい。大丈夫よ。こっちからは見えていないから』
見えていたら最悪である。
一騎は意を決して歩き出した。
「あの…………、また痛いんですか?」
最初に乗った時、体を襲ったあの痛み。
気を失ってしまう程だったのだから、出来れば同じ痛みを味わいたくない。
『その、シナジェティック・スーツを着ていれば大丈夫よ』
目の前で出て来た、透明のビニールに包まれたスーツ。
「シナジェティック・スーツ?」
総士が言っていた名前だったような気がする。
これを着れば、本当に痛みを感じなくなるのだろうか。
一騎はビニールを破り、スーツを着た。
「………………コスプレ?」
思わず出た、一騎の思い。
以前、と果林が口を揃えて同じことを言っていたなど、一騎は知らなかった。
『着替えたわね?それじゃ、部屋を出て指示に従って頂戴』
「はい」
扉が開き開き、外に出ると壁に凭れているがいた。
「?」
「着替えたわね。こっちよ」
身体を起こし、ブルクに向って歩き出す。
一騎はその後ろについて歩く。
ファフナー・マークエルフの前で足を止め、コックピットに乗るよう告げる。
「今回はシナジェティック・スーツを着ているから、ファフナーとのシンクロもジークフリードとのクロッシングも問題ないわ。システムテストだから、気楽にね」
一騎は小さく頷き、コックピットに入った。
コックピットがファフナーに納められ、ニーベルング・システムを起動するよう指示が出た。
それに一騎は従い、ニーベルング・システムを起動させる。
体に鋭い痛みが走った。
(やっぱ痛いじゃん!)
スーツがあって、何が変わったと言うのだろうか。
『ニーベルング・システム、起動。マークエルフ、全システムオールグリーン』
CDCと通信システムをオンにしている為、の声が此方にも流れ込む。
史彦はモニターを見詰め、その後ろにいた千鶴は史彦に問いかけた。
「彼にあのこと、伝えたんですか?」
返って来るのは無言。
それが何を意味しているのか、千鶴には解っていた。
「……そうですか」
それだけしか言えない。
それ以上の言葉を、千鶴は持ち合わせていなかった。
「いいこと、皆城君。コックピットブロックごと、前の戦闘データを移行させたわ。これで次の戦闘で、少しは楽になる筈よ。では、マークエルフの戦闘システムテストに入ります」
容子は史彦に言った。
彼はただ、頷くしか出来ない。
そして、見届けるしか出来ない。
『ジークフリード・システム、起動』
『ジークフリード・システムの起動を確認。全システムステーション、異常なし』
戦うことを義務付けられた子供。
見守ることしか出来ない大人達―――。
人は全てを知った時…………世界の果てを知る。
力の限界を知る。
夢など………………何時か冷めてしまうことを知る。
しかし僕達は……………………そんなことなど…………乗り越えられると思っていた。
この時には―――。