変わらない生活。
 変わらない日々。
 変わったのは自分だけ。
 あとは、何も変わらない。
 変わっちゃいけない。
 そう、信じていたのは何時の話だろう。










 3人は港に来ていた。
 総士の斜め後ろに一騎が立ち、は2人から少し離れて立っていた。

「あれに乗った気分はどうだ」

 気分が良いとは、とても言えない。

「別に」

 感情のない答えが返って来た。
 それを聞いた総士は、さらに言葉を続けた。

「驚いただろう。島の人達が、こんなことをやっていたなんて」

 初めて聞かされた時、少なからずショックを受けた。
 自分達がそうなのだから、急に教えられてファフナーに乗った一騎はよっぽどだろう。
 しかし、返ってきた答えは先程と変わらない。
 総士は、特に感情的にならない一騎を見越し、真実の一部を口にした。

「それじゃあ、日本がもう存在しないってことは?」
「えっ、日本が!?」

 これにはさすがに驚いたらしく、一騎は面食らった表情で総士を見ていた。
 そんな一騎を見て、後ろにいたが口を開く。

「29年も前の話しよ」
「東京は?大阪は!?」
「とうの昔に消えてるよ。その前に、竜宮島の方が………地図の上から消えたけどな」

 一騎は息を呑んだ。
 それが分かったのか、総士は視線だけ一騎に向ける。

「信じられないかい?こんな物が、現実にあるのに。これが本当の姿だったんだよ……この世界では。昨日まで、この島だけが楽園だったのさ」

 敵に襲われることなく、子供は何も知らないまま過ごしていた日々。
 それが今日、奪われてしまった。

「予定時刻だよ、総士」

 の言葉に疑問を持った一騎は、振り返ってを見た。
 すると、島全体に何かを知らせる警報が鳴り響いた。
 3人の周りに出ていた兵器が、ゆっくりと姿を消していく。
 そして、島を守るように突き出ていた厚い壁も姿を消した。

「俺が助かったのは、校長の……いや、総士の親父さんのおかげだ」
「奴らはまた来る。一緒に……戦ってくれるな、一騎」

 絡み合う2人の視線。
 そんな2人を見詰める
 一騎は声に出さず、戦うことを総士に伝えた。





「すみません、わざわざ来て頂いて」

 アルヴィスのメディカルルームに、史彦は呼び出された。
 千鶴が何の為に自分を呼んだのか、史彦は解っている。

「一騎君の身体のことで、お話しがあります」

 それは、ファフナーに乗った子供の親が必ず通る道であり、絶望への導。
 史彦は椅子に座った。
 一方、CDCで仕事を終えた弓子は、何時もより遅い帰宅をした。

「ただいまぁ。あぁ、ごめんねぇ。職員会議で遅くなって」

 靴を脱ぎながら振り返ると、何時も笑顔の妹が怖い表情をして見下ろしていた。

「まだ嘘付く気なの、お姉ちゃん」
「もしかして………怒ってる?みたいね……はぁ……」

 本当は、お風呂に入ってすぐに寝たい。
 しかし、今の真矢からは逃げられないだろう。
 弓子はゆっくりと家に上がった。
 同時刻、闇に紛れて2人の少年少女が道を歩いていた。

「総士の家、反対方向だろ」
「何時倒れてもおかしくない一騎を1人で帰すなんて、私には出来ないよ」

 何時も一騎が歩く速さよりゆっくりと歩く。
 それは一緒に歩いているのが女であるだからではない。
 が逆に一騎の速さに合わせているのだ。
 スーツも訓練もなしでファフナーに乗った一騎。
 身体に異変が起こっていることを、を通して知っている。
 本人は気付いていないようだが、見えない所で変化が起こっているのだ。
 そして、今は身体がだるく感じている。
 痛みも走っているようだ。

「果林だって、最初は一騎みたいだったんだよ」
「蔵前……が?」
「うん。彼女はもう………いなくなっちゃったけど」

 敵の攻撃を受け、蔵前果林はこの世界から消滅した。
 通信越しに交わした会話。
 が怒りに満ちていたのを、は知っている。

「パイロット……だったのか?蔵前は」
「そうよ。そして、島の秘密を知っていた1人」

 子供が知る必要のないことだった。
 必要最低限の者にしか、知らせられないこと。
 その最低限が総士と果林、の3人。

「………って人も……、島のこと知ってたんだな」
……ね。そうだよ」
「双子なのか?でも、双子がいるってこと聞いてないし……」

 一騎を歩く足を止めた。

「……は……何時から知ってたんだ?この島のこと……」

 一騎より少し行った先で、は足を止める。
 冷たい風が、2人の頬を撫でた。

「そんな昔のこと、もう忘れたよ」

 ゆっくり振り返り、一騎を見詰める。

は私の対にあたる存在。ずっとアルヴィスで島の為に働いていた」

 アルヴィスでしか姿を現さない
 それは自分自身で決めたことであり、皆城公蔵に言われたからでもある。
 は、本来ならいない存在。
 だからこそ、子供からも、大人達からも隠さなければならないのだ。
 1つの器に2つの魂。
 知られれば、どう言った反応が返って来るか解らない。
 いや、大人達は理解してくれるかもしれない。
 の身に起こったあの日のことを知っていれば。

「ずっと?」
「そう、ずっと。大人達はのことを知ってる。でも、アルヴィスを知らない子供はと会うこともなかった」
「地下で生活をしていたのか?」
の住む世界は地下。地上じゃない。アルヴィスが彼にとっては全てなの。だから、アルヴィスに行くならに会うことが多くなると思う。最初は慣れないと思うけど、嫌いにならないで上げてね」
「えっ?」
、子供としての時間なんてなかったから。大人の中に身を置いてきたからさ、一騎達とどう接したら良いのか分からないと思うの。だから」

 は島を守る為に存在している。
 島を守ることが彼の使命。

「今、私が出来ることは限られているけど……時が来れば必ず一騎の助けになるから」

 パイロットとして、ファフナーに乗ることは出来ない。
 ジークフリード・システムは、総士が担当する仕事。
 自分は緊急時にしか乗らない。
 今出来ることと言えば、ジークフリードには劣るが補佐をすることだけ。

「小父様のこと、あまり責めないでね。本当は、まだ知らなくて良かった筈のことだから」
「どう言うことだ?」

 は口を瞑った。
 7年前のあの日、総士、一騎、剣司、衛、咲良、の6人で答えてはならないモノを答えた。

―――『あなたは、そこにいますか?』―――

 元は地球人が外宇宙に向けて放った、無人探索機に搭載されていたプレートに刻み込まれていた言葉。
 その探査機には、地球の位置、地球人に関する情報が多く積まれていたと、から聞いたことがある。
 だが、そんなことを幼少の自分達が知る訳もなく。
 ラジオから聞こえる問いかけに、6人は一斉に答えた。
 それが、破滅への道となるなんて……。

「……出来れば……皆には関わって欲しくなかった」

 それは本音。
 出来ることなら、総士と果林と自分の3人だけで終わらせたかった。
 一騎達に戦わせるなんてこと、したくなかった。
 誰かが傷付くのも、いなくなってしまうのも、もう見たくなかった。

「一騎、これだけは覚えておいて。私も総士も、大人達も皆この島を守りたい。守る為に、多くの犠牲を払って来た。だから、今を生きる私達が犠牲になった人の分まで、しっかりと生きていかなきゃいけない。そして、守らなきゃいけないの」

 この島がまだ存在し続けているのも、島の為に戦ってくれた多くの人々のおかげ。
 戦場に散って逝った多くの命のおかげ。
 彼らの死を、無駄にしない為にも。

「これからこの島は大きく変わる。けど、一騎は1人じゃない。それも覚えておいて」
「あぁ」

 2人の間に少し強い風が吹いた。
 は髪を押さえ、スッと目を細める。

「ごめん、アルヴィスに戻らなきゃ。家、もうそこだから大丈夫だよね?」
「あぁ、大丈夫」
「無理だけは……しないでね。お休み」
?」

 哀しそうな表情を浮かべ、は階段を下る。
 振り返ることなく去って行くの後姿を、一騎はただ見詰めるしか出来なかった。
 見詰めていたの後姿は、深い闇の中に消えて行った。