7年前に起こしてしまった罪を、私達は今償おうとしていた。
 本当にこれで償えるのかどうか、正直言って分からない。
 でも、私には私のやるべきことがある。
 だから、逃げたりしないよ。
 あなた達と、共に戦う道を選ぶから。
 私の命が輝き続けるまで、ずっと守るから―――。










 第11ナイトヘーレから飛び出したマークエルフは、無事に地上へ着地した。

「ファフナー・マークエルフ、着地確認」
「ジークフリード・システム及び、ニーベルング・システム正常に作動。システム、オールグリーン」
『オートパイロット解除。これより、マークエルフはニーベルングによるコントロールを―――』

 声が飛び交う中、司令代行の史彦はメインモニターを見詰める。
 現段階の最適任者である自分の息子を心配していた。
 しかし、当の本人は怯えたり、緊張したりはしていない。
 精神は非常に安定していて、本当に初めて乗ったのか、と疑いたくなる。

「此処は?」
『慶樹島だ。実際はファフナー関連の格納庫になっている。来るぞ!気を付けろ!!』

 注意を促したが、一騎の瞳に飛び込んできた物は、今まで見たこともない綺麗な物。

「……あれが?あれが…………敵?」

 驚くのも無理はない。
 しかし、美しいものが全て良いものとは限らない。

『あなたは、そこにいますか?』

 問いかけられる言葉。
 一騎は驚いて声を上げた。

『答えるな!奴に思考を侵食されるぞ!!』

 答えれば、全てを無に還す。

『あなたは、そこにいますか?』

 答えれば、全てが消える。

「これは」

『あなたは……そこにいますか?』

 此方の返答を急かすように投げ掛けられる言葉。

「答えたら………人類は滅びるっ」

 史彦の声に、はモニターに映るフェストゥムを睨んだ。
 すると、問いかけるだけだった敵が10本の指を伸ばしてファフナーに絡みついた。

「……体が……思うように…………動かねぇ……っ!うわぁ―!!」

 此方が攻撃して来ないと解ったのだろう。
 敵はファフナーを持ち上げた。

『一騎!ファフナーそのものを感じろ!一体化するんだ!!』

 簡単に出来るようなものではない。
 しかし、一騎はそれを遣って退けた。
 これは生まれ持った能力なのだろうか。
 だが、相手は単純ではない。
 一騎の考えを読み、素早く攻撃を交わした。

「読まれてる!?うわぁぁぁ!!」

 フェストゥムはファフナー諸共急降下して行った。

「真壁!?くそっ」

 はすぐに第3ブルクへ通信を入れ、武器の射出を急がせた。

『ロックは解除されたが、現在使えるのはレールガンのみだ』
「例えそうだとしても、何もないよりマシです!」

 ただでさえ、訓練も受けたことのない子供が乗っているのだ。
 丸腰の状態で、敵を倒すことなんて不可能。
 自分達が乗っているならまだしも、乗ることは未だ許されていない。

『仕方あるまい。すぐにリンドブルムのカタパルトに移動するんだ』
「リンドブルムの………カタパルトに?」
『剛瑠島の滑走路は使えん。此処から直接奴にぶち込む』
『しかし、リンドブルムのカタパルトに乗せても、射出のコントロールは此処では出来ませんよ!』
『あぁ……分かってるさ』
「皆城司令……あなたっ」

 第3ブルクからでは射出のコントロールは出来ない。
 では、どうやって射出させる?
 答えは簡単だ。
 カタパルトの射出コントロール室に誰かが行って、射出させれば良い。
 言葉にして言えば簡単である。
 しかし、現実は甘くない。

君、君と総士の3人で、後を頼む』
「……本気………ですか?」
『誰かがやらねば、この島全てが滅びる。君達に、全てを委ねるぞ』

 公蔵は決意を固めていた。





 フェストゥムはファフナーを地上に叩き付けた。
 痛みを感じながらも、すぐに対応しようとする。

「奴は!?」
『すぐ後ろだ!』

 振り返った瞬間、フェストゥムはファフナーを押さえ付けて顔の部分を近づけた。
 ただ近づけただけなら良かったかもしれない。
 しかし、フェストゥムは顔の部分を開き、赤い光を放っていた。

「な、何だ!?」

 赤い光から見える、薄いエメラルドグリーンの結晶が突き出てきた。

『いかん!奴は同化するつもりだ!引き離せ!!』
「くそぉ!!」

 引き離そうと左手を伸ばした。
 しかし、左手はフェストゥムから発せられるエネルギーに負け、吹き飛んでしまった。

「うわあぁぁぁぁぁ!!!」

 ファフナーと神経が繋がっている為、機体に受けたダメージはパイロットに来る。
 故に、身体的にハンデのある者は乗ることが出来ない。
 総士がファフナーに乗れない最大の理由がこれである。

『メインブロック作動!左腕切断!!』

 本来なら切断することはしないのだが、パイロットがルーキーの為仕方がない。
 左腕を切断されても、一度感じた痛みはすぐに引く訳ではなかった。
 脂汗が額に滲み出る。
 それでもフェストゥムは、同化を進めようと結晶体をファフナーに近づける。

「くそっ!動かない!どうなっちまってるんだ、総士!!」
『解らない!そっちのモニターが突然遮断された!脱出しろ、一騎!!』
『一騎君!レールガンを使え!!』

 聞こえた公蔵の声に、一騎と総士は驚いた。
 海面を見れば、リンドブルムのカタパルトデッキが現われている。

『ファフナーからの電力供給が出来ない!一発で仕留めるんだ!!』
『父さん!?』

 総士の呼び掛けに答えることなく、公蔵はフェストゥムに向かってロックをする。

『よぉし……頼んだぞ!!』

 レールガンがカタパルトから射出され、狙い通りにフェストゥムの腹部分に命中した。
 突然の攻撃に、フェストゥムはファフナーから離れる。
 フェストゥムはカタパルトデッキに向って攻撃をする。
 そこにはまだ公蔵がいた。
 逃げられたとは思えない。
 黒い球体がデッキを飲み込み、公蔵共々飲み込んでしまった。

『っ!一騎!レールガンを!!』

 ミサイルから飛び出して来たレールガンを掴み、開いた口に突き刺す。
 これで終わった、と安堵の表情を浮かべた瞬間、衝撃が一騎を襲った。
 総士が強制的にコックピットを射出させたのである。
 射出された後、フェストゥムは島の一部を道連れに黒い球体の中へ消えてしまった。
 それを確認した弓子が、戦闘終了の合図を出す。

「目標、完全に消滅」
『パイロット、生存確認』
「コックピットの回収急いで下さい。医療班は待機」
「各施設の被害を……………要君!?」
「っ!?はい!慶樹島の上空施設は60%が破損。剛瑠島は滑走路の一部を含む、第2次側部壊滅」
「だいぶやられたな………竜宮は!?」
「消滅家屋13戸。行方不明者、現在のところ28名ですが、内2名の生命反応を確認しました」
「向島迎撃システムは完全に消滅。復旧までに時間がかかります」

 たった1体の敵相手に、此方が受けた被害はあまりにも多かった。
 そして、奪われた命は………もう戻らない。

「……全シェルター、開放しますが……………良いですか?」

 もはや隠してはおけない状況だと解っている。
 戦闘配備が解除された以上、島民を何時までもシェルターに入れてはおけない。

「………あぁ、ロックの解除を……頼む」
「了解」

 シェルターを管理するシステムに繋ぎ、一斉の解除キーを打ち込んだ。
 避難していた人々がシェルターから出て、島の様子を見る。
 何も知らない子供が見たら、何と言うだろうか。
 は思わず溜息を付いた。




◇    ◆    ◇





 コックピット回収後、パイロットはすぐにメディカルルームへ運ばれた。
 染色体の変化を見る為に作られた特殊の機械を使い、千鶴が一騎の容態を見る。

「彼の容態は?」

 答えない千鶴と、モニターに出る一騎のデータを見て弓子は複雑な気持ちになった。

「………そう………」
「こうなることは、予想出来た筈よ」
「予想は出来ていても……信じたくないですね、実際」

 弓子の隣でデータを見ていたが口を開いた。
 検査結果がモニターに流れ、体内で異常が起こっていることを知らせている。

「真壁のこと、お願いします」

 2人に一騎を任せ、は1人メディカルルームから立ち去った。
 外傷は見当たらず、兎に角無事であることを総士に伝えなければならない。
 総士はきっと、休憩室で休んでいるだろう。
 初めての実戦で精神的にも疲れている筈だ。
 そして、父である公蔵の死。
 は無意識に歩くスピードを上げた。
 しかし、その足は休憩室に行く最後の角を曲がる前で止まった。
 部屋の中から誰かが出て来たのを、一瞬見て身を隠したのである。

「由紀恵さん?」

 オレンジの服を着ていたのは狩谷由紀恵以外見ていない。
 気付かれないように覗いてみると、背を向けて立ち去る由紀恵の姿があった。

(司令補佐の狩谷由紀恵さん……か)

 公蔵と親密な関係であったと、達は認識している。
 しかし、それを総士が知っているかと言うと解らない。
 は周りに人がいないことを確認し、ゆっくり目を閉じた。
 すぐに目を開け、着ていたコートを脱いで裏返す。
 黒だったコートが白へと変わり、括っていた髪を下ろした。

「それじゃ、総士の元へ行きますか」

 コートに袖を通し、休憩室に入る。
 総士が何処に座っているのか、床を見れば一目で解った。

「勿体ないことしないでよね、総士」

 落としたのではなく、わざと投げ捨てたのだろう。
 珈琲の水溜りができ、紙コップが転がっている。

「…………か」
「うん。一騎のことだけど、無事だったよ」
「そうか」
「…あの……さ、一騎に本当のこと…………話すの?」

 少しだけ不安だった。
 本当のことを、自分達以外の子供に話すことが。
 何時までも隠しておけないと解っていたが、いざ自分達の口から伝えるのは怖い。

「一騎は、現段階の最適任者だ。あいつには、真実を知る権利がある」
「そうだけど………全てを教える気?」
「いや、知らなくて良いこともある」

 総士は立ち上がり、の横を通って部屋を出る。
 そんな彼の後を追っても部屋から出た。

「僕1人で行く。は休んでくれ」
「休まなきゃいけないのは総士だよ。それに、総士1人に背負わせたくないの。総士は優しいから、全て自分でやってしまおうって考える。それじゃ、私が存在する意味ないよ」
「………僕は……優しくなんかないさ」
「優しいよ、とっても。少なくても私はそう思ってる。総士は、1人じゃないんだよ?」

 は小さく笑った。
 それを横目で見た総士は、フッと小さく笑った。

「……そう………だったな」

 総士の手を握り、はゆっくりとした足取りで歩き始めた。
 2人分の体温を掌で感じながら。





 姿を変えた島。
 子供達は自分の家に帰る為、それぞれの道を歩きだした。
 一騎もその1人で、家まで続く長い階段を上っていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 息を切らせて上ったのは初めてだろう。
 ようやく家まで辿り着くと、ガラス戸に凭れかかった。

「お帰りなさい、一騎」

 足音と人の声を聞き、一騎は思わず驚いてしまった。

「………総士………………」

 自分と同じ服を着ている幼馴染達が立っていた。

「……話しがある」

 短く言うと、総士は階段を下りて行った。
 下りて行く総士を見て、一騎の表情が一変したのには気付いた。

「肩、貸そうか?」

 初めて訓練をした果林でさえ、訓練後は全身に痛みが走っていた。
 見るからに痛々しい姿を、は今でも覚えている。

「いや……良いよ」
「そう」

 覚束ない足取りで、総士の後を追う一騎。
 は2人を眺めながら、闇に包まれた島を見た。
 見たくもなかった島の姿。
 もう、後戻りは出来ない。