―――ねぇ、お兄ちゃん。お父さんとお母さん、何処にいるの?
―――父さんと母さん?そうだなぁ……今の僕達には手の届かない所、かな。
―――何時帰って来るの?
―――何だ、。会いたいのか?
―――だって、皆お父さんかお母さん、どっちか家にいるんだよ?
―――そうだな……でも、2人は帰って来ないんだ。僕達が行かなきゃ。そう………僕達が………。










 エレベーターを降りた後、2人はそれぞれの持ち場へ向った。
 は一旦ロッカールームに行き、自分のところからロングコートを取り出す。
 白色のコートを裏返し、黒に変える。
 それを羽織ると髪を高い位置で括った。
 ロッカールームから出ると、は―――否、は廊下を走った。

(…………お前は一体、何処にいる……?)

 の兄、
 数年前から行方不明になった最後の肉親。
 が消え、が表舞台に現れた。

のように、親を亡くす子供が出るのか?)

 今、島を襲おうとしている危機。
 そして始まるであろう戦い。
 人類同士の戦いではなく、地球外知的生命体フェストゥムとの戦い。
 全てを無にする存在。

「させるかっ!」

 此方の態勢は万全ではなく、島のコアすら覚醒していない。
 全てが未完成で、生き残れる保証は低い。
 だが、だからと言って諦める訳にはいかないのだ。
 迎撃システムでは歯が立たないだろう。
 となれば、こうなることを見込んで訓練を積んで来た果林の出番である。
 はシステムルームに入り、全ての電源を入れてシステムを立ち上げた。
 それぞれのモニターには様々な角度から島の状況を映し出す。
 目の前のモニターは島一体の地図が映し出される。
 慶樹島に向かうファフナーパイロットルートに、バーンツヴェクが作動していた。
 はそれを確認した後、バーンツヴェックに通信を入れる。

「蔵前、そこにいるか?」
君?』
「敵は現在、島に向かって進行中。島にも多数の攻撃を受けている。不安だろうが頑張って欲しい」
『はい』

 戸惑う声ではなく、しっかりとした返事が返って来た。
 大丈夫。
 彼女は島の中でも優れたシナジェチック・コードの持ち主。
 ジークフリード・システムとのクロッシングも見事なものだった。
 よっぽどのことがない限り、きっと大丈夫だろう。
 が通信を切ろうとボタンに触れようとした時、女性の悲鳴が聞こえた。

「どうした!?蔵前!!」
『い……いやぁぁぁぁぁ!!!!』
「蔵前!!」

 慌ててモニターを見る。
 すると、その横にあるモニターから果林の生命反応がなくなったのを知らせた。
 嫌な音が部屋に響く。

「………そうやって……全てを奪って行くのか………?」

 はコントロールパネルと叩きつけ、部屋を出て行った。
 迎撃システムでは歯が立たない。
 島のコアも覚醒していない。
 今、奴を倒すことが出来るのはファフナーだけ。
 だが、そのファフナーに乗るパイロットがいなければ意味がない。
 果林はもういない。
 総士は乗れない。
 彼は、彼にしか出来ないことがある。
 自分は乗れる。
 だが、乗るのは今じゃない。
 が足を向けた先は、由紀恵の生徒達が非難しているシェルター。
 パスワードを入れ、開いた扉の中へ入る。
 動揺していた子供は動きを止め、入って来たを見詰めた。

「…………?」

 衛が呼び止める。
 しかし、は足を止めなかった。
 は彼らを一方的に知っているだけで、言葉を交わしたこともない。
 の足は奥で椅子に座る一騎の前で止まった。
 その傍にいた甲洋が少し慌てているが、あえて気にしない。

「真壁一騎だな」
「……?」
「な、何言ってるんだよ、。確認する必要もないだろ?」
「勘違いするな、俺はじゃない」

 子供が一斉に驚きの声を上げた。
 自分達の目の前にいるのは、クラスメイトのとしか見えない。
 ただ、何時もと違うと言えば髪形と声の低さ。

「……違う……に似てるけど………じゃない…」

 その言葉を聞き、はふっと小さく笑った。

「俺は。真壁、君にやって欲しいことがある」
「俺……に?」
「そう、君に。付いて来い」

 は扉に向かって再び足を動かし始めた。
 一騎は慌てて椅子から立ち上がり、の後ろまで走る。

「待ってくれ!付いて来いって、何処に」

 歩いていた足が不意に止まった。
 一騎も足を止め、を見詰める。
 他の子供達もを見詰めていた。

「それは、これから此処に来る人に聞くと良い」
「えっ?」
「ほら、お出ましだ」

 が言ったと同時に扉が開き、そこには総士が立っていた。

「……総士……俺達は………何処へ行くんだ?」

 投げ掛けられた問い。
 総士は一度目を伏せ、哀しみを含んだ笑みで答えた。

「………楽園だよ………」

 その答えに、は目を伏せた。
 そして、

「時間がない。急ごう」

 一騎をシェルターの外に連れ出した。




◇    ◆    ◇





 3人はファフナーブルクに向かった。
 ブルク内の中央に立つ巨人。
 それが一体何なのか、一騎は解らなかった。

「……これは……?」
「ファフナーだ。島を守る為に、竜になった伝説の巨人の名を受け、フェストゥムとの戦いの為に開発された機体」
「そして、これがファフナー13機中の11番機、ファフナー・マークエルフ。マークエルフとのシンクロ率は測っていないが、真壁のシナジェチィック・コードなら大丈夫だろう」

 意味の解らない単語を言われても、一騎には何も理解出来ない。

「これで、この島を守って欲しい」

 一騎は弾けんばかりに驚いた。
 言われた意味が解らなかった訳じゃない。
 逆に解ってしまったから驚いた。

「無理だよ!そんなの……出来る訳ない!!」
「いや、出来る!」

 ハッキリと、総士は言った。

「知ってる筈だ、君のその身体がファフナーと一体化出来ることを!」

 催眠学習。
 子供ならば全員にされている学習である。
 そのことを知っているのは、此処アルヴィスのことを知っている者達だけ。

「もうこの島を守るには、ファフナーに頼るしか手段はない。真壁、出来るものなら変わってやりたい。けど、俺は別の仕事がある。総士だって、乗れないんだ」

 一瞬にして蘇った記憶。
 幼い頃、傷付けてしまった左目。
 治る見込みがないと聞いた。
 そして、実際左目はよく見えていないでいる。

「今出来るのはお前しかいないんだ!」

 真剣の表情。
 総士がこれだけ声を荒げるということは、事態が悪い方向にいっている為だろう。

「……本当に……俺に出来るのか…?」
「……僕を……僕達を信じろ」

 互いを信じてこそ、結束の力は生まれる。
 一騎は小さく頷き、は軽く一騎の背中を叩いた。
 そして2人の横を通り過ぎ、コントロールパネルに触れる。

「全課に通達。これより、ファフナー・マークエルフを発進させる。整備班はシステムチェックを急いで下さい。ジークフリード・システムのオンライン、及び最終システムチェック」

 巨人が、目覚めようとしていた。

「羽佐間さん、真壁の登録お願いします。真壁、後は羽佐間さんに説明を受けるんだ。総士、急いでCDCに戻ろう」

 2人は走ってブルクから立ち去り、残された一騎は1人不安そうな表情で容子から説明を受けていた。
 走り去った2人は、通常時に使用する機材搬送用通路でCDCへ向う。
 総士はに話を振る。

「何故、子供の前で姿を見せたんだ」
「アルヴィスを、島の姿を知ってしまった彼らに、俺という存在を知らせなければならない。もう、何も知らないまま過ごすことなんて出来ないんだ。あの子供達の中から、アルヴィスへ招かれる者だっているだろう?その時教えても、今教えても一緒だ」

 つまり、その時その時に説明するのは面倒だ、とは言いたいらしい。
 いずれ知られるのであれば、まとめて言ってしまった方が楽で良い。
 は心配そうにする総士に微笑みかけた。

「総士が心配することじゃない。当分は双子ってことにしておく」
「しかし」
「戦闘だ、今は余計なことを考えるな」

 見えて来たCDCのドアを開け、2人は中に飛び込んだ。

「ファフナー・マークエルフ、出撃準備!」
「システム補佐、入ります!第11ナイトヘーレ、開門スタンバイ!」
「ジークフリード・システム、入ります!」

 上着を脱ぎ、ジークフリード・システムに入る総士。

「総士!」

 公蔵が呼んだ。
 それに気付いた総士は、父親の後姿を見詰める。

「……頼んだぞ」
「はい、父さん!」

 この時、父から子へ、最後の言葉になるとは誰も思ってもいなかった。
 システムに入った総士を確認し、はインカムをつける。

「羽佐間さん、準備は?」
『えぇ、大丈夫よ。この数値なら、スーツなしでも十分』
「そうでしょうね。ニーベリング・システムに接続を。総士、誘導を頼む」
『了解。一騎、スタンバイ出来たか?ニーベリングを作動させろ』

 あえてニーベリングの場所は言わなかった。
 考えてもみれば言わなくても催眠学習で知っている。
 暫くしてニーベリング・システムが作動し、同時に一騎の叫びが聞こえた。

「っつ!」

 耳元で叫ばれ、思わずインカムを取り外す。
 手元のモニターを見ると、ニーベリングは作動しているがパイロットの一騎が気を失ってしまったようだ。

(仕方がないか)

 ニーベリング・システムを作動させると、ファフナーと一体化する為に神経系を連結することになる。
 神経に連結する時の痛みは、今までにない痛みだろう。
 は心の中で手を会わせた。
 再びインカムを付けて仕事に戻ろうとした時、第3ブルクから緊急通信が入った。
 武器搬出用のパスワードにロックがかかっており、武器が出せないようだ。

「それじゃ、ファフナーは丸腰じゃないか!?」

 訓練も受けていない子供が、丸腰で敵を倒せる訳がない。

「今行く!真壁、君………後を頼む」

 2人は顔を見合わせ、公蔵に向かって小さく頷いた。
 第3ブルクへ向かう公蔵と、席に座る史彦。
 はモニターに視線を向けた。
 丁度その頃、一騎は総士の呼びかけで目を覚ました。
 だが、目に映った赤い総士を見て一騎は驚いた。

「総士!?何で此処に!?」
『脳の視聴覚へ直接交信した。ファフナーの中のお前とジークフリードの俺は、直接脳の皮膜神経内が繋がっている状態だ』

 嘘、とは声に出して言うことは出来なかった。
 驚きのあまり声が出ない、と言った方が正しいだろう。

『今は深く考えず、ありのままを受け止めておいた方がいいぞ、真壁』
「えっ?」

 一騎は周りを見渡した。

『探しても俺はそこにいない。兎に角、ニーベリングも正常に作動しているし、ジークフリードも問題はない。シナジェティック・スーツがない分、完全ではないけど仕方がないな。此処からは総士と俺の言うことを聞いて貰う。と言っても、最優先に聞くのは総士だが』
『まずはファフナーと一体化することを最優先に考えるんだ。まず、目を開けろ』
「目?」
『ファフナーと一体化するということは、真壁自身になるということ。ファフナーの目は、お前の目だ』

 言われて一騎は正面を向き、ゆっくりと目を開けた。

「見えた!」
『行こう!奴が近づいてる!』
『無茶だけはするな。第11ナイトヘーレ開門!総士!!』

 の声に総士は頷いた。

『ファフナー・マークエルフ、発進!!』





 これが、僕達の旅の始まりだった。
 もしも僕達が生き残れるなら、今日までの平和を忘れないでいよう。
 また何時か………この島が楽園に戻る、その日まで―――。