学校から帰るなり、買い物して来た荷物を冷蔵庫に入れ、一騎は台所に立っていた。
「一騎ぃ、何か手伝うよ?」
何時もなら聞こえて来る筈のない人の声。
「いいよ、別に。一応客人なんだし」
「一応って…ねぇ。怒らなくたって良いじゃない」
少し拗ねた声が一騎の耳に入る。
「別に怒ってない」
振り返らず、まな板を出してネギを刻む。
「……怒ってる……」
小さく呟かれた声に、一騎は手を止めて振り返った。
「あのなぁ、」
呆れた一騎の視線の先に、幼馴染のが頬を膨らませて立っていた。
何故彼女が真壁家にいるかと言うと、前々から一騎のご飯が食べたいと言っていた為、一騎は構わないと答えた。
しかし、仕事上忙しいは何時行くとは言えず、今の今まで後延ばししていたのである。
ただし、それが今日だとは一騎にも予想していなかった。
その為、適当に終わらせようと思った夕食が腕を振るう夕食へと変わってしまったのである。
「別に怒ってないから、膨れるなよ」
「だって、一騎の背中からお疲れオーラが漂ってるんだもん」
確かに、今日の訓練も疲れた。いや、正確には何時も以上に疲れた。
だからと言って、大切な人が自分の料理を食べたいと言って来て、断る術を一騎が持ち合わせているかと言えばNOだ。
疲れていようと、怪我をしていようと作るだろう。
は誰よりも大切な人だから、自分と一緒にいられるだけでも一騎にとっては嬉しいのだ。
「平気。が食べたいって言ったから、俺が作らなきゃ意味ないだろ?」
「そうだけど……。でも、何かしたい」
言ったら中々譲らない性格であると一騎は知っている。
一度考え込んでから時計を見て、外の様子を伺った。
「今日……、泊まるか?」
「いいの?」
「父さん帰って来ないし、総士も帰らないんだろ?」
「うん。ジークフリード・システムデータをまとめるからって」
「だったら、風呂洗って」
「は〜い」
アルヴィスにいる時と外に戻った時の性格がまるで違う。
その差が嫌でも判るので、可笑しくて時々笑ってしまう。
笑えば必ず怒るのだが、本人曰く大人の領域に立つ者としているから、らしい。
総士もそうだ、とは言っていた。
そして、純粋の子供に戻れるのは一騎の傍だけだ、とも言った。
(今思えば、結構恥ずかしい事言ったよな、って)
最初は置いてけぼりだと思っていたが、あの時が言ってからはそう思わなくなった。
傍にいるだけで落ち着くと思う自分と、子供に戻れると言った。
一騎は少し顔を赤くして、が空けたままにしていた襖を見詰めた。
「俺が、守るから」
の笑顔と、総士と、島の人々を。
壊したくない過去の記憶を。
一騎は戦う為の決断を新にし、再び夕飯の支度に取り掛かった。
今日の夜は、きっと何時も以上に長く感じるだろう。
大切な人が、自分の傍にいるのだから。