騒がしい音。
飛び交う人々の声。
揺れる戦艦。
「……何よ………これ……」
格納庫の扉を開けた先には、セレスの姿しかなかった。
「大佐!」
激しく揺れる中はっきりと聞こえたマードックの声。
周りを見渡し、彼がセレスの足下に居るのが分かった。
「セレスは!?」
「出せます!しかしっ」
「動けば良いのよ!」
声を聞き、急いでセレスのコックピットに滑り込む。
手早く起動させるとブリッジに通信を入れる。
「ブリッジ、セレスを出す。状況を」
モニターが光り、ナタルの姿が映し出された。
『戦闘開始から12分が経過。デュエル、バスターが堕ち、バスターのパイロットが降伏しています』
「12分もっ!?最悪の失態だわ………バスターとパイロットをアークエンジェルへ。ストライクは?」
『イージスと戦闘中。ケーニヒ二等兵が支援に向かっています』
「トールが?」
全身に寒気が走った。
ニコルの死がフラッシュバックする。
アスランはキラを憎んでいるだろう。
撃つと言って撃てなかった日々。
それがニコルの死によって崩されたのは明らか。
は顔を伏せ、静かに言葉を続ける。
「……全クルーに通達する。貴艦はこれより、セレス出撃後アラスカに向けて進路を取り、機関最大で離脱せよ」
『離脱!?どう言うことですか!』
「どうもこうもない。第八艦隊はアラスカに向かうのが任務。このような所で油を売っている暇はない筈だ」
『でも、キラ達が……』
「収容は離脱中でも可能だ。本艦を追いかけているのがクルーゼ隊だけだと思うなよ」
アラスカに向かっているとは言え、まだザフトの勢力圏内。
応援部隊が来れば全滅する可能性が高い。
セレスがカタパルトに移動し、ロックされる。
「良く聞け。これが恐らく護衛の任を預かった特殊部隊所属・の最後の命令だ。キラ達は必ずアークエンジェルの元に戻らせる。だから決して死ぬな。生き延びろ」
『……貴方』
「アークエンジェルを任せます、マリュー・ラミアス少佐。・、セレス、出ます!」
飛び出す機体。
分厚い雨雲が命のやり取りをしている少年達の心を映し出すかのように広がり、辺りに雷鳴が轟く。
雷は怒り、雨は悲しみ、分厚い雲は迷い。
抉られた大地が戦争の悲惨さを物語っている。
「キラ達は何処?」
モニターで確かめながら先に進む。
この先900メートルでトールの乗るスカイグラスパーの存在をレーダーが捉えた。
「良かった、まだぶ――」
モニターの地図に点滅していたスカイグラスパー。
レーダーがイージス、ストライクを捉えると、スカイグラスパーの姿が消えた。
モニターが壊れた訳でもなく、スカイグラスパーの姿だけが消えた。
嫌な予感がした。
恐る恐るサブモニターを見るとシグナルロストの文字。
「トール?」
通信が繋がらない。
雷が落ちる。
遠く離れた空中で火花が散っている。
イージスとストライク。
共に酷い損傷を受けながらも戦う事を止めない。
雨が一層酷くなった。
「キラ!アスラン!もう止めなさい!!これ以上戦っても意味がない!!」
『アスランがトールを殺したんだっ!』
『お前がニコルを殺したっ!』
届かない声。
激しさを増す2人。
共に仲間を殺された恨みがぶつかり合う。
相手を殺すまで、この2人の戦いは止められないのかもしれない。
「……憎んで……」
雷が近くに落ちる。
「……恨んで……」
暗い空に走るビーム。
「……銃を向けて……」
互いにビームサーベルを構え、一直線に相手の元に飛び込む。
は目元に涙を浮かべ、ペダルを思いっきり踏み込んだ。
2人を庇うように。
2人を止めるように。
2人を救うために。
2人の間に割り込み、2人の剣を―――。
『………………?』
『……何………を……』
前者はキラで後者はアスラン。
2人の驚く声が聞こえ、口元を緩めて笑った。
各機能が停止し、煙が上がっている。
コックピットを貫かれなかったのが不幸中の幸いだろう。
2本の剣が機体を貫通している。
「……殺し、殺される戦争の先に………本当の平和があるの………?」
そっと目を瞑ると、セレスから閃光が走り、イージスとストライクはビームサーベルを抜いてその場から離れた。
激しい爆発音と共にそこに在ったセレスが跡形もなく吹き飛んだ。
唖然としていた2人は、声を揃えて叫ぶ。
「「――――ッ!!!!!」」
大切な仲間であり、友である名前を。
通路をもの凄い勢いで走り、大きな足音を立てながらカガリは軍本部室の扉を開けた。
「お父様!アークエンジェルが攻撃を受けて―――」
肩越しに振り返る父の先に、白い家のコートを着た青年が立っていた。
父のように振り返る事もなく、ただジッとメインモニターを見詰めている。
辺りを見渡せばオーブ軍のクルー達だけでなく、ヴァインとアラムの表情が緊張していた。
「お父様?」
やっと軍本部の異変に気付いたカガリは、此方を見ている父に訊ねる。
これは一体、と。
「戦闘は既に終了していますよ、カガリ姫」
モニターを見る青年が振り向く事なく告げた。
その聞き覚えのある声に首を傾げるカガリ。
「アークエンジェルは無事、アラスカに向け出発しています。ただ……救援要請を求められましたけどね」
ゆっくり振り返り、小さく微笑む。
カガリは目を見張り、驚いた。
「………何故……お前が此処にいる………」
聞き覚えのある声ではなく、カガリは直接言葉を交わし、会った事もある人物。
だがありえない事だ。
此処はオーブの軍本部であり、簡単に入る事が出来ない筈。
それなのに何故。
青年は優しく微笑み、カガリの傍まで近づくと膝を折って手に軽く口付けた。
「お美しくなられましたね、カガリ姫。10年ぶりにお近くで見る事が出来ました。元気そうで何よりです」
「10年ぶりって……まさか、お前っ!?」
思わずヴァインとアラムを見る。
アラムは肩を落とし、ヴァインは些か疲れた表情を浮かべていた。
青年は立ち上がり、笑顔を絶やさず言葉を続けた。
「私は・の兄、家の当主です」
「そんなっ!?でも、あいつは何も……えぇっ!?」
1人混乱をするカガリ。
ウズミはそんな娘の姿を見て溜息を漏らし、そっと肩を掴んで落ち着かせた。
「色々と事情がある。真実を知りたくば後にしなさい。今はアークエンジェルが寄こした救援要請についてだ」
「救援要請?あいつにっ………キラ達に何かあったのですか!?」
アークエンジェルがオーブに救援要請を出した。
本来なら無視する所だが、無視出来ない理由がある。
アークエンジェルとXシリーズはオーブのモルゲンレーテが関わっていた事。
救援要請があったパイロット達がオーブの住民である事。
そして何より、パイロットの1人が・である事。
「アークエンジェルはオーブに救援要請を出しています。受けるか、流すか………決めるのはウズミ様、貴方です」
家は裏でオーブを支える者。
よって、救援要請が出されてもそれを受けるか否かは代表であるウズミが決める事。
「調査艇3隻を出し、護衛艦は海域ギリギリで待機。準備完了までの時間は?」
「およそ5分で完了します」
「オーブが動くのであれば我々は我々のやらねばならない事に専念しましょう。彼らの救援、お願いします」
ウズミに軽く頭を下げると、ヴァインとアラムに視線を送って軍本部室を静かに出て行った。
「高速艇、ムールは?」
「いつでも」
「ロウとあの方との連絡は?」
「両人共ついております」
「そうか……なら、急いで戻らなければならないな」
「ルートは確保してあります。何の問題もなく最終目的地まで行けると思いますが……宜しいのですか、これで」
少しだけ不安そうな表情を浮かべつつ訊ねるヴァイン。
アラムも半ば納得いかない表情を浮かべていた。
「心配しなくても必ず交わる。必然的にな。急がなくて良い、少しずつ進める事だけを考えれば」
「しかし、それでは姫のやって来た事が」
「無駄にはしないさ。でも……状況は昔と大きく変わった。戦争は今まで以上に激しくなるだろう。そうなれば今まで積み重ねてきたもの全てが崩れる。が積み重ねてきたものを無駄にしないよう支えるのが、俺の役目だと思うがね?そう思うだろ、ヴァイン、アラム」
肩越しに振り返り、にっと笑う。
その笑みに2人は溜息を漏らし、顔を見合わせて小さく笑った。